平成31年(ワ)第7514号損害賠償請求事件
原告 (閲覧制限)
被告 国
第3準備書面
令和2年11月4日
東京地方裁判所民事第49部乙B係御中
被告指定代理人
清平昌大
本村行広
服部文子
大野史絵
倉重龍輔
志田智之
高橋あゆみ
三島大介
山本勇治
被告は,本準備書面において,原告の令和2年4月10日付け準備書面(2),同月13日付け準備書面(3)及び同年8月24日付け準備書面(4)(以下,それぞれ「原告準備書面(2)」,「原告準備書面(3)」及び「原告準備書面(4)」という。)に対して必要と認める範囲で反論する。
なお,略語等は,本書面で新たに用いるもののほか,従前の例による。
第1 原告準備書面(2)に対する反論
1 児童虐待に関する原告の主張に理由がないこと
原告は,「離婚後共同親権であることにより,子を監護していない側の親が,子に対して児重虐待などの福祉に反する事態が生じた場合には,親権者として子を救済することができることを,子の側からすると親権者から救済される地位が保障されることを意味している。それに対して日本では,民法819条2項(本件規定)が規定する離婚後単独親権制度により,離婚後共同親権制度に基づく子の福祉の保護の実現ができない」,「民法819条2項(本件規定)が採用する離婚後単独親権制度では親権者としての権利を行使して子C(引用者注:離婚後,親権者が第三者と婚姻した場合において,親権者又は第三者から虐待を受けている子)を救済することができないが,離婚後共同親権制度では親権者としての権利を行使して子Cを虐待から救済することができるのである」,「民法819条2項(本件規定)が規定する離婚後単独親権制度が,子の連れ去りを生み(甲31,甲35,甲28),さらには児童虐待を生んでいる」などと主張する(原告準備書面(2)第1の1(2)及び(3)ウ並びに2(1)イ(2)及び(3)・3ないし5ページ,8及び9ベージ並びに14及びl5ベージ)。
しかしながら,本件規定の合理性については被告第1準備書面4ページで主張したとおりであるところ,なお付言するに,原告が主張する「親権者としての権利を行使しての虐待からの救済」が具体的に何を指すのか明らかではないが,たとえ離婚後共同親権制度下であっても,離婚した父母は別々に暮らし,子はそのどちらかと暮らすことになる以上,父母のどちらか一方が監護者になると思われ,虐待を発見した非監護親は,監護者の変更や監護親の親権喪失を申し立てるなどの手続を経ることになると考えられるのであって,現行の単独親権制度下において親権者の変更を申し立てることができるのと何ら変わりはなく,原告の主張は理由がない。
2 浜田和幸議員の質問主意書(甲第31号証)に関する原告の主張に理由がないこと
原告は,甲第31号証を根拠に,離婚後共同親権制度が採用されれば,「調停や裁判による離婚の場合,国内の家庭裁判所では,連れ去った親の側に親権が与えられ,連れ去られた側の親は月一回程度の面会しか認められない判決が圧倒的に多く,その面会も理由を付けて拒絶され,子に全く会えなくなった苦痛から自殺する親もいる」という事態が改善されることは明白である旨主張する(原告準備書面(2)第1の1(3)イ・5ないし7ページ。
しかしながら,裁判の直前の監識者が父母のいずれであるかという点が親権者指定の決定的な要素となるわけではない上,仮に離婚後共同親権制度を導入しても,離婚後に子と同居するのは父母の一方となることが通常と考えられるから,監護者指定の問題はいずれにしても残ることになることは被告第1準備書面9及び10ページで述べたとおりであり,原告の主張には理由がない。
3 文部科学省のホームページ(甲第22号証)に関する原告の主張に理由がないこと
原告は,甲第22号証の記載を根拠に,「国は,子の成長と養育に関わる親の子に対する親権が,憲法13条の幸福追求権や人格権の一内容を構成すると解釈する立場であることは明白である」,「規の未成年者子に対する親権は,憲法が保障する基本的人権であることを被告(国)白身が認めていることを意味している」旨主張する(原告準備書面(2)第1の1(3)エ及び4(1)エ・9及び27ベージ)。
しかしながら,同号証は,平成18年改正前の教育基本法(昭和22年法律第25号)に関する記載であるし,その点をおくとしても,同号証の「親には,憲法以前の自然権として親の教育権(教育の自由)が存在すると考えられている」との記載は,親の教育の自由について記載されたものであり,親の子に対する親権が憲法が保障する基本的人権であるか否かについて述べているものではないから,原告の主張には理由がない。
4 ハーグ条約に関する原告の主張に理由がないこと
原告は,「離婚後単独親権制度を採用した民法819条2項(本件規定)により,『一方親により子が連れ去られる事態』は発生している」とした上で,「ハーグ条約の批准国である日本の国会(国会議員)には,ハーグ条約と適合するように,現在の民法819条2項(本件規定)が規定する離婚後単独親権制度を,離婚後共同親権制度への法改正を行う義務があることは明白である」旨主張する(原告準備書面(2)第1の3(2)・18ないし22ページ)。
この点,原告の主張の根拠は判然としないが,被告の令和2年2月28日付け第2準備書面(以下「被告第2準備書面」という。)6ページで述べたとおり,同条約は,各締約国の親権を含む監護の在り方について何ら定めたものではないし,あえて言えば,離婚後共同親権を定める国においてもハーグ条約に加盟している国があることからすれば,離婚後共同親権を定めた国においても子の連れ去りという事態が生じているものと思われ,これは,「離婚後単独親権制度を採用した民法819条2項(本件規定)により,『一方親により子が連れ去られる事態』は発生している」とはいえないことを示すものである。
また,原告は,「日本の国内法では,一方親が他方親の同意を得ない子の連れ去りは,他方親の監護権を侵害する行為とはされていない」などとも主張する(原告準備書面(2)第1の3(2)・20ベージ)。
しかしながら,未成年者略取及び誘拐罪(刑法224条)は,行為の主体が親権者であるからといってその適用が排除されるものではない(最高裁平成17年12月6日第二小法廷決定,刑集59巻10号1901ページ参照)上,民法上,父母間での子の連れ去りが違法であることを直接明言する規定はないものの,同居をしていた父母の一方が,相手方の承諾を得ずに子どもを連れて別居を開始した場合に,民事法上違法となるか否かは,その具体的な経緯及び態樣,子どもの年齢や意思等の事情を総合的に考慮して判断されることになる。そして,裁判実務においても,子の連れ去りが不法行為に該当する旨判示した判決やそれにより損害賠償を認めた裁判例が現に存在するところである(大阪地裁平成9年7月28日判決・平成3年(ワ)第4016号・判例タイムズ964号192ページ,名古屋地裁平成14年11月29日判決・平成14年(ワ)第63号・判例タイムズ1134号243ページ,東京地裁平成17年4月25日判決・平成16年(ワ)第6849号・判例秘書登載,東京地裁平成18年12月22日判決・平成16年(ワ)第21574号・判例秘書登載)。このように,現行の法制度の下でも,親権者による子の連れ去りが国内法上違法と評価され得ることは明らかであって,原告の主張は理由がない。
5 児童の権利委員会の平成31年2月1日付け「日本の第4回・第5回政府報告に関する総括所見」(以下「総括所見」という。)に関する主張に理由がないこと
原告は,日本が児童の権利条約としての義務を履行していないとの主張の根拠として総括所見のパラグラフ27(b)を引用するとともに(原告準備書面(2)第1の3(3)・23ページ),総括所見のパラグラフ31により,「日本は,『子どもの不法な移送および不返還を防止しかつこれと闘う』義務を負い,また日本は『国内法を国際的な子の奪取の民事上の側面に関するハーグ条約と調和させ,かつ,子どもの返還および面会交流権に関する司法決定の適正かつ迅速な実施を確保するために,あらゆる必要な努力を行なう』義務を負」ったものであり,総括所見が「離婚後単独親権制度ではハーグ条約と日本の国内法とが適合していないこと,現在の民法819条2項(本件規定)が規定する離婚後単独親権制度により『子の連れ去り』が発生していること,そしてその不都合を解消するためには,離婚後共同親権制度への法改正が必要であることを,如実に示している。」旨主張する(同準備書面第1の3(3)・22ないし24ページ)。
しかしながら,総括所見は飽くまで勧告にとどまるものであり,総括所見を根拠に直ちに国会に何らかの立法義務が生じることはない。また,総括所見のパラグラフ27(b)の内容は,正しくは,「児童の最善の利益である場合に,外国籍の親も含めて児童の共同養育を認めるため,離婚後の親子関係について定めた法令を改正し,また,非同居親との人的な関係及び直接の接触を維持するための児童の権利が定期的に行使できることを確保すること」であって(乙第8号証の2・7ベージ),原告の主張は前提を誤ったものである。
6 婚姻中の共同親権と離婚後単独親権制度を対比する原告の主張に理由がないこと
原告は,被告が「現行法上,父母の離婚後であっても,父母双方が子と交流し,父母が共同して子に関する決定をすることは何ら禁止されているものではない。問題となるのは,そのような父母の任意の協力関係が望めない場合であるが,その場合,仮に離婚後共同親権制度を採ったとすると(中略)様々な問題が生じることが考えられる」と主張したことに対し,①「現在の離婚前の夫婦の共同親権制度(中略)が適用されており,その改正論議が起きていないのであるから,離婚後も同様の共同親権制度が採用されるべきことは当然である」②「『離婚後の父母の任意の協力関係が望める場合』にまで一律かつ全面的に一方親の親権を剥奪している民法819条2項(本件規定)が,必要な限度を超えた,必要以上の制限を基本的人権や利益に課している」,③「民法819条2項(本件規定)は,離婚があくまでも夫婦関係の解消であり,親子関係の解消ではないにも拘わらず,一律に,夫婦の離婚に伴い,一方親から親権を全面的に奪う規定なのであるから,そこには立法日的と手段との間に,論理的関係自体が認められない」,④「現在の民法819条2項(本件規定)が採用する離婚後単独親権制度では,離婚後に子の親権者となれなかった側の親の意見は子に対する親権行使において全く反映されず,(中略)子について不利益や弊害を生じさせている」,⑤「『共同親権制度における父母の意見が不一致である場合の解決方法・手続規定』を設けていないのは,(中略)『立法の不備』なのであるから,そのような『立法の不備』を前提として,離婚後単独親権制度(民法819条2項(本件規定))についての立法不作為責任を免れることができない」などと主張する(原告準備書面(2)第1の4(2)・29ないし36ページ)。
しかしながら,離婚後に共同行使を認めなかったのは,父母は離婚後は居住を別にするであろうから,現実には実行が困難であると考えられたためであるとされており(新基本法コンメンタール親族第2版・236ベージ),父母が別居し子は父母の一方と別居することになるのが通常であること,離婚時に父母の双方を親権者と定めるとすると,父母の間で適時に適切な合意をすることができず,子の利益が害されるおそれがあり,本件規定により,子の監護に関わる事項について,適時に適切な決定がされ,これにより子の利益を保護することにつながり,十分な合理性があることは被告第1準備書面(4及び5ページ)で述べたとおりであるし,また,そもそも親権が憲法上保障される権利ではないことは被告第1準備書面(5及び6ベージ)で述べたとおりである。
その点をおくとして,原告の主張①は,婚姻中と離婚後の違いを等閑視するもので妥当でないし,原告の主張②のように,離婚後も父母間で任意の協力が望める場合は多くはないと思われる上,仮にそのような場合には,現行法の下でも,父母間の取決めにより子に関する事項を協力して決定すればよく,共同親権を認めなければならない必要性は乏しいと考えられ,原告の主張①及び②には理由がない。
さらに,本件規定により離婚に伴い親権を失ったとしても,それは親子関係が消失することと同義ではなく,また,仮に親権を一旦は失ったとしても,その後親権者の変更により親権を得る可能性もあるのであるから,原告の主張③及び④にも理由がない。
そして,「共同親権制度における父母の意見が不一致である場合の解決方法・手続規定」を設けていないことが立法の不備であるとする原告の主張⑤は,すなわち,婚姻中か離婚後かを問わず「共同親権制度における父母の意見が不一致である場合の解決方法・手続規定」を設けるべきであって,そのような規定を設けていない現行法の不備を前提に,離婚後共同親権制度を導入した場合の不都合を正当化できるものではないという主張であると解されるが,同居協力扶助義務を負う婚姻中の場合と,婚姻関係が破綻するなどして離婚した後の場合を同列に論じることは相当ではない。そして,婚姻中の父母より離婚後の父母の方が互いの意見が一致しない可能性が高まることは明らかであるから,離婚後共同親権制度を導入する場合には,婚姻中とは異なる規律を検討することは必須であり,被告第2準備書面9ページで述べたとおり克服しなければならない課題が多いことからすると,本件規定が「憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白である」といえないことは明らかであって,原告の主張⑤は理由がない。
7 家族法研究会に関する原告の主張が失当であること
原告は,家族法研究会の設置主体が法務省であり,現在の離婚後単独親権制度が合憲であることに疑いがないのであれば,研究会が法務省により設置される必要はなかったはずであると主張する(原告準備書面(2)第1の4(2)イ・36及び37ページ)。
しかしながら,公益社団法人商事法務研究会のホームページで家族法研究会の委員名簿や議事要旨等が公開されていることからしても(乙第9号証),家族法研究会の設置主体が法務省ではなく公益社団法人商事法務研究会であることは明らかである。
その点をおくとして,政府がよりよい法制度の在り方を検討するために,様々な法制度を比較研究することは当然であって,その研究の結果現状の法制度を維持する場合もあり,他方で,制度が合憲で合理性のあるものであっても,更なる改善に向けて行動する場合もあるのであって,原告の主張は失当である。
8 子の親権者が死亡するなどした場合に関する原告の主張に理由がないこと
原告は,離婚後に子の単独親権者が死亡するなどした場合,後見人が選任されるまで子には親権者がいない状態となるが,離婚後共同親権制度であれば,他方親が親権者として子の福祉の保護を実現できる旨主張する(原告準備書面(2)第1の4(3)ア・37及び38ベージ)。
しかしながら,仮に離婚後共同親権制度の下であっても,離婚した父母は別々に暮らすことが通常であることからすれば,当該他方親と連絡を取り得ない場合や他方親が別の家庭を築いている場合など生存している親権者が直ちに子の保護を図ることができない場合も想定されるのであるから,離婚後共同親権制度であれば他方親が親権者として子の福祉の保護を常に実現できるとはいえないし,現行法の下でも,父母の離婚後に単独親権者が死亡した場合は,後見人が選任される,他方親が親権者と指定されるなどの方法によって子の保護が図られるのであって,原告の主張には理由がない。
第2 原告準備書面(3)について
法務省は,離婚後の親権制度や子の養育の在り方について,外務省に依頼して海外24か国の法制度や運用状況の基本的調査を行い,その結果(以下「24か国調査結果」という。)を令和2年4月に公開した(乙第10号証)ところ,原告は,24か国調査結果について,「単独親権については,親権を失った親と子の交流機会が制限されるとの問題点が指摘されている」,「国際社会の大部分で離婚後共同親権制度が採用されていること,離婚後共同親権制度が両親と子の全ての者の基本的人権が保障される適切な制度であること,そして離婚後共同親権制度が国際的に求められる基本的人権保障の基準であることを示している」などと主張する。しかしながら,24か国調査結果にはそのような記述は存在しないのであって,原告の主張は失当である。
第3 原告準備書面(4)について
原告は,静岡地裁浜松支部平成11年12月21日判決を根拠にるる主張するが,同判決は,子との面会交渉権について判示したものであって,本件との直接の関係は認められないし,原告の主張に理由がないことは,これまで述べたとおりである。
以上