🐶原告(X) 控訴理由書

PDF版はこちら

令和3年(ネ)第1297号 損害賠償請求控訴事件
控訴人 (閲覧制限)
被控訴人 国

令和3年4月5日


控 訴 理 由 書


東京高等裁判所 御中


控訴人訴訟代理人弁護士 作 花 知 志 



目 次


第1 争点(1) (本件規定を改廃しなかったという立法不作為の国家賠償法上の違法性)について 3頁
第2 争点(2)(損害の発生及びその額) 135頁
第3 控訴人の主張の要旨 135頁
 
第1 争点(1) (本件規定を改廃しなかったという立法不作為の国家賠償法上の違法性)について 
1(1) 原判決は,以下のとおり判示した(22-25頁)。
「(1) 国家賠償法上の違法性について
国会議員の立法行為又は立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したかどうかの問題であり,立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきものである。そして,上記行動についての評価は原則として国民の政治判断に委ねられるべき事柄であって,仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反するものであるとしても,それゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに国家賠償法1条項の適用上違法の評価を受けるものではない。
もっとも,法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては,国会議員の立法過程における行動が上記職務上の法的義務に違反したものとして,例外的に,その立法不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上違法の評価を受けることがあるというべきである。(最高裁昭和60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁,最高裁平成17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁,最高裁[控訴人注:平成]27年12月16日大法廷・民集69巻8号2427頁)。
したがって,本件については,本件規定が憲法上保障され,又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるか否か,また,そうであるのに,国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠っているといえる場合か否かを検討することになる。
(2) 憲法13条違反について
原告は,自らの子の成長と養育に関与することが親の人格的な生存にとって不可欠で,親権が親の人格的生存の根源に関わるものであり,また,旭川学テ事件判決が,子の養育について,最も基本的には親が子の自然的関係に基づいて子に対して行う養育・監護作用の一環であり,親が一定の決定権を有する旨を判示し,諸外国の憲法等においても親権,親が子の育成及び教育をする権利が自然権として保障されていることに照らすと,親権が人格権又は幸福追求権の一内容として憲法13条により保障されており,一方,未成年の子が父母の共同親権の下で養育される権利,成人するまで父母と同様に触れ合いながら精神的に成長する権利が,子の人格的生存にとって重要であるから,同条により保障されていると主張する。
原告が本件において問題とする「親権」は,民法819条2項の規定に基づき裁判所が親権者を定めることにより父又は母の一方に帰属することとなる「親権」,すなわち,民法上の「親権」であるから,以下,その点を踏まえつつ,また,具体的な法制度を離れて権利利益を抽象的に論ずることも相当ではないから,具体的な法制度である「親権制度」との関係で検討する。
ア 民法は,親権者において,子の監護及び教育をする権利(820条)を付与するほか,子の居所の指定(821条),子に対する懲戒(822条),子が職業を営むことの許可等(823条),子の財産の管理及び同財産に関する法律行為についての代表(824条)をする各権限を有するものとしているが,一方で,民法820条は,「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負う。」と規定し,親権の中核をなすと考えられる子の監護及び教育をする権利が「子の利益」のために行使されなければならず,また,親権者の義務でもあることを明示している。また,民法においては,親権喪失の審判(834条),親権停止の審判(834条の2)又は管理権喪失の審判(835条)の各制度が設けられ,家庭裁判所による後見的な関与が定められているが,その要件として,「子の利益」を著しく害する,又は害するとされ,あるいは,協議上の離婚の際に父母の協議で離婚後の監護事項を定めるに当たっては,「子の利益」を最も優先して考慮しなければならない(766条1項)とされるなど,民法の定める親権制度が「子の利益」のためのものであることが明示されている。
このような親権についての各規定の在り方をみると,親権者たる親は,子について,当該子にとって何が適切な監護及び教育であるか,親権を行うに当たって考慮すべき「子の利益」が何かを判断するための第一次的な裁量権限及びそれに基づく決定権限を有するが,これらの権限は,子との間でのみ行使され,親とは別人格の子の自律的意思決定に対して一定の制約をもたらし得る形で行使されるものであるばかりか,その権限の行使に当たっては,「子の利益」のために行使しなければならないという制約があり,それが親自身の監護及び教育の義務にもなっている。そうすると,親権は,あくまでも子のための利他的な権限であり,その行使をするか否かについての自由がない特殊な地位であるといわざるを得ず,憲法が定める他の人権,とりわけいわゆる精神的自由権とは本質を異にするというべきである。また,親権を,その行使を受ける子の側から検討をしても,子は,親権の法的性質をどのように考えようとも,親による親権の行使に対する受け手の側にとどまらざるを得ず,憲法上はもちろん,民法上も,子が親に対し,具体的にいかなる権利を有するかも詳らかでないから,子において,原告が主張するような,父母の共同親権の下で養育される権利,ひいては成人するまで父母と同様に触れ合いながら精神的に成長をする権利を有するものとは解されず,親権の特殊性についての上記判断を左右するものではない。そうすると,このような特質を有する親権が,憲法13条で保障されていると解することは甚だ困難である。」
(2) ア このように原判決は,「このような親権についての各規定の在り方をみると,親権者たる親は,子について,当該子にとって何が適切な監護及び教育であるか,親権を行うに当たって考慮すべき「子の利益」が何かを判断するための第一次的な裁量権限及びそれに基づく決定権限を有するが,これらの権限は,子との間でのみ行使され,親とは別人格の子の自律的意思決定に対して一定の制約をもたらし得る形で行使されるものであるばかりか,その権限の行使に当たっては,「子の利益」のために行使しなければならないという制約があり,それが親自身の監護及び教育の義務にもなっている。親権は,あくまでも子のための利他的な権限であり,その行使をするか否かについての自由がない特殊な地位であるといわざるを得ず,憲法が定める他の人権,とりわけいわゆる精神的自由権とは本質を異にするというべきである。」と判示した。
しかしながら,原判決の判示内容は,親権が基本的人権であることを否定する理由にならない。
なぜならば,例えば選挙権の性質についてみても,それを選挙人としての地位に基づいて公務員の選挙に関与する「公務」とみるか,国政への参加を国民に保障する「権利」とみるかについて争いがあり,多数説は,両者をあわせもつと解している(二元説と呼ばれる)(芦部信喜[高橋和之補訂]『憲法』(岩波書店,第七版,2019年)271頁(甲36))。選挙権は「国家への自由」としての性質を有する基本的人権であり,自らのために行使するのではなく,あるべき国家の構築のために行使される点において,親権と同様に,「利他的な権限であり,その行使をするか否かについての自由がない特殊な地位である。」と言える。さらに言えば,選挙権はその具体的内容が,憲法ではなく,国会の立法で定まる(憲法44条)という特殊な地位を有している。それは精神的自由権とは異なる点である。しかしながら,上で述べたとおり選挙権が基本的人権であることは争いがないところである。すると,親権が権利としての側面と共に、子に対する責務としての側面を有しているとしても,それにより親権が基本的人権であることを否定する理由とはならないことは明白である(最高裁大法廷平成17年9月14日判決は,公務としての性格と権利としての性格の両者をあわせもつと解されている選挙権について,国会(国会議員)の立法不作為責任を認めて,国に対する賠償命令を出しているのである。)。そして,親権の具体的内容が民法で定まる点も,やはり選挙権の具体的内容が,憲法ではなく国会の立法で定まるのと同様なのであるから,その点においても,親権が基本的人権であることを否定する理由にならないことは明白である。
ちなみに,被控訴人が引用する乙3号証210頁では,「親権は権利か」というテーマについて,「子に対する親の権利というより,親の社会的責務とでもいうべきものである」との説明がされた後で,同記載に続く説明として,「親権は権利だけでなく義務を伴う,などと言われるが,そもそも財産法的な権利・義務では捉えきれないということを認識しておく必要があろう。」と記載されている。そこで「捉えきれない」と書かれているように,乙3号証における著者の説明の趣旨は,親権には純粋な「権利・義務」としての性質に,さらに異なる性質の側面が加わっている(付加されている),という意味であることが分かるのである。それは,親権が「権利」としての性質を有することを認める記載であることは明白である。乙3号証の記載内容は,親権が基本的人権であることの根拠となるものである。
イ この点につき,原判決25頁が,以下のとおり判示したことも,親権が基本的人権であることの根拠となるものである。
「イ また,親である父又は母と子とは,三者の関係が良好でないなどといった状況にない限り,一般に,子にとっては,親からの養育を受け,親との間で密接な人的関係を構築しつつ,これを基礎として人格形成及び人格発達を図り,健全な成長を遂げていき,親にとっても,子を養育し,子の受容,変容による人格形成及び人格発展に自らの影響を与え,次代の人格を形成することを通じ,自己充足と自己実現を図り,自らの人格をも発展させるという関係にある。そうすると,親である父又は母による子の養育は,子にとってはもちろん,親にとっても,子に対する単なる養育義務の反射的な効果ではなく,独自の意義を有するものということができ,そのような意味で,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができる。
しかし,これらの人格的な利益と親権との関係についてみると,これらの人格的な利益は,離婚に伴う親権者の指定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利等を失うことにより,当該人格的な利益が一定の範囲で制約され得ることになり,その範囲で親権の帰属及びその行使と関連するものの,親である父と母が離婚をし,その一方が親権者とされた場合であっても,他方の親(非親権者)と子の間も親子であることに変わりがなく,当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にとっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。」
このように,原判決は,「親である父又は母による子の養育は,子にとってはもちろん,親にとっても,子に対する単なる養育義務の反射的な効果ではなく,独自の意義を有するものということができ,そのような意味で,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができる。」と判示した上で,離婚後に単独親権とされた場合であっても,「親である父と母が離婚をし,その一方が親権者とされた場合であっても,他方の親(非親権者)と子の間も親子であることに変わりがなく,当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にとっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。」と判示した。
しかしながら,原判決が判示した「親にとっても,子を養育し,子の受容,変容による人格形成及び人格発展に自らの影響を与え,次代の人格を形成することを通じ,自己充足と自己実現を図り,自らの人格をも発展させるという関係にある。そうすると,親である父又は母による子の養育は,子にとってはもちろん,親にとっても,子に対する単なる養育義務の反射的な効果ではなく,独自の意義を有するものということができ,そのような意味で,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができる。」「子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができる。」という関係は,決して人格的な利益としての養育関係だけにとどまるものではなく,基本的人権としての親権そのものについても当てはまることである。
なぜならば,親が子に対して基本的人権としての親権を行使することは,単なる養育関係を越えて,親子関係に関する法律上の決定を行い,その法律上の効果を生む点において,より重要な効果を親と子に与えるからである。さらに言えば,単なる親が子を養育する関係と比較すると,親による親権の行使を通して,親と子は互いに,より精神的に緊密な関係へと昇華されるからである。
親が子に対して基本的人権としての親権を行使する場面を考慮すると,例えば親が親権者として子と将来の夢を語り合い,進学先の希望を話し合いながら,子が入学する学校を選び,その学校との入学契約を締結することは,「親にとっても,子を養育し,子の受容,変容による人格形成及び人格発展に自らの影響を与え,次代の人格を形成することを通じ,自己充足と自己実現を図り,自らの人格をも発展させるという関係にある。」という個人の人格的利益としての側面を越える,基本的人権である人格権や幸福追求権を,親権を行使する親に享受させることは明白である。
その意味で,原判決が判示した「子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができる。」という関係は,決して人格的な利益としての養育関係だけにとどまるものではなく,基本的人権としての親権(人格権や幸福追求権としての親権)そのものについても当てはまるものであり,その原判決の判示は,親権が基本的人権であることの根拠ともなるものである。
憲法13条は,基本的人権としての人格権や幸福追求権を保障している。原判決において,親子の養育関係が親と子のそれぞれにとっての人格的利益であり,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない,とされていることに照らすと,親権は単なる養育関係を越えて,より一層,親子の人格的関係に密接に関係し,その行使を通して親と子のそれぞれが人格を発達させ,幸福を追求する権利なのであるから,親権が憲法13条が保障する人格権や幸福追求権に含まれる基本的人権であることは明白である。
さらに言えば,上で述べたように,選挙権が基本的人権であることは今日では争いがないところ,選挙権が投票を行うことにより完結する一方的な権利であるのに対して,親による親権の行使を通して,親と子は互いに,より精神的に緊密な関係へと昇華される点で,人格権の行使としての人格の発達と幸福追求権の行使としての幸福追求が親と子の間の相互的な関係で行われ,親と子のそれぞれが基本的人権を享受するという特徴を有すると言える。その意味において,親権は選挙権よりも,より人としての尊厳性に直結する基本的人権であると言える。
その点においても,親権が憲法13条が保障する人格権や幸福追求権に含まれる基本的人権であることは明白である。原判決が親権を基本的人権ではないと判示した点に合理性がないことは明白である。
ウ 続いて原判決は,「また,親権を,その行使を受ける子の側から検討をしても,子は,親権の法的性質をどのように考えようとも,親による親権の行使に対する受け手の側にとどまらざるを得ず,憲法上はもちろん,民法上も,子が親に対し,具体的にいかなる権利を有するかも詳らかでないから,子において,原告が主張するような,父母の共同親権の下で養育される権利,ひいては成人するまで父母と同様に触れ合いながら精神的に成長をする権利を有するものとは解されず,親権の特殊性についての上記判断を左右するものではない。」と判示した。
しかしながら,子の側から見ても,やはり原判決が判示した「子にとっては,親からの養育を受け,親との間で密接な人的関係を構築しつつ,これを基礎として人格形成及び人格発達を図り,健全な成長を遂げていき,」「子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができる。」という関係は,決して親と子の人格的な利益としての養育関係だけにとどまるものではなく,基本的人権としての親権そのものについても当てはまることである。
なぜならば,親が子に対して基本的人権としての親権を行使することは,単なる養育関係を越えて,親子関係に関する法律上の決定を行い,その法律上の効果を生む点において,より重要な効果を親と子に与えるからである。さらに言えば,単なる親が子を養育する関係と比較すると,親による親権の行使を通して,親と子は互いに,より精神的に緊密な関係へと昇華されるからである。
親が子に対して基本的人権としての親権を行使する場面を考慮すると,例えば親が親権者として子と将来の夢を語り合い,進学先の希望を話し合いながら,子が入学する学校を選び,その学校との入学契約を締結することは,「親にとっても,子を養育し,子の受容,変容による人格形成及び人格発展に自らの影響を与え,次代の人格を形成することを通じ,自己充足と自己実現を図り,自らの人格をも発展させるという関係にある。」という個人の人格的利益としての側面を越える,基本的人権である人格権や幸福追求権を,親権の行使を受ける子に享受させることは明白である。
その意味で,原判決が判示した「子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができる。」という関係は,決して人格的な利益としての養育関係だけにとどまるものではなく,基本的人権としての親権(人格権や幸福追求権としての親権)そのものについても当てはまるものであり,その原判決の判示は,親権が基本的人権であることの根拠ともなるものである。
憲法13条は,基本的人権としての人格権や幸福追求権を保障している。原判決において,親子の養育関係が親と子のそれぞれにとっての人格的利益であり,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない,とされていることに照らすと,親権は単なる養育関係を越えて,より一層,親子の人格的関係に密接に関係し,その行使を通して親と子のそれぞれが人格を発達させ,幸福を追求する権利なのであるから,親権が憲法13条が保障する人格権や幸福追求権に含まれる基本的人権であることは明白である。
さらに言えば,上で述べたように,選挙権が基本的人権であることは今日では争いがないところ,選挙権が投票を行うことにより完結する一方的な権利であるのに対して,親による親権の行使を通して,親と子は互いに,より精神的に緊密な関係へと昇華される点で,人格権の行使としての人格の発達と幸福追求権の行使としての幸福追求が親と子の間の相互的な関係で行われ,親と子のそれぞれが基本的人権を享受するという特徴を有すると言える。その意味において,親権は選挙権よりも,より人としての尊厳性に直結する基本的人権であると言える。
その点においても,親権が憲法13条が保障する人格権や幸福追求権に含まれる基本的人権であることは明白であり,原判決が親権を基本的人権ではないと判示した点に合理性がないことは明白である。
なお原判決は,「また,親権を,その行使を受ける子の側から検討をしても,子は,親権の法的性質をどのように考えようとも,親による親権の行使に対する受け手の側にとどまらざるを得ず,憲法上はもちろん,民法上も,子が親に対し,具体的にいかなる権利を有するかも詳らかでないから,子において,原告が主張するような,父母の共同親権の下で養育される権利,ひいては成人するまで父母と同様に触れ合いながら精神的に成長をする権利を有するものとは解されず,親権の特殊性についての上記判断を左右するものではない。」と判示した。しかしながら,親権者である親による親権の行使によって子が基本的人権である人格権や幸福追求権を享受する以上,原判決が判示したように,「憲法上はもちろん,民法上も,子が親に対し,具体的にいかなる権利を有するかも詳らかでない」と言えないことは明白である。選挙権はその具体的内容が,憲法ではなく,国会の立法で定まるけれども(憲法44条),選挙権が基本的人権であることに争いがないように,親権者である親による親権の行使によって子が基本的人権である人格権や幸福追求権を享受することが明白である以上,その具体的内容が民法で定まることは,何ら親権が子にとっての基本的人権であることを否定する理由にはならないことは明白である。
エ この点において,『新版注釈民法(25)』(有斐閣,改訂版,2004年)(甲23)には,以下の記載が明記されている。その内容からすると,親の子に対する親権が自然権(自然的権利)であり,日本国憲法においても基本的人権として保障されていることは明白である。
なお,以下の②において,「親が親権者としてその子に対し有する監護教育権は,民法などによって創設されるものとしてよりも前国家的・始原的な自然権に由来するものと見てよく(教育権につき,田中耕太郎・教育基本法の理論[昭36]154),民法は私法上の立場においてこの権利を宣言しているものと見てよいであろう。」と記載されていることは,上で控訴人が主張した「選挙権はその具体的内容が,憲法ではなく,国会の立法で定まるけれども(憲法44条),選挙権が基本的人権であることに争いがないように,親権者である親による親権の行使によって子が基本的人権である人格権や幸福追求権を享受することが明白である以上,その具体的内容が民法で定まることは,何ら親権が子にとっての基本的人権であることを否定する理由にはならないことは明白である。」の内容の根拠となることである。
『新版注釈民法(25)』(有斐閣,改訂版,2004年)(甲23)
①69頁の「820条 Ⅲ 監護教育の程度方法(1)」の箇所
「ただ,親権者の監護教育権は,子供の監護教育を受ける基本的人権に対応しつつ,親が子に対して有する前国家的・始原的な自然権であると見られるけれども(→Ⅴ)」
②76頁の「820条 Ⅴ 監護教育権の性質(1)(ア)」の箇所
「ドイツ連邦共和国基本法6条2項は「子供の育成および教育は,両親の自然の権利であり,かつ,何よりもまず両親に課せられている義務である。その実行に対しては,国家共同社会がこれを監視する」と規定しているが,親が親権者としてその子に対し有する監護教育権は,民法などによって創設されるものとしてよりも前国家的・始原的な自然権に由来するものと見てよく(教育権につき,田中耕太郎・教育基本法の理論[昭36]154),民法は私法上の立場においてこの権利を宣言しているものと見てよいであろう。」
オ これらの点において,子の側からしても,親権が基本的人権であることは明白なである。その点においても,原判決が親権を基本的人権ではないと判示した点に合理性がないことは明白である。
2(1) 原判決は,以下のとおり判示した(25-26頁)。
「イ また,親である父又は母と子とは,三者の関係が良好でないなどといった状況にない限り,一般に,子にとっては,親からの養育を受け,親との間で密接な人的関係を構築しつつ,これを基礎として人格形成及び人格発達を図り,健全な成長を遂げていき,親にとっても,子を養育し,子の受容,変容による人格形成及び人格発展に自らの影響を与え,次代の人格を形成することを通じ,自己充足と自己実現を図り,自らの人格をも発展させるという関係にある。そうすると,親である父又は母による子の養育は,子にとってはもちろん,親にとっても,子に対する単なる養育義務の反射的な効果ではなく,独自の意義を有するものということができ,そのような意味で,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができる。
しかし,これらの人格的な利益と親権との関係についてみると,これらの人格的な利益は,離婚に伴う親権者の指定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利等を失うことにより,当該人格的な利益が一定の範囲で制約され得ることになり,その範囲で親権の帰属及びその行使と関連するものの,親である父と母が離婚をし,その一方が親権者とされた場合であっても,他方の親(非親権者)と子の間も親子であることに変わりがなく,当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にとっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。慮るに,当該人格的な利益が損なわれる事態が生じるのは,離婚に伴って父又は母の一方が親権者に指定されることによるのではなく,むしろ,父と母との間,又は父若しくは母と子の間に共に養育をする,又は養育を受けるだけの良好な人間関係が維持されなくなることにより生じるものではないかと考えられる。
そうすると,親及び子が,親による子の養育についてそれぞれ上記の人格的な利益を有し,親権の帰属及び行使がそれに関連しているからといって,親権が憲法13条で保障されていると解することが甚だ困難であるという前記アの判断を左右するものではない。
なお,離婚に伴う親権者の指定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利等を失うことにより,親及び子がそれぞれ有する上記の人格的な利益に対する一定の範囲での制約については,当該人格的な利益が,憲法が予定する家族の根幹に関わる人格的な利益であると解されるから,我が国の憲法上の解釈としては,後述するとおり,憲法24条2項の「婚姻及び家族に関するその他の事項」に当たる,親権制度に関する具体的な法制度を構築する際に考慮されるべき要素の一つとなり,国会に与えられた裁量権の限界を画すものと位置づけられるのが相当である。」
(2) この原判決の判示内容が,控訴人の主張である「親の子に対する親権が憲法13条で保障される人格権や幸福追求権に含まれる基本的人権である」ことの根拠になる内容であることは,上で述べたとおりである。
なお,この原判決における「なお,離婚に伴う親権者の指定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利等を失うことにより,親及び子がそれぞれ有する上記の人格的な利益に対する一定の範囲での制約については,当該人格的な利益が,憲法が予定する家族の根幹に関わる人格的な利益であると解されるから,我が国の憲法上の解釈としては,後述するとおり,憲法24条2項の「婚姻及び家族に関するその他の事項」に当たる,親権制度に関する具体的な法制度を構築する際に考慮されるべき要素の一つとなり,国会に与えられた裁量権の限界を画すものと位置づけられるのが相当である。」という,親権について憲法24条2項の保障が及ぶことを認めた点については,正当なものである。控訴人は,この判示部分を引用して,後に憲法24条2項についての主張を行うものである。
3(1) 原判決は,以下のとおり判示した(26-27頁)。
「ウ 原告は,親権が憲法13条で保障されていることを基礎付ける根拠として,旭川学テ事件判決並びに諸外国の法制度及び裁判例を指摘する。しかし,旭川学テ事件判決は,子の教育について国家の干渉を制限する観点から,親に一定の決定権能がある旨を判示したもので,それを越え,親権が憲法13条により保障された権利であるという判断をしたものではなく,その趣旨を含むものとも解されない。また,諸外国の法制度及び裁判例の状況は,前記1の認定事実(以下「認定事実」という。)(1)のとおりであるが,このような状況は,親権制度の在り方に関する議論の上で参考にされるべき事情とはなり得るにせよ,我が国の憲法の解釈に直ちに影響を及ぼす事情であるとはいえず,前記ア及びイの判断を左右するものではない。
エ 以上で説示したところによれば,本件規定が憲法13条に違反することが明白ということはできない。」
(2) ア まず原判決は,「原告は,親権が憲法13条で保障されていることを基礎付ける根拠として,旭川学テ事件判決並びに諸外国の法制度及び裁判例を指摘する。しかし,旭川学テ事件判決は,子の教育について国家の干渉を制限する観点から,親に一定の決定権能がある旨を判示したもので,それを越え,親権が憲法13条により保障された権利であるという判断をしたものではなく,その趣旨を含むものとも解されない。」と判示した。
しかしながら,旭川学テ事件判決は,親の子に対する親権が,自然権であり,基本的人権であることを認めたものである。
旭川学力テ事件判決における,親の子に対する教育権が基本的人権であることを認めた判示部分を以下で引用する。
「1 子どもの教育と教育権能の帰属の問題
(一)子どもの教育は,子どもが将来一人前の大人となり,共同社会の一員としてその中で生活し,自己の人格を完成,実現していく基礎となる能力を身につけるために必要不可欠な営みであり,それはまた,共同社会の存続と発展のためにも欠くことができないものである。この子どもの教育は,その最も始原的かつ基本的な形態としては,親が子との自然的関係に基づいて子に対して行う養育,監護の作用の一環としてあらわれるのであるが,しかしこのような私事としての親の教育及びその延長としての私的施設による教育をもってしては,近代社会における経済的,技術的,文化的発展と社会の複雑化に伴う教育要求の質的拡大及び量的増大に対応しきれなくなるに及んで,子どもの教育が社会における重要な共通の関心事となり,子どもの教育をいわば社会の公共的課題として公共の施設を通じて組織的かつ計画的に行ういわゆる公教育制度の発展をみるに至り,現代国家においては,子どもの教育は,主としてこのような公共施設としての国公立の学校を中心として営まれるという状態になっている。」
「そして,この観点に立って考えるときは,まず親は,子どもに対する自然的関係により,子どもの将来に対して最も深い関心をもち,かつ,配慮をすべき立場にある者として,子どもの教育に対する一定の支配権,すなわち子女の教育の自由を有すると認められるが,このような親の教育の自由は,主として家庭教育等学校以外における教育や学校選択の自由にあらわれるものと考えられるし,」
このように,旭川学力テスト判決は,以下のように判示しているのである。
「この子どもの教育は,その最も始原的かつ基本的な形態としては,親が子との自然的関係に基づいて子に対して行う養育,監護の作用の一環としてあらわれるのである」
「まず親は,子どもに対する自然的関係により,子どもの将来に対して最も深い関心をもち,かつ,配慮をすべき立場にある者として,子どもの教育に対する一定の支配権,すなわち子女の教育の自由を有すると認められるが,このような親の教育の自由は,主として家庭教育等学校以外における教育や学校選択の自由にあらわれるものと考えられるし,」
これらの判示からも明白なように,旭川学力テ事件判決は,同訴訟の主たる争点であった学校教育についての評価を行う前に,①親が子に対して教育を行う権利は,その最も始原的かつ基本的な形態として,親が子との自然的関係に基づいて,子に対して行う養育,監護の作用の一環として現れること,そして,②親は,子に対する自然的関係により,子どもの将来に対して最も深い関心をもち,かつ,配慮をすべき立場にある者として,子どもの教育に対する一定の支配権,すなわち子女の教育の自由を有すること,そのような親の教育の自由は,主として家庭教育などの学校以外における教育や学校選択の自由にあらわれることを認めているのである。
すると,旭川学力テ事件判決が,「親の学校選択の自由」を「自然権としての教育の自由に含まれる」と判示していることからすると,親の子に対する親権が自然権であり基本的人権であることを認めたことは明白である。なぜならば,「学校選択の自由」は,まさに親による親権の行使だからである。それは,旭川学テ事件判決が,親の子に対する親権が自然権であり基本的人権であることを認めたことを意味している。
付言すると,大森貴弘「翻訳:ドイツ連邦憲法裁判所の離婚後単独親権違憲判決」常葉大学教育学部紀要<報告>425頁(甲7)においても,「諸外国に目を転じると,ドイツでは子を育成する親の権利は自然権とされ,憲法でも明文化されており,アメリカでは平等原則と適正手続により親の権利が人権として認められている。日本国憲法には親の権利についての明文の規定はないが,親子の自然的関係を論じた最高裁判決(旭川学テ判決)が存在していることや人権の普遍性等を根拠として,憲法上認められうると解される。」と指摘されており,その指摘を踏まえると,日本法においても,「子を育成する親の権利」である親の子に対する親権は,憲法が保障する自然権であり基本的人権であることは明らかである。
そもそも,子の成長と養育に関わる親の子に対する親権は,親が子との自然的関係に基づいて子に対して行う養育,監護の作用の一環としてあらわれるものであり,人権の普遍性等に基づく存在である。そして親の子に対する親権は,これを希望する者にとって幸福の源泉となり得ることなどに鑑みると,人格的生存の根源に関わるものであり,幸福追求権を保障する憲法13条の法意に照らし,人格権や幸福追求権の一内容を構成する権利として尊重されるべきであることは明白である。その意味において,旭川学力テ事件判決は,親権が憲法13条で保障される人格権や幸福追求権の一内容である基本的人権として保障されていると解釈する立場であることは明白である。
イ また,原判決は,「また,諸外国の法制度及び裁判例の状況は,前記1の認定事実(以下「認定事実」という。)(1)のとおりであるが,このような状況は,親権制度の在り方に関する議論の上で参考にされるべき事情とはなり得るにせよ,我が国の憲法の解釈に直ちに影響を及ぼす事情であるとはいえず,前記ア及びイの判断を左右するものではない。」と判示した。
しかしながら,この判示が最高裁判所大法廷平成27年(2015年)12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)に反する内容であることは明白である。同最高裁判決は,女性の再婚禁止期間の旧規定の内,100日を超える部分を違憲とした理由に外国法を引用した上で,次のように判示しているからである。それは,諸外国の法制度及び裁判例の状況が,日本国憲法の解釈に意味を与える立法事実であることを示している。その意味において,諸外国の法制度及び裁判例の状況が,我が国の憲法の解釈に直ちに影響を及ぼす事情であることは明白である。
「また,かつては再婚禁止期間を定めていた諸外国が徐々にこれを廃止する立法をする傾向にあり,ドイツにおいては1998年(平成10年)施行の「親子法改革法」により,フランスにおいては2005年(平成17年)施行の「離婚に関する2004年5月26日の法律」により,いずれも再婚禁止期間の制度を廃止するに至っており,世界的には再婚禁止期間を設けない国が多くなっていることも公知の事実である。それぞれの国において婚姻の解消や父子関係の確定等に係る制度が異なるものである以上,その一部である再婚禁止期間に係る諸外国の立法の動向は,我が国における再婚禁止期間の制度の評価に直ちに影響を及ぼすものとはいえないが,再婚をすることについての制約をできる限り少なくするという要請が高まっていることを示す事情の一つとなり得るものである。」
(3) 控訴人が原審で主張及び立証を行った以下の諸点からも,親権が基本的人権であることは明白である。以下で再度引用を行う。
ア ドイツ民法では,かつては日本と同様に裁判離婚後は単独親権制度が採用されていたものの,1982年に連邦憲法裁判所において,離婚後の例外なき単独親権を定めたドイツ民法1671条4項1文の規定が,親の権利を定めたドイツ基本法6条2項1文の権利を侵害するとの判決が出された。同判決後,ドイツでは離婚後の例外なき単独親権は違憲となり,個別事例での対応が続いていたが,1998年に親子法改正法(1997年制定)が施行され,離婚後共同親権(共同配慮権)が法制化された(大森貴弘「翻訳:ドイツ連邦憲法裁判所の離婚後単独親権違憲判決」常葉大学教育学部紀要<報告>第38号2017年12月409-425頁(甲7。訳者解説は甲7号証の425頁。))。
ドイツ民法は,日本民法の母法であり,それについてのドイツ連邦裁判所の違憲判決とその後のドイツ民法の改正は,日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実である(上でも引用した最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟))。
イ 東京高等裁判所昭和30年9月6日決定は,「<要旨>元来親権は,血縁関係(養親子にあつては血縁関係が擬制されている)に基く親の未成年の子を養育するという人類の本能的生活関係を社会規範として承認し,これを法律関係として保護することを本質とするものである。」と判示している。
この判示内容からすると,親の子に対する親権が自然権(自然的権利)であり,日本国憲法においても基本的人権として保障されていることは明白である。
ウ 静岡地裁浜松支部平成11年12月21日判決は,「かくて,子との面接交渉権は,親子という身分関係から当然に発生する自然権である親権に基き,これが停止された場合に,監護に関連する権利として構成されるものといえるのであって,親としての情愛を基礎とし,子の福祉のために認められるべきものである。」と判示している。
この判示内容からすると,親の子に対する親権が自然権(自然的権利)であり,日本国憲法においても基本的人権として保障されていることは明白である。
エ 仙台地裁令和元年5月28日判決において,以下の判示がされている。
「人が幸福を追求しようとする権利の重みは,たとえその者が心身にいかなる障がいを背負う場合であっても何ら変わるものではない。子を産み育てるかどうかを意思決定する権利(リプロダクティブ権)は,これを希望する者にとって幸福の源泉となり得ることなどに鑑みると,人格的生存の根源に関わるものであり,上記の幸福追求権を保障する憲法13条の法意に照らし,人格権の一内容を構成する権利として尊重されるべきである。」
「そして,憲法13条は,国民一人ひとりが幸福を追求し,その生きがいが最大限尊重されることによって,それぞれが人格的に生存できることを保障しているところ,前記のとおり,リプロダクティブ権は,子を産み育てることを希望する者にとって幸福の源泉となり得ることなどに鑑みると,人格的生存の根源に関わるものであり,憲法上保障される個人の基本的権利である。それにもかかわらず,旧優生保護法に基づく不妊手術は,不良な子孫の出生を防止するなどという不合理な理由により,子を望む者にとっての幸福を一方的に奪うものである。本件優生手術を受けた者は,もはやその幸福を追求する可能性を奪われて生きがいを失い,一生涯にわたり救いなく心身ともに苦痛を被り続けるのであるから,その権利侵害の程度は,極めて甚大である。そうすると,リプロダクティブ権を侵害された者については,憲法13条の法意に照らし,その侵害に基づく損害賠償請求権を行使する機会を確保する必要性が極めて高いものと認められる。」
このように,仙台地裁令和元年5月28日判決は,「子を産み育てるかどうかを意思決定する権利(リプロダクティブ権)は,これを希望する者にとって幸福の源泉となり得ることなどに鑑みると,人格的生存の根源に関わるものであり,上記の幸福追求権を保障する憲法13条の法意に照らし,人格権の一内容を構成する権利として尊重されるべきである。」と判示している。その判示からすると,子を産み育てること,さらには子の成長と養育に関わることである親の子に対する親権は,これを希望する者にとって幸福の源泉となり得る人格的生存の根源に関わるものであり,幸福追求権を保障する憲法13条の法意に照らし,人格権の一内容を構成する権利として尊重されるべきであることは明白である。その意味において,親の子に対する親権は,憲法13条で保障される人格権や幸福追求権の一内容として保障されていると解釈するべきことは明白である。
オ 大阪地裁令和2年11月30日判決は,「子を産むか否かは,人としての生き方の根幹に関わる意思決定であるから,子を産み育てるか否かを自らの自由な意思によって決定することは,幸福追求権又は自己決定権として憲法13条によって保障されるとともに,性と生殖に関する自然権的な権利であるリプロダクティブ・ライツとして憲法13条,24条によって保障される。」と判示している。その判示からすると,子を産み育てること,さらには子の成長と養育に関わることである親の子に対する親権は,これを希望する者にとって幸福の源泉となり得る人格的生存の根源に関わるものであり,幸福追求権を保障する憲法13条の法意に照らし,人格権の一内容を構成する権利として尊重されるべきであることは明白である。その意味において,親の子に対する親権は,憲法13条で保障される人格権や幸福追求権の一内容として保障されていると解釈するべきことは明白である。
カ 文部科学省のHPでは,教育基本法第4条(第4条(義務教育)第1条「国民は,その保護する子女に,九年の普通教育を受けさせる義務を負う。」第2条「国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については,授業料は,これを徴収しない。」)の「義務を負う」の解説において,「親には,憲法以前の自然権として親の教育権(教育の自由)が存在すると考えられているが,この義務教育は,国家的必要性とともに,このような親の教育権を補完し,また制限するものとして存在している。」と解説されている(甲22)。
そこで「親には,憲法以前の自然権としての親の教育権(教育の自由)が存在すると考えられている」と指摘されていることは,日本法においても,親の未成年者子に対する親権は,憲法が保障する基本的人権であることを被控訴人(国)自身が認めていることを意味している(子が通う学校の選択は,親の子に対する親権の行使であるが,それが自然権としての親の教育権(教育の自由)の発現であることは明白である。)。
(4) なお,離婚後単独親権制度を採用する民法819条2項(本件規定)は,離婚後に子に対する親権を失った親が,離婚後に単独親権者となった親の親権の行使に従い,例えば子の進学する学校の学費を扶養義務として負担することを義務付ける制度である。自らが選び,正せない事柄を理由に不利益を及ぼすことは憲法14条1項や憲法24条2項に違反して許されない(最高裁大法廷平成25年9月4日決定,最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟))。そしてその最高裁判例の趣旨は,合理的な理由なく基本的人権を制限することを禁止した憲法13条の解釈にも当てはまるものである。すると,離婚後単独親権制度を採用する民法819条2項(本件規定)は,憲法29条が財産権を保障しているにも拘わらず,離婚後に親権を失った親が,離婚後に単独親権者となった親の親権の行使に従い,子についての費用を扶養義務として負担することを義務付ける制度である点において,離婚に際して子に対する親権を失った非親権者である親の基本的人権を合理的な理由なく制限するものであり,憲法13条に違反することは明白である。
(5) また,民法の家族法制の見直しを議論していた有識者らの研究会は,令和3年2月にまとめた報告書において,「親権」を別の用語に置き換えるように提案を行った。親権は,字面から親の権利ばかりをイメージしがちだが,子には養育を受ける権利があり,本質は親が子に対して果たすべき努めのことだから,という理由である(甲55)。研究会では「親権」に置き換えられる用語として「責務」などが上げられた。
とすると,両親から親権を受ける立場の子からすると,「子には養育を受ける権利がある」のであるから,夫婦関係の解消にすぎない離婚に際して,「子に養育を行う」立場にある2人の親権者を一律的に全面的に1人にしてしまうという不利益を子の同意なしに行う現在の民法819条2項(本件規定)は,やはり,自らが選び,正せない事柄を理由に不利益を及ぼす点において憲法14条1項や憲法24条2項に違反して許されないことは明白である(最高裁大法廷平成25年9月4日決定,最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟))。そしてその最高裁判例の趣旨は,合理的な理由なく基本的人権を制限することを禁止した憲法13条の解釈にも当てはまるものである。
すると,離婚後単独親権制度を採用する民法819条2項(本件規定)は,子が自らが選び正せない両親の離婚という事柄を理由に,子が養育を受ける権利を持つ2人から1人に減してしまうという不利益を与える点において,憲法13条に違反することは明白である。
(6) ちなみに,スウェーデンの親子法では,子どもの最善の利益は,2人の親によって等しくケアを受ける子どもの権利として解釈されている(甲56)。
そして,外国法の内容は,日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実として存在している(最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟))。
すると,スウェーデンの親子法では,子どもの最善の利益は,2人の親によって等しくケアを受ける子どもの権利として解釈されていることは(甲56),当然に日本国憲法の解釈に影響を与える存在なのであるから,原判決が「民法の定める親権制度が「子の利益」のためのものであることが明示されている。」と判示したにも拘わらず(24頁),親の離婚後は離婚後単独親権制度が採用され,2人の親によるケアを否定している819条2項(本件規定)の合理性を肯定したことは明白な矛盾である。
離婚後単独親権制度を採用する民法819条2項(本件規定)は,子が自らが選び正せない両親の離婚という事柄を理由に,子が養育を受ける権利を持つ2人から1人に減してしまうという不利益を与える点において,憲法13条に違反することは明白である。
(7) 以上からすると,親権が,親子という関係から当然に発生する自然権であり基本的人権であることは明白である。
そもそも,子の成長と養育に関わる親の子に対する親権は,親が子との自然的関係に基づいて子に対して行う養育,監護の作用の一環としてあらわれるものであり,人権の普遍性等に基づく存在である。そして親の子に対する親権は,これを希望する者にとって幸福の源泉となり得ることなどに鑑みると,人格的生存の根源に関わるものであり,幸福追求権を保障する憲法13条の法意に照らし,人格権や幸福追求権の一内容を構成する権利として尊重されるべきであることは明白である。
そして,憲法13条は基本的人権としての人格権や幸福追求権を保障している。原判決において,親子の養育関係が親と子のそれぞれにとっての人格的利益であり,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない,とされていることに照らすと(原判決25頁,原判決31頁),親権は単なる養育関係を越えて,より一層,親子の人格的関係に密接に関係し,その行使を通して親と子のそれぞれが人格を発達させ,幸福を追求する権利なのであるから,親権が憲法13条が保障する人格権や幸福追求権に含まれる基本的人権であることは明白である。
すると,基本的人権は合理的な理由なくしては制限されてはならない性質を有する権利なのであるから,自然権であり基本的人権である親の子に対する親権を制限できるのは,親から子に対する暴力行為があるなどの,合理的な理由がある場合に限定されることになる。
そして,離婚はあくまでも夫婦関係を清算させる制度であり,親子関係を終了させる制度ではないのであるから,それが自然権であり基本的人権である親の子に対する親権を制限できる理由に該当しないことは明白である。民法819条2項(本件規定)は,離婚があくまでも夫婦関係の解消であり,親子関係の解消ではないにも拘わらず,一律に,夫婦の離婚に伴い,一方親から親権を全面的に奪う規定なのであるから,そこには立法目的と手段との間に,論理的関係自体が認められないことは明白である。さらに,そこには立法目的と手段との間に,実質的関連性も認められないことは明白である。その意味で民法819条2項(本件規定)は,必要以上の制限を基本的人権である親の子に対する親権に与えた規定であり,憲法13条に違反していることは明白である。
さらに言えば,仮に親から子に対する暴力行為があるなどの,一方親の親権を失わせる必要性がある場合が存在しているとしても,民法には,親権喪失の審判制度(民法834条),親権停止の審判制度(民法834条の2),管理権喪失の審判制度(民法835条)が設けられているのであるから,離婚に際して親の子に対する親権を失わせなくても,親の子に対する親権を制限する合理的な理由がある場合には,それらの民法上の制度を用いることで対応が可能である。そのことは,平成23年の民法改正で親権停止の審判制度(民法834条の2)が導入されたことで明白となった。すると,民法819条2項(本件規定)は,それらの民法に規定された方法を用いるという,親の子に対する親権を制限するより制限的でない方法が存在しているにも拘わらず,一律に,夫婦の離婚に伴い,一方親から親権を全面的に奪う規定なのであるから,そこには立法目的と手段との間に,実質的関連性が認められないことは明白である。その意味で民法819条2項(本件規定)は,必要以上の制限を基本的人権である親の子に対する親権に与えた規定であり,憲法13条に違反していることは明白である。
この点について原判決は,憲法14条1項違反及び憲法24条2項違反の箇所において,「立法目的が前提とした元夫婦像にそのまま当てはまらない元夫婦も実際には相当数存在し得ると考えられるから,離婚をする夫婦にいわゆる共同親権を選択することができることとすることが立法政策としてあり得るところと解され,認定事実(2)のとおり,それを含めた検討が始められている様子もうかがわれる。」と判示した(32頁)。また,「離婚後の父母が,情報伝達手段を用いて頻繁に連絡を取り,子の利益のために相談をし,適切な決定をすることができるような協力関係にないことも想定され,他方の同意が得られないことにより子の監護及び教育に関する重大事項の決定を適時に適切に行うことができない事態が生じ得ることは否定できない。」と判示して(33頁),逆を言えば,「離婚後の父母が,情報伝達手段を用いて頻繁に連絡を取り,子の利益のために相談をし,適切な決定をすることができるような協力関係にあることも想定され,そのような場合には,他方の同意が得られないことにより子の監護及び教育に関する重大事項の決定を適時に適切に行うことができない事態が生じ得ない」関係もあることを認めた。さらに原判決は,「しかし,なるほど離婚後の父母に任意の協力関係が望める場合があり得,」と判示した(34頁)。
しかし,そうであれば,離婚に際して親の一方の親権を一律に全面的に剥奪する民法819条2項(本件規定)に合理性が認められないことは明白である。
原判決が,「立法目的が前提とした元夫婦像にそのまま当てはまらない元夫婦も実際には相当数存在し得ると考えられるから,離婚をする夫婦にいわゆる共同親権を選択することができることとすることが立法政策としてあり得るところと解され,認定事実(2)のとおり,それを含めた検討が始められている様子もうかがわれる。」と判示したり(32頁),「しかし,なるほど離婚後の父母に任意の協力関係が望める場合があり得,」と判示するなどした(34頁)その立場を前提とすると,①原則として離婚後は共同親権であり,②例外的に,原判決が「離婚後の父母が,情報伝達手段を用いて頻繁に連絡を取り,子の利益のために相談をし,適切な決定をすることができるような協力関係にないことも想定され,他方の同意が得られないことにより子の監護及び教育に関する重大事項の決定を適時に適切に行うことができない事態が生じ得ることは否定できない。」と判示したような事態が生じる場合には(33頁),民法には,親権喪失の審判制度(民法834条),親権停止の審判制度(民法834条の2),管理権喪失の審判制度(民法835条)が設けられているのであるから,離婚に際して親の子に対する親権を失わせなくても,親の子に対する親権を制限する合理的な理由がある場合には,それらの民法上の制度を用いることで対応を行う,とすることで原判決の懸念は払拭されるだけでなく,むしろ原判決の立場に合致するのである(そのことは,平成23年の民法改正で親権停止の審判制度(民法834条の2)が導入されたことで明白となった。))。すると,原判決の判示を前提としても,やはり民法819条2項(本件規定)の合理性が認められないことは明白である。
法律上の夫婦が形式的に離婚届を提出した後,実質的に内縁関係を継続することは法律上有効であるとされていること(最高裁昭和38年11月28日判決など)を典型例として,そのような離婚後の協力が可能な夫婦についてまで,一律に,夫婦の離婚に伴い,一方親から親権を全面的に奪う必要性がないことは明白である。(家族関係が多様化していることは,最高裁大法廷平成25年9月4日決定及び最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)で指摘されていることである。その多様化している家族関係に,819条2項(本件規定)の硬直な規定は適用ができず,また柔軟な対応ができていないのである。)。その意味で民法819条2項(本件規定)の内容が,親と子の基本的人権である親権に対して,必要以上の制約を加えていることは明白であるし,立法目的と手段との間に実質的関連性が認められないことは明白である。
以上により,離婚に際して一方の親の親権を当然に失わせる民法819条2項(本件規定)は,必要以上の制限を基本的人権である親の子に対する親権に与えている点において,さらには立法目的と手段との間に論理的関係や実質的関連性が認められない点において,自然権であり基本的人権である親の子に対する親権を保障している憲法13条に違反して無効であることは明白である。民法819条2項(本件規定)が,人格権と幸福追求権の一内容として基本的人権である親権を保障した憲法13条に違反していることは明白である。
4(1) 原判決は,以下のとおり判示した(27-30頁)。
「(3) 憲法14条1項違反について
原告は,本件規定が,親権について,裁判上の離婚をした父と母との間で,これを行使することができる者と行使することができない者を生む点で差別的取扱いを定めており,また,父母が婚姻関係にある子と父母が裁判上の離婚をした子との間で差別的取扱いを定めていると主張する。
ア(ア) 憲法14条1項は,法の下の平等を定めており,この規定は,事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り,法的な差別的取扱いを禁止する趣旨のものであると解するべきである(最高裁昭和39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁,最高裁昭和48年4月4日大法廷判決・刑集27巻3号265頁等参照)。
本件規定は,裁判上の離婚をした場合に,父又は母の一方を親権者と指定することで,他方の母又は父の親権を失わせるものであり,本件規定の下では,婚姻中に共同親権者となっていた父母が裁判上の離婚をした場合に,裁判所が父母のいずれか一方を親権者と定めることとなるため,本件規定が,裁判上の離婚をした父と母との間において,親権の帰属及びその行使について区別をしているということができ,また,本件規定の下では,子が,婚姻関係にある父母であればその共同親権に服するが,父母が裁判上の離婚をすると,父母のいずれか一方の単独親権に服することとなるため,本件規定が,父母が婚姻関係にある子と父母が裁判上の離婚をした子との間において,親権の帰属及び行使について区別をしているということができる。
そうすると,このような区別をすることが事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものと認められない場合には,本件規定は憲法14条1項に違反すると解される。
(イ) 一方,憲法24条2項は,「婚姻及び家族に関するその他の事柄に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない」と規定するところ,この「婚姻及び家族に関するその他の事項」には,親に対し,どのような形で子の監護及び教育に関する権利等を付与するかということについての法律を定めること,すなわち,親権制度の法整備も含まれていると解される。ここで,婚姻及び家族に関する事項は,国の伝統,国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ,それぞれの時代における夫婦,親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断を行うことによって定められるべきものである。したがって,その内容の詳細については,憲法が一義的に定めるのではなく,法律によってこれを具体化することがふさわしいものと考えられ,憲法24条2項は,このような観点から,婚姻及び家族に関する事柄について,具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねるとともに,その立法に当たっては,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるという要請,指針を示すことによって,その裁量の限界を画したものと解される。さらに,前記(2)イで説示したとおり,親及び子は,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ家族の根幹に関わる人格的な利益を有すということができ,親権の在り方が,当該人格的な利益に関係し,一定の範囲で影響を及ぼし得るものであるから,親権制度に関する具体的な法制度を構築するに当たっては,当該人格的な利益をいたずらに害することがないようにという観点が考慮されるべき要素の一つとなり,国会に与えられた裁量権の限界を画するものと解される。
(ウ) そうすると,裁判上の離婚をした父母の一方の親権を失わせる本件規定が,国会に与えられた前記(イ)の裁量権を考慮してもなお,その事柄の性質に照らし,そのような区別をすることの立法目的に合理的な根拠が認められない場合,又は同立法目的と区別の具体的な内容との間に合理的な関連性が認められない場合には,当該区別は,合理的な根拠に基づかない差別として憲法14条1項に違反すると解される。
イ(ア) 昭和22年法律第222号による改正(以下「昭和22年民法改正」という。)前の民法877条は,「子ハ家ニ在ル父ノ親権ニ服ス」と定め,子は父の単独親権に服することが原則とされ,父が不明又は死亡している等,父親による親権行使が不可能である場合に限って母が親権を行使することとされ,未成年の子だけではなく,「独立ノ生計」を立てていない者は未成年者であっても親権に服する旨が定められていた。これに対し,昭和22年民法改正後の民法では,監護及び教育の権利義務,居所指定権,懲戒権,及び財産管理権といった親権者が有する権利義務そのものは大きく変わっていないが,個人の尊厳と両性の本質的平等という基本的原理に基づき,父母の婚姻中は共同して親権を行使すること,親権に服する対象を親権者が監護及び教育の義務を負う未成年の子のみとすることなどが定められた上,前記(2)アで指摘したとおり,現行民法においては,民法820条が,「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負う。」と規定し,親権の中核をなすと考えられる子の監護及び教育をする権利が「子の利益」のために行使しなければならず,また,親権喪失の審判(834条),親権停止の審判(834条の2)又は管理権喪失の審判(835条)の要件として「子の利益」を著しく害する又は害するとされ,あるいは,父母の協議で離婚後の監護事項を定めるに当たって「子の利益」を最も優先して考慮しなければならないとされる(766条1項)など,民法の定める親権制度が「子の利益」のためのものであることが明示され,確認されている。このような民法の諸規定からすると,本件規定の趣旨は,離婚した父母が通常別居することとなり,また,父母の人間関係も必ずしも良好なものではない状況となるであろうという実際を前提とし,父母が離婚をして別居した場合であっても,子の監護及び教育に関する事項について親権者が適時に適切な判断をすることを可能とすること,すなわち,子の利益のために実効的に親権を行使することができるように,その一方のみを親権者と指定することを定めるとともに,裁判所が後見的な立場から親権者として相対的な適格性を判断することを定める点にあると解される。
このような本件規定の趣旨に照らせば,本件規定の立法目的は,適格性を有する親権者が,実効的に親権を行使することにより,一般的な観点からする子の利益の最大化を図る点にあるということができるから,本件規定の立法目的には合理性が認められるというべきである。
この点,原告は,本件規定の趣旨が,離婚をした元配偶者と関わる必要性という親の不都合を回避する点にあるとして,その立法目的に合理性がないと主張するが,本件規定により離婚後の親権者が親権の行使について他方の親と協議する必要がなくなるものの,親権者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負うとされているなど,親権制度が「子の利益」のためのものであることが明示されている民法の諸規定の規定振り,及びその在り方を踏まえると,本件規定の立法目的が親の不都合の回避にあるといえないことは明らかである。」
(2) ア このように,原判決はまず,以下のとおり判示した。
「このような民法の諸規定からすると,本件規定の趣旨は,離婚した父母が通常別居することとなり,また,父母の人間関係も必ずしも良好なものではない状況となるであろうという実際を前提とし,父母が離婚をして別居した場合であっても,子の監護及び教育に関する事項について親権者が適時に適切な判断をすることを可能とすること,すなわち,子の利益のために実効的に親権を行使することができるように,その一方のみを親権者と指定することを定めるとともに,裁判所が後見的な立場から親権者として相対的な適格性を判断することを定める点にあると解される。
このような本件規定の趣旨に照らせば,本件規定の立法目的は,適格性を有する親権者が,実効的に親権を行使することにより,一般的な観点からする子の利益の最大化を図る点にあるということができるから,本件規定の立法目的には合理性が認められるというべきである。」
イ しかしながら,まず原判決の「父母が離婚をして別居した場合であっても,子の監護及び教育に関する事項について親権者が適時に適切な判断をすることを可能とすること,すなわち,子の利益のために実効的に親権を行使することができるように,その一方のみを親権者と指定することを定めるとともに,」との判示に理由がないことは明白である。
なぜならば,まず民法818条3項は,「親権は,父母の婚姻中は,父母が共同して行う。ただし,父母の一方が親権を行うことができないときは,他の一方が行う。」と規定しており,それは離婚前の夫婦(父母)にも適用されて,離婚前で共同親権状態の父母の一方が親権を行うことができないときは,他の一方が行うと規定していることで,「子の監護及び教育に関する事項について親権者が適時に適切な判断をすることを可能とすること,すなわち,子の利益のために実効的に親権を行使することができるようにすること」は,既に現在の離婚前の共同親権の法規定の内容として,保障されていることだからである。
付言すると,離婚前の夫婦(父母)の関係が良好ではない場合,つまり両者の任意の協力関係が望めない場合においても,民法818条3項但書の「父母の一方が親権を行うことができないときは,他の一方が行う。」の規定が柔軟に運用されていることは明白である(例えば,離婚後単独親権制度(民法819条2項(本件規定))を前提にした一方配偶者による子の連れ去りが多発していることは,控訴人が既に引用した複数の国会議員の質問で取り上げられていることであるが(甲31,甲35),そのような子の連れ去り後かつ離婚成立前の親権行使は,民法819条3項但書によって行われているのだと考えられる。)。とすると,離婚後共同親権制度が採用された場合も同様の運用が可能なのであるから,その点でも原判決に理由がないことは明白である。
また,離婚後共同親権制度を採用しているドイツ民法においても,離婚後共同親権を前提として,一方の親だけで親権が行使できる以下の規定を設けている。日本で離婚後共同親権制度を採用した場合にも,そのドイツ民法と同様の規定を設けることができるのであるから,その点でも原判決に理由がないことは明白である。
稲垣朋子「ドイツにおける離婚後の配慮」(甲57)からの引用(①②)。
①5頁「父母は,親としての配慮(控訴人注:日本民法における親権)を自己の責任において,かつ,双方合意のうえ,子の福祉のため行使しなければならず(1627条1文),意見が異なるときは,一致するよう努めなければならない(同条2文)。ただ,父母には,必ずしも子に関わる全ての事柄について合意し共同配慮を行うことが求められるわけではない。すなわち,「親としての配慮が共同で帰属している父母が一時的ではなく別居している場合は,その規律が子にとって重大な意味を有する事項における決定の際には,双方の合意を必要とする。」が(1687条1項1文),「父母の一方は,他の一方の同意を得て,又は裁判上の決定に基づいて子が通常居住するときは,日常生活に関する事項について単独で決定する権限を有する。」のである(同2文)。
②12頁「そして,これとは別に,ドイツ民法では1628条にも,一見すると1671条1項による一部委譲と類似した規定が置かれている。「父母が,その規律が子にとって重大な意味を有する親としての配慮の個別の事項又は特定の種類の事項において,合意することができないときは,家庭裁判所は,父母の一方の申立てにより,判断を父母の一方に委ねることができる。その委譲には,制限又は負担を付けることができる」。」
ウ さらに言えば,原判決の「父母が離婚をして別居した場合であっても,子の監護及び教育に関する事項について親権者が適時に適切な判断をすることを可能とすること,すなわち,子の利益のために実効的に親権を行使することができるように,その一方のみを親権者と指定することを定めるとともに,」との判示内容については,離婚後共同親権制度を採用した上で,共同親権者である父母の意見が一致しない場合のための手続規定(解決制度)を法律で設ければ良いのであるから,何ら基本的人権である親の子に対する親権を制限する理由にならないことは明白である。現在の離婚前共同親権制度についても,共同親権者である父母の意見が一致しない場合のための手続規定(解決制度)を法律で設けていないことが「立法の不備」であることが,以下のように指摘されていることからしても「共同親権者である父母の意見が一致しない場合のための手続規定(解決制度)の不存在が立法の不備であること」は明白である。その「立法の不備を補う立法」を離婚後共同親権制度の採用と同時に行えば原判決の懸念は解消されるのである。そして,その「立法の不備」を根拠として,民法819条2項(本件規定)の合理性を肯定してはならないことは明白である。
①『論点体系 判例民法9 親族』(第一法規,第2版,平成25年)384頁(甲37)において,民法818条3項が規定する夫婦の共同親権の解説として「親権行使について父母の意見が一致しない場合の取り得る手続きについては、現行法は何も規定しておらず、立法の不備であると指摘されている。」と記載されている。
②大村敦志『家族法』(有斐閣,第3版,2010年)102頁(甲38)において,民法818条3項が規定する夫婦の共同親権の解説として,「(イ)親権行使の方法 それでは,このような親権を現実に行使するのは誰か。嫡出子の場合には,父母の婚姻中は,父母が共同して親権を行使するのが原則である(民法818条3項)。ただし,共同行使ができない場合には単独行使が許される(同項但書)。民法は,父母の意見が一致しない場合の取扱いについては沈黙している。諸外国の法では,このような場合に対応するための規定を置いている例が多い(フランスやドイツでは最終的には裁判所の決定にゆだねている)。日本でも,立法論としては規定を置くことが必要だといわれている。」と記載されている。
これらの記載からも明白なように,現行の民法818条3項は,「親権は,父母の婚姻中は,父母が共同して行う。」と規定する一方で,その共同して行うこととされている親権行使について,父母の意見が一致しない場合の手続規定を,何も設けていないのである(それはまさに,「立法の不備」である。)。諸外国では離婚後共同親権制度を採用した上で,両親の親権行使についての意見が対立した際の手続規定(解決制度)を設けており,その運用に何ら問題はない(だからこそ世界中のほとんどの国で離婚後共同親権制度が採用されているのである。)のだから,「離婚後に両親の意見が一致しない可能性がある。」との理由が,民法819条2項(本件規定)の合理性の根拠とならないことは明白である。その点で,原判決に理由がないことは明白である。
エ(ア) さらに,離婚に際して,両親の内の一方の親が子に対する親権を失うことは,子にとって重大な不利益である。
(イ) まず,民法819条2項の裁判離婚後の単独親権制度(本件規定)の下において,非常に長期化することが多い離婚裁判において主たる争点となっているのが子の親権の争いである。逆に,民法819条2項(本件規定)につき裁判離婚後に共同親権制度とする法改正が行われた場合には,離婚裁判の長期化を防ぐことができる。そしてそれにより,長い期間両親が離婚裁判で争う姿を目の当たりにして,子が精神面での悪影響を強く受ける事態が生じ,その結果親子関係にも悪影響が及ぼされる事態を防ぐこともできる。そこからしても,民法819条2項(本件規定)の立法目的に合理性が認められないことは明白である。
(ウ) そして,民法819条2項(本件規定)の下で子の親権が争われた場合,実際に子を養育している親が親権者となることが極めて多い。その実務の立場が,結果として,離婚を考えている親が子を連れ去って別居し,子の監護時間で優位に立つために,別居親と子との面会交流を制限するという事態を多数生んでいる。それは形式的には,共同親権者の一方の同意を得ない子の連れ去りであるにもかかわらず,現在の裁判実務ではその連れ去りは容認され,逆にその連れ去りから子を取り戻そうとする一方の親の行為が違法とされてしまうため,連れ去りを防止することは困難である。さらに,離婚後に親権を失った非親権者である親と子との面会交流も,現在の法律では,当事者間の面会交流権についての具体的な権利義務規定が設けられていないため,親権者の意向によって決められてしまい,子の健全な成長と福祉の実現のためには不十分な短時間の面会交流しか実現できていないのである(現実の面会交流は月に1回,数時間程度が大部分である。)。親権者である同居親が子と非親権者である別居親とを会わせたくない意向を持てば,非親権者であり別居親は子に会うこと自体ができなくなることも多いのである(その面会交流も,親権者が拒否すれば,強制的に行うことは極めて困難である。何年間も子に会うことができず,数か月に1度,親権者である同居親から非親権者である別居親に子の写真が数枚送られるだけの間接交流しか認められない親もいる。それは到底,原判決が念頭に置いている「離婚後共同養育」とは言えない事態である。)。
これらの事態は,民法819条2項(本件規定)が生んでいるものである。民法819条2項(本件規定)が,共同親権下にある子について,一方の共同親権者の同意を得ない連れ去りや別居親と子との面会交流の制限を生んでいることは,民法819条2項の憲法適合性を否定する重要な事実である。民法818条3項が未成年者子に対する共同親権を保障しているにも拘わらず,その規定の存在を無にする事態(親の基本的人権や子の基本的人権を害する事態。子の福祉を害する事態。)を民法819条2項(本件規定)が生んでいるのであり,そのような民法819条2項(本件規定)の立法目的に合理性が認められないことは明白である。
この点につき,第183回国会(常会)(平成25年)に浜田和幸議員が参議院議長に提出した質問主意書には,以下の内容が指摘されている(甲31)。
「ハーグ条約及び親権の在り方に関する質問主意書
国際結婚が破綻した夫婦間の子供の扱いを定めたハーグ条約の加盟承認案と国内手続きを定める条約実施法案が,衆議院で審議入りした。両法案に関連して,親権の在り方について以下質問する。
一 調停や裁判による離婚の場合,国内の家庭裁判所では,連れ去った親の側に親権が与えられ,連れ去られた側の親は月一回程度の面会しか認められない判決が圧倒的に多く,その面会も理由を付けて拒絶され,子に全く会えなくなった苦痛から自殺する親もいる。」
また,第200回国会の令和元年11月14日の参議院法務委員会において,嘉田由紀子議員が,親権を付与する基準が法的にないことの結果,裁判所が「継続性の原則」を適用するため,親の一方が強制的に子の連れ去りを行い,「継続性の原則」により離婚後に子の単独親権者となるための実態を作っていると指摘されたことも,控訴人が既に引用したところである(甲35号証15頁)。以下の内容である。
「そうすると,法の実務,裁判所の現場ではどうなるかというと,実は継続性の原則,これは全くルールとして原則ではないんですけれども,法の実務上,継続性の原則というところで,例えば強制的に連れ去りをしたりというところから実態をつくっていくということが起きているわけでございます。」
さらに,二宮周平『多様化する家族と法Ⅱ』(株式会社朝陽会,2020年)47-49頁(甲43)においても,以下のように,同趣旨の指摘がされているのである。
「3 単独親権の問題点と共同親権の可能性
したがって,父母双方が子の親権者でありたいと思い,調停や審判になった場合には,お互いの監護能力の優劣を争う。そのために過去の言動を事細かに指摘して相手方の人格を誹謗中傷する。監護実績を作るために子との同居を確保し,別居親に会わせない,実力行使で子を連れ去るといった事態が生じることがある。親権者になれないと,子と会うことができなくなるのではないかという不安が,親権争いをより熾烈にする。子は父母の深刻な葛藤に直面し,辛い思いをする。
離婚に詳しい弁護士は,離婚紛争にあっても,「父母がそれぞれ,子に対してその責任や役割をどう果たしていくべきか」と発想する前に,「いずれが親権者として適当か」の熾烈な争いを招く現行法の枠組みは,時代に合わないと指摘する。」
この文献(甲43)において,「離婚に詳しい弁護士は,離婚紛争にあっても,「父母がそれぞれ,子に対してその責任や役割をどう果たしていくべきか」と発想する前に,「いずれが親権者として適当か」の熾烈な争いを招く現行法の枠組みは,時代に合わないと指摘する。」と指摘されている点は重要である。なぜならば,原判決30頁が「裁判所が後見的な立場から親権者として相対的な適格性を判断することを定める点にあると解される。」と判示したものの,何ら民法819条2項(本件規定)の立法目的には合理性が認められないことを意味しているからである。そして,文献(甲43)において,「父母がそれぞれ,子に対してその責任や役割をどう果たしていくべきか」と指摘されている点は,離婚後共同親権制度の発想そのものである。
(エ) この,①子を他方親の同意なく連れ去りと,②子を他方親(別居親)と会わせないようにする(面会交流の制限)という事態は,いずれも現在の民法819条2項(本件規定)が採用している離婚後単独親権制度が原因で生じている事態であり,それが連れ去られる子(他方親(別居親)と引き離される子)の心理面に重大な悪影響を与えることは明白である(そして,子が心理面に重大な悪影響を受けることが,子の福祉を害することであることも明白である。)。
なぜならば,心理学における研究と調査によって,離婚後の親子関係及び面会交流がスムーズで満足度が高い学生は親への信頼度が高く,そして自己肯定感も強く,また周囲の環境への適応度も高いと,さらに積極的な他者関係ができているという結果が明らかとなっているからである。
その詳細は,控訴人が原審で提出した準備書面(5)の4頁以下で主張しているところであるが,そこで引用した代表的な証拠を,改めてここで引用する。
まず,第200回国会 参議院 法務委員会 第8号 令和元年11月28日(甲45号証19頁)である。
「○嘉田由紀子君 
私の方は、一貫して今回は、離婚後の子供の言わば暮らしと、そして生活水準を維持するためということで共同親権のお話をさせていただいておりますけれども、両親が離婚後に子供が別居している親と交流を持つ、面会交流あるいはペアレンティングと言っていますけれども、この結果を心理学なり、あるいは様々な社会学的なところで調査をするというのはかなり難しいんです。
海外ではかなりあるんですけれども、日本の例では余りないんですけれども、実は有り難いことに、小田切紀子さんたちが、大学生六百三十四名を対象にして平成二十八年に論文を出しております。ここでは、離婚後の親子関係及び面会交流がスムーズで満足度が高い学生さんは親への信頼度が高く、そして自己肯定感も強く、また周囲の環境への適応度も高いと、さらに積極的な他者関係ができているというような結果もございますけれども、ここについて、面会交流の心理学的な、社会的な重要性などお伺いできたらと思います。
○政府参考人(小出邦夫君) お答えいたします。
父母の離婚後の子の養育の在り方につきましては、今委員御指摘の面会交流に関する研究も含めまして、国の内外において様々な観点からの研究がされているということは承知しております。
法務省といたしましても、一般論として、父母が離婚後も、父母の双方が子供の養育に関わることが子供の利益の観点から重要であると考えていることは、これまでも何度も申し上げさせていただいてきたとおりでございます。
父母の離婚後の養育の在り方につきましては、現在、法務省の担当者も参加しております家族法研究会において議論されている状況でございますが、委員御指摘のこの面会交流の重要性、こういった点も踏まえまして、どのような法制度が子供の利益にかなうのかを多角的に検討する必要があります。そのための様々な分野の実証的な研究についての情報集積、こういったことを引き続き行ってまいりたいというふうに考えております。」
続いて,野口康彦外「離婚後の面会交流のあり方と子どもの心理的健康に関する質問紙とPACK分析による研究」(甲46号証3枚目)である。これが,第200回国会 参議院 法務委員会 第8号 令和元年11月28日(甲45号証19頁)嘉田由紀子議員が引用していた面会交流についての心理学的研究結果である。
「4.研究成果
(1) 質問紙による量的調査研究
国立及び私立の6つの大学に在籍する大学生を対象とし,634名の有効回答数が得られ,76名の親の離婚経験者の協力者を得ることができた。統計学的な検定を実施するうえでは,十分な人数の確保ができた。
今回の調査から,子どもが別居親と交流を持つことは,親への信頼感において重要な要因となることが確認された。また,別居親と子どもが満足するような面会交流がされている方がそうでない場合よりも,自己肯定感や環境への適応の得点が高いことも明らかになった。この結果は,離婚後も別居親が親としての役割を継続していくことが,子どもの経済的・心理的な支援につながっていくことが示された。」
さらに,小田切紀子・町田隆司編著『離婚と面会交流』(金剛出版,2020年)(甲47)を引用する。以下の内容である。
①ⅶ頁
「面会交流についての心理学的知見
子どもにとっての面会交流の意義は,親から愛されていることの確認,親離れの促進,アイデンティティの確立,自尊心の形成である(小田切,2009;棚瀬,2010)。すなわち,子どもは離れて生活する親からも慈しまれ愛されているという体験を通して自尊心を持ち,他者を尊重する気持ちを育む。また価値観の違う二人の親との交流を通して,父親と母親の意見や感情に巻き込まれず,両親から等距離を置くことで,思春期の課題である親離れが可能となる。さらに,父親と母親という性別も性格も価値観も異なる大人が自分の人格形成にどのような影響を与えたかを知って初めて,親とは異なる自分らしさを発見することができる。
父母の離婚後も子どもが双方の親と安定・継続した交流をすることの重要性は,内外の多数の学術的研究によって指摘されている。それらによると,離婚が子に及ぼす悪影響として,抑うつ,喪失感,混乱と困惑,見捨てられ感,寂しさ,怒り,学業成績不振,攻撃性,自己肯定感の低下,他者信頼感の低下などが実証されているが,父母が連携して,面会交流と養育費の支払いが実施されれば,父母がそろった家庭に育っている子の群と比較して統計的有意差がないことも明らかになっている(Wallerstain et.al,2002; Bauserman,2002; Clark-Stewart&Brentano,2006;Amato,2010)。つまり,父母の離婚後は,面会交流が子どもの健全な成長において極めて重要であり,面会交流が実施されないことは,子どもの精神発達に上述のような悪影響を与える最大の危険因子であるといえる。
東京家庭裁判所の判事により,「一方の親との離別が子どもにとって最も否定的な感情体験の一つであり,非監護親との交流を継続することは子が精神的な健康を保ち,心理的・社会的な適応を改善するために重要である」(細矢他,2012)との基本的認識が示され,子の福祉の視点から面会交流を有益なものととらえる意識が社会の中で定着してきている。子どもが,自分のアイデンティティを形成するにあたり,同居,別居にかかわらず親がどういう人物であるかが子ども自身の認識に与える影響は大きい。子どもが一方の親によってもう一方の親との関係を遮断され,交流の機会が十分に与えられなければ,それは子どもにとって負の財産となり,子どもが健全な愛着関係を築くうえで,取り返しのつかない誤りを犯していることになる。
さらに,家庭裁判所調査官の小澤真祠(小澤,2002)によると,一方の親が面会交流の重要性を理解せず,利己的な判断により,面会交流を妨害,実施しない場合,子の精神状態は,以下のような重大な影響を被る。①拒絶のプロセスに巻き込まれた子どもは,別居親との関係が失われる結果,同居親の価値観のみを取り入れ,偏った見方をするようになる,②同居親が子どものロールモデルとなる結果,子どもは自分の欲求を満たすために他人を操作することを学習してしまい,他人と親密な関係を築くことに困難が生じる,③子どもは,完全な善人(同居親)の子である自分と完全な悪人(別居親)の子である自分という二つのアイデンティティを持つことになるが,このような極端なアイデンティティを統合することは容易なことではなく,結局,自己イメージの混乱や低下につながってしまうことが多い。④成長するにつれて物事がわかってくると,自分と別居親との関係を妨害してきた同居親に対し怒りの気持ちを抱いたり,別居親を拒絶していたことに対して罪悪感や自責の念が生じたりすることがあり,その結果,抑うつ,退行,アイデンティティの混乱,理想化された親を作り出すといった悪影響が生ずる。」
②ⅹⅱ頁
「片親疎外のリスク
両親の別居をきっかけに,子どもが良好な関係を構築していた別居親に対し強い拒否反応を示し,別居親への見方が極端な見方に激変する子どもの状態を片親疎外(Parental Alienation)という(Berner, 2010)。高葛藤の夫婦や面会交流紛争や親権・監護権紛争で起こる病的現象であるり,子どもが別居親に対して激しい一連の誹謗中傷を繰り返すことによって明らかになる。ウォーシャック(Warshak, 2017)は,次の3要素の立証を,片親疎外認定の条件として示した。①別居親に対する一連の誹謗中傷や拒絶(エピソードが単発的ではなく,持続的),②不合理な理由による拒絶(別居親の言動に対する正当な反応といえない疎外),③同居親の言動に影響された結果としての拒絶。さらに,片親疎外の認定においては,①子が別居親を拒否するようになった時期や,その前後の出来事,②現在の子の拒否の程度や,子が述べる拒否の理由を確認し,子の拒否が現実的な体験に基づくものであるか否か,③子の拒否の背景要因の3点を検討する。
片親疎外の状態に陥ると,子どもは,同居親は「すべて良くて大好き」,別居親は「すべて悪くて大嫌い」という考え方になり,同居親の別居親への敵意や嫌悪を無批判に支持して取り入れ,それは自分の意見,考えであり,本心だと主張する。子どもは,別居親への苛烈な発言や態度に罪悪感を持たず,別居親の親(子どもの祖父母)や親戚も批判するようになる。
片親疎外は,同居親が自分の考えを子どもに吹き込むこと,子どもが同居親の意向をくみ取り,自分の考えだと表明すること,つまり同居親と子ども双方の行動によって生じる。子どもが同居親の意向を自分の意向だと主張するのは,両親の離婚紛争に巻き込まれ,一方の親と引き離され,頼りになるのは同居親だけである状況で,同居親の愛情を失いたくないという気持ちが働き,忠誠葛藤を抱えきれなくなるためである。
片親疎外は精神疾患の診断名として主要な診断基準への登録が検討されてきた。いまだ診断名としての登録はされていないが,『精神疾患の分類と診断の手引き第5版(DSM-5)』(American Psychiatric Association,2014)からは,「臨床的関与の対象となることがある他の状態」として「両親の不和に影響されている児童」(CAPRD,V61.29)が設けられ,専門家による支援が必要であることが精神科医やサイコロジストらの共通認識となっている(例えば,中村,2018)。片親疎外は診断名となりうるかどうかには議論があるものの,臨床的関与の対象として広く認識されている。
ウォーシャック(Warshak,2017)は,一般的に拒絶された親と十分な面会交流を続けていれば,年齢の低い子どもの方が年齢が高い子どもよりも片親疎外の症状を緩和させることが容易であること,片親疎外に陥りやすいのは9~12歳であることを指摘している。例えば,同居親が「あなたは別居親から虐待を受けていた」と繰り返し聞かせれば,偽りの虐待の記憶を植え付けることは簡単であり,ひとたび偽りの記憶を植え付けられてしまうと,子どもは虐待加害者の嫌疑をかけられた別居親からの働きかけを一切拒否してしまう。その他多くの研究者が,親の離婚や死別よりも,片親疎外に陥った子の方が健全な成長・発達により強い悪影響を受けることを報告している(Barnet,2010)。また日本では離婚後の単独親権制度をとっているが,クルック(Kruk,2018)は,片親疎外は親権が一人の親にしか与えられない法制度のもとで生じやすいことを指摘しており,日本では片親疎外のリスクが高いことが予測される。
同居親が別居親への悪意から子どもに意図的に働きかける場合は,子どもの健全な成長を阻害する心理的虐待といってもよい状況であるが,前述のように,片親疎外は同居親と子ども双方の行動から生じるため,子どもと別居親との面会に気が進まない同居親の態度を子どもがくみ取り,それを同居親が子ども自身の意思と解釈することでも生じうる。結果として子どもの福祉が著しく害されることになるため,正当な理由なく面会交流を制限する態度・行為が子どもに与える影響について,離婚する親たちへの情報提供が必須である。」
(オ) 付言すれば,現在大きな社会問題となっている児童虐待の問題を防ぐためには,裁判離婚後に単独親権制度が採用されるのではなく,共同親権制度こそが採用されなければならないことは明白である。なぜならば,児童虐待は,両親から行われる場合よりも,離婚後単独親権者となった片親や,離婚後単独親権者となった片親が再婚をして,その再婚相手から未成年者子に対して行われる場合の方が多いことが,報告で明らかとなっているからである。
この点につき,中澤香織「家族構成の変動と家族関係が子ども虐待へ与える影響」『厚生の指標』59巻5号(甲10)は,平成15年度に北海道内すべての児童相談所において受理された虐待相談件数のうち,5歳,10歳,14・15歳の129例を対象とし,各児童相談所を訪問した研究班メンバーが児童票から必要事項を転記するという方法で行い,個人情報保護が可能な形に整理できた119例を分析したものである。その22頁に掲載されている「表2家族類型別の主な虐待者」においては,虐待総数119件の内,ステップファミリー29件(内継父実母24件,実父継母5件),父子3件,母子49件とされており,その合計件数が,実父母家族における虐待件数33件を大きく上回っていることが分かる。
また,平成30年3月に東京都目黒区で,5歳の船戸ゆあ結愛ちゃんが児童虐待により死亡した事件も,離婚後単独親権者となった親が,再婚をして,その再婚相手から未成年者子に対して児童虐待が行われたものであった(平成30年(2018年)7月15日付読売新聞の記事(甲11号証の2枚目))。
児童虐待は,両親から行われる場合よりも,離婚後単独親権者となった片親や,離婚後単独親権者となった片親が再婚をして,その再婚相手から未成年者子に対して行われることは,民法819条2項(本件規定)が,一方の親の親権を完全に失わせることで,子に対する保護と救済を行えなくしていることを意味している。児童虐待を受けている子を救済するために親権者変更の申立を行う時間的余裕がないことは明白である。さらに言えば,次に述べるとおり,離婚して親権者となった実親の一方が再婚し,子がその再婚相手と養子縁組をして当該実親と養親の共同親権に服する場合,民法819条6項に基づく親権者の変更をすることはできないのである(最高裁平成26年4月14日決定)。そのような子の救済手段を奪う点において,そしてその結果子の福祉を害する虐待という結果を生んでいる点において,民法819条2項(本件規定)の目的自体に合理性が認められないことは明白である。
(カ) さらに,児童の権利に関する条約21条は,「養子縁組の制度を認め又は許容している締約国は,児童の最善の利益について最大の考慮が払われることを確保するものとし,また,(a) 児童の養子縁組が権限のある当局によってのみ認められることを確保する。」と規定している。
そして,児童の権利に関する条約の条約機関である子どもの権利委員会は,平成31年(2019年)2月1日付で,日本政府に対して,「30.委員会は、締約国が以下の措置をとるよう勧告する。(a) すべての養子縁組(養子となる子どもまたは保護者の直系親族によるものを含む)が裁判所による許可の対象とされ、かつ子どもの最善の利益にしたがって行なわれることを確保すること。」との勧告を出した(子どもの権利委員会:総括所見:日本(第4~5回)30条(甲8の1,甲8の2))。
それに対して,民法819条2項(本件規定)により離婚後単独親権者となった者が,子を養子縁組させることについて,離婚により子の親権を失った親は拒否することはできない(民法797条1項)。離婚後に単独親権者となった者が再婚し,再婚相手が子と養子縁組を行い親権者となることを拒否することもできない(民法798条但書)。それが子の最善の利益に反する養子縁組であっても,拒否することはできない(なお,離婚して親権者となった実親の一方が再婚し,子がその再婚相手と養子縁組をして当該実親と養親の共同親権に服する場合,民法819条6項に基づく親権者の変更をすることはできない(最高裁平成26年4月14日決定)。)。それは,児童の養子縁組に公的機関が関与することを求める児童の権利条約21条(a)や子どもの権利委員会勧告30条(甲8の1,甲8の2)に反することである。それは,民法819条2項(本件規定)が,一方の親の親権を完全に失わせることで,未成年者子にとって望ましくない養子縁組を防ぐための手段を奪っていることを意味している。そのような子の救済手段を奪う点において,民法819条2項(本件規定)の目的自体に合理性が認められないことは明白である。
なお,民法819条2項(本件規定)を改正して離婚後共同親権制度とされた場合,それは児童の権利条約21条(a)が規定する「児童の養子縁組が権限のある当局によってのみ認められることを確保する。」ことそのものが実現されるわけではないが,子にとって不当な養子縁組が行われてしまうことを防ぐ手段となるという意味で,児童の権利条約21条や子どもの権利委員会勧告30条(甲8の1,甲8の2)の趣旨に合致することになる。
日本が締約国となっている条約の内容や,その条約機関から日本に対して出された法改正を求める勧告は,日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実として存在していることは,控訴人が既に指摘したところである(甲4号証32頁,甲5号証6頁)。
(キ) 以上で述べたことからすると,民法819条2項(本件規定)の立法目的に合理性が認められないことは明白である。
(3) なお,原判決は,「この点,原告は,本件規定の趣旨が,離婚をした元配偶者と関わる必要性という親の不都合を回避する点にあるとして,その立法目的に合理性がないと主張するが,本件規定により離婚後の親権者が親権の行使について他方の親と協議する必要がなくなるものの,親権者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負うとされているなど,親権制度が「子の利益」のためのものであることが明示されている民法の諸規定の規定振り,及びその在り方を踏まえると,本件規定の立法目的が親の不都合の回避にあるといえないことは明らかである。」と判示した。
しかしながら,上で述べたように,原判決が判示した民法819条2項(本件規定)の立法目的には合理性が認められない以上,同規定の立法目的は,離婚をした元配偶者と関わる必要性という親の不都合を回避する点にあると考えざるをえない。しかしながらその「親の不都合を回避する」という立法目的も,憲法に適合せず,立法目的として不合理であることは明白である。
現行民法が819条2項(本件規定)のような裁判離婚後の単独親権制度を採用したのは,離婚後も共同親権とすると,子の親権行使のために,離婚した元配偶者と関わることで生じる不都合を避けたい,という親の都合を優先したものと言える。逆を言えば,両親の両方から保護され,両親の両方と交流したり接しながら子が成長するという,子の福祉や子の保護の側面を,民法819条2項(本件規定)は考慮していないのである。
ここで参考とされるべきなのが,最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)である。最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)では,当時の民法733条1項の規定していた女性の再婚禁止期間(当時は6箇月)が違憲ではないか,が争点とされた。最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)の前の先例であった最高裁平成7年12月5日判決は,女性の再婚禁止期間の目的について「父子関係の重複を回避し,父子関係をめぐる紛争を予防する」ことにある,と判示していた。それは,①父子関係の重複を回避し,かつ②父子関係をめぐる紛争を予防する,という意味で,②の父子関係をめぐる紛争が起きることは,子ではなく,親や家族にとって不都合だ,という側面を考慮に入れて,女性の再婚禁止期間として,嫡出推定規定の重複を避けるための100日だけでなく,それを超える6箇月の期間を設けることも許される,と判示したことを意味している(女性の再婚禁止期間が設けられた理由の1つとして,「嫡出推定が重複する期間だけでは,女性自身が妊娠に気付かない場合があり,また女性が妊娠していることが外見からは分からないから,紛争が生じる可能性があるために,幅を持たせて6箇月にした。」という説明がされている(久貴忠彦「再婚禁止期間をめぐって」ジュリスト981号(有斐閣,1991年)37頁(甲6))。
ところが,最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)は,女性の再婚禁止期間の目的についての判示において,「父子関係の重複を回避し,もって父子関係をめぐる紛争を予防する」ことにある,と判示した。最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)は,そこに「もって」という言葉を入れることで,父子関係の重複を回避することだけが女性の再婚禁止期間の目的であり,それは未成年者子の福祉や未成年者子の保護のために設けられた規定であって,それを超えて親や家族の不都合いう面を考慮に入れて女性の再婚禁止期間を長くすることは許されない,と判示したのである(まきみさき巻美矢紀「憲法と家族―家族法に関する二つの最高裁大法廷判決を通じて」長谷部恭男編『論究憲法』335頁4項(甲24)では,最高裁判所大法廷平成27年(2015年)12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)について,「こうして紛争の未然防止はあくまで父性推定の重複回避との関係で意味をもつにすぎなくなり,独自の意義を失い,またそれにより,立法の第一次的な受益者も子どもに限定されることになったのである。」と指摘されている。)。
つまり最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)は,「親子法は子の福祉や子の保護のためにあるのであり,親の不都合を防止するための制度ではない」ということを確認したことになる。
とすると,この最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)の立場から民法819条2項(本件規定)を評価すると,裁判離婚をした夫婦について単独親権者を定める現行の民法819条2項(本件規定)は,明らかに離婚後の親の不都合(子の親権行使のために,離婚した元配偶者と関わることで生じる不都合)を防ぐための制度であり,その結果親権を失った親が子に対する保護権を行使することができなくなることや,親権を失った親と子がほとんど会えなくなることで生じる,子の福祉や子の保護について生じる「子の不利益」を考慮していないことは明白である。
その意味で民法819条2項(本件規定)は,立法目的において「子の福祉や子の保護」という親子法の理念と矛盾し,かつ手段においても必要以上に親の子に対する親権を全面的に失わせ,親から子を保護する手段を否定し,親と子との面会交流をも否定し,制限するものである。本来は夫婦関係の解消のための制度であるはずの離婚に際して,そのような親子間の断裂を生むことを「子の福祉や子の保護」を保障する憲法が容認しているはずがない。「親子法は子の福祉や子の保護のためにあるのであり,親の不都合を防止するための制度ではない」とした最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)の立場からすると,民法819条2項(本件規定)の立法目的に合理性が認められないことは明白である。
5(1) 原判決は,以下のとおり判示した(30―33頁)。
「(イ) そこで,次に,国会に与えられた裁量権を考慮しても,その事柄の性質に照らし,前記(ア)の立法目的と区別との具体的な内容,すなわち本件規定の内容との間に,合理的な関連性が認められるか否かにつき検討する。
子の父母が離婚をするに至った場合には,通常,父母が別居し,また,当該父母の人間関係も必ずしも良好なものではない状況となることが想定され,別居後の父母が共同で親権を行使し,子の監護及び教育に関する事項についての適切な決定ができない結果,子の利益を損なうという事態が生じるという実際論は,離婚をするに至る夫婦の一般的な状況として,今日に至るもこれを是認することができる。このような事態を回避するため,父母のうち相対的に適格性がある者を司法機関である裁判所において子の利益の観点から判断し,親権者に指定するという本件規定の内容は,実効的な親権の行使による子の利益の確保という立法目的との関係で合理的な関連性を有すと認められる。
そして,前記(2)イで説示したとおり,親及び子は,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができ,当該人格的な利益は,本件規定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利を失うことにより,一定の範囲で制約され得ることとなるが,親である父と母が離婚をし,その一方が親権者とされた場合であっても,他方の親(非親権者)と子の間も親子であることに変わりがなく,当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にとっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。そして,離婚をした父と母が,その両親の人間関係を,子の養育のために一定の範囲で維持したり,構築し直したりすることも可能であると考え,そうであれば,本件規定により親権を失ったとしても,子の養育に関与し続けることが可能なものとなり,人格的な利益の制約が限定的なものにとどまると考えられる一方,そのような人間関係を維持したり,構築し直したりすることができない場合には,他方親からの同意が適時に得られないことにより親権の適時の行使が不可能となったり,同意をしないことにより親権の行使がいわば拒否権として作用するといった事態さえ招来しかねず,結局,子の利益を損なう結果をもたらすものといわざるを得ない。そうすると,本件規定が離婚をした父又は母の一方の親権を失わせ,親権者に指定されなかった父又は母及び子のそれぞれの人格的利益を損なうことがあり得るとしても,一般的に考えられる子の利益の観点からすれば,そのことはなおやむを得ないものと評価せざるを得ない。
なるほど本件規定の立法目的が,通常,離婚をした父母が別居することとなり,また,当該父母の人間関係も必ずしも良好なものではない状況となるであろうという実際論を前提とすると解される以上,離婚をする夫婦にも様々な状況があり得,立法目的が前提とした元夫婦像にそのまま当てはまらない元夫婦も実際には相当数存在し得ると考えられるから,離婚をする夫婦にいわゆる共同親権を選択することができることとすることが立法政策としてあり得るところと解され,認定事実(2)のとおり,それを含めた検討が始められている様子もうかがわれる。しかし,このような立法政策を実現するためには,離婚後の父及び母による子の養育のあるべき姿という観念論,諸外国の状況,我が国における離婚の実情,親権の行使の実情及びこれらを含めた親権の在り方に対する国民の意識等,更に単独親権制度を採用していることによって生じている種々の不都合,不合理な事態を踏まえ,共同親権を認めることとした場合に離婚後の父及び母による子への養育に及ぼす実際の効果を,それを認めた場合に生じ得る障害に照らし,子の利益の観点から見極める必要があると解されるところ,本件証拠関係をもってしては,現段階において,国会,政府はもちろん,国民一般においても,その見極め等がされている状況にあるとは認められない。
そうすると,子にとってはもちろん,親にとっても,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができ,これらの利益が,本件規定により親権を失い,子の監護及び教育をする権利を失うことにより,制約され得ることとなるが,そのような事態を考慮しても,我が国の家族制度の根幹をなす親子の在り方,その中で親権の内容をどのようなものとして捉えるか,それらを踏まえ,離婚後の子に対する共同親権を,又は共同親権の選択を認めるか否かについては,国家機関による親子関係への後見的な助力の在り方を含め,これを国会による合理的な裁量権の行使に委ね,その行使を待つ段階にとどまるといわざるを得ない。」
(2) まず原判決は,「子の父母が離婚をするに至った場合には,通常,父母が別居し,また,当該父母の人間関係も必ずしも良好なものではない状況となることが想定され,別居後の父母が共同で親権を行使し,子の監護及び教育に関する事項についての適切な決定ができない結果,子の利益を損なうという事態が生じるという実際論は,離婚をするに至る夫婦の一般的な状況として,今日に至るもこれを是認することができる。このような事態を回避するため,父母のうち相対的に適格性がある者を司法機関である裁判所において子の利益の観点から判断し,親権者に指定するという本件規定の内容は,実効的な親権の行使による子の利益の確保という立法目的との関係で合理的な関連性を有すと認められる。」と判示した。
しかしながら,上でも引用したように,二宮周平『多様化する家族と法Ⅱ』(株式会社朝陽会,2020年)47-49頁(甲43)において,以下のように,民法819条2項(本件規定)の問題点が指摘がされている。
「3 単独親権の問題点と共同親権の可能性
したがって,父母双方が子の親権者でありたいと思い,調停や審判になった場合には,お互いの監護能力の優劣を争う。そのために過去の言動を事細かに指摘して相手方の人格を誹謗中傷する。監護実績を作るために子との同居を確保し,別居親に会わせない,実力行使で子を連れ去るといった事態が生じることがある。親権者になれないと,子と会うことができなくなるのではないかという不安が,親権争いをより熾烈にする。子は父母の深刻な葛藤に直面し,辛い思いをする。
離婚に詳しい弁護士は,離婚紛争にあっても,「父母がそれぞれ,子に対してその責任や役割をどう果たしていくべきか」と発想する前に,「いずれが親権者として適当か」の熾烈な争いを招く現行法の枠組みは,時代に合わないと指摘する。」
この文献(甲43)において,「監護実績を作るために子との同居を確保し,別居親に会わせない,実力行使で子を連れ去るといった事態が生じることがある。親権者になれないと,子と会うことができなくなるのではないかという不安が,親権争いをより熾烈にする。子は父母の深刻な葛藤に直面し,辛い思いをする。」と指摘されているように,原判決が「このような事態を回避するため,父母のうち相対的に適格性がある者を司法機関である裁判所において子の利益の観点から判断し,親権者に指定するという本件規定の内容は,実効的な親権の行使による子の利益の確保という立法目的との関係で合理的な関連性を有すと認められる。」と判示したのとは異なり,実際の裁判実務では,別居後に子を監護している親(同居親)の監護状態(監護実績)に問題がないと判断されれば,その同居親が子の親権者とされることが通常である(文献(甲43)で「監護実績を作るために子との同居を確保し,別居親に会わせない。」との指摘はその裁判実務の立場を前提にしたものである。)。
すると,原判決は,「父母のうち相対的に適格性がある者を司法機関である裁判所において子の利益の観点から判断し,親権者に指定するという本件規定の内容」と判示したが,実際の親権者の評価で最重要視されるのは,文献(甲43)でも指摘されているように「監護実績」なのであるから,原判決の判示はその点において裁判実務の立場と適合していないことは明白である。
さらに言えば,民法819条2項(本件規定)が離婚後単独親権制度を採用している結果,子の親権者になることを希望する親が子を連れ去り,子の監護実績を非同居親と比較して多くするために面会をさせないのである。民法819条2項(本件規定)が,文献(甲43)で指摘されている「親権者になれないと,子と会うことができなくなるのではないかという不安が,親権争いをより熾烈にする。子は父母の深刻な葛藤に直面し,辛い思いをする。」という事態を生んでいるのである。
このような事態は,まさに民法819条2項(本件規定)が採用した離婚後単独親権制度がもたらした子の心理と福祉を害することである。その点について,上でも引用した,野口康彦外「離婚後の面会交流のあり方と子どもの心理的健康に関する質問紙とPACK分析による研究」(甲46号証3枚目)における以下の指摘が重要である。
「4.研究成果
(1) 質問紙による量的調査研究
国立及び私立の6つの大学に在籍する大学生を対象とし,634名の有効回答数が得られ,76名の親の離婚経験者の協力者を得ることができた。統計学的な検定を実施するうえでは,十分な人数の確保ができた。
今回の調査から,子どもが別居親と交流を持つことは,親への信頼感において重要な要因となることが確認された。また,別居親と子どもが満足するような面会交流がされている方がそうでない場合よりも,自己肯定感や環境への適応の得点が高いことも明らかになった。この結果は,離婚後も別居親が親としての役割を継続していくことが,子どもの経済的・心理的な支援につながっていくことが示された。」
つまり,両親が別居している子について,子が別居親と満足するような面会交流がされていればされているほど,子は自己肯定感が高く,環境への適応の得点も高いのである。つまり,子と別居親との面会交流がされていればいるほど,子は健全な成長をとげ,子の福祉は実現されるのである。
すると,原判決は,「父母のうち相対的に適格性がある者を司法機関である裁判所において子の利益の観点から判断し,親権者に指定するという本件規定の内容」と判示したが,実際の親権者の評価で最重要視されるのは,文献(甲43)でも指摘されているように「監護実績」なのであるから,原判決の判示はその点において裁判実務の立場と適合していないことは明白である。
また,文献(甲43)において,「監護実績を作るために子との同居を確保し,別居親に会わせない,実力行使で子を連れ去るといった事態が生じることがある。親権者になれないと,子と会うことができなくなるのではないかという不安が,親権争いをより熾烈にする。子は父母の深刻な葛藤に直面し,辛い思いをする。」と指摘されているように,民法819条2項(本件規定)が,激しい親権争いを生み,その結果,子の連れ去りと面会拒絶という子の福祉を害する事態を生んでいるのであるから,民法819条2項(本件規定)の内容が,実効的な親権の行使による子の利益の確保という立法目的との関係で合理的な関連性を有すと認められないことは明白である。
そして,その文献(甲43)において,「離婚に詳しい弁護士は,離婚紛争にあっても,「父母がそれぞれ,子に対してその責任や役割をどう果たしていくべきか」と発想する前に,「いずれが親権者として適当か」の熾烈な争いを招く現行法の枠組みは,時代に合わないと指摘する。」と指摘されている点は重要である。なぜならば,原判決が「このような事態を回避するため,父母のうち相対的に適格性がある者を司法機関である裁判所において子の利益の観点から判断し,親権者に指定するという本件規定の内容は,実効的な親権の行使による子の利益の確保という立法目的との関係で合理的な関連性を有すと認められる。」と判示した点について,その判示内容に反して,民法819条2項(本件規定)の内容が,実効的な親権の行使による子の利益の確保という立法目的との関係で合理的な関連性を有すと認められないことは明白であることを意味しているからである。
言い換えれば,民法819条2項(本件規定)の採用する離婚後単独親権制度は,原判決が,「父母のうち相対的に適格性がある者を司法機関である裁判所において子の利益の観点から判断し,親権者に指定するという本件規定の内容」と判示したのとは反対に,その原判決が「親及び子は,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができ,当該人格的な利益は,本件規定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利を失うことにより,一定の範囲で制約され得ることとなるが,親である父と母が離婚をし,その一方が親権者とされた場合であっても,他方の親(非親権者)と子の間も親子であることに変わりがなく,当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にとっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。」と判示したその「当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない親と子の人格的利益」を損ない,妨げ,失わせる効果を生んでいるのである。
その点において,離婚後単独親権制度を採用する民法819条2項(本件規定)の内容が,実効的な親権の行使による子の利益の確保という立法目的との関係で合理的な関連性を有すと認められないことは明白である。
(3) さらに原判決は,「そして,前記(2)イで説示したとおり,親及び子は,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができ,当該人格的な利益は,本件規定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利を失うことにより,一定の範囲で制約され得ることとなるが,親である父と母が離婚をし,その一方が親権者とされた場合であっても,他方の親(非親権者)と子の間も親子であることに変わりがなく,当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にとっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。そして,離婚をした父と母が,その両親の人間関係を,子の養育のために一定の範囲で維持したり,構築し直したりすることも可能であると考え,そうであれば,本件規定により親権を失ったとしても,子の養育に関与し続けることが可能なものとなり,人格的な利益の制約が限定的なものにとどまると考えられる一方,そのような人間関係を維持したり,構築し直したりすることができない場合には,他方親からの同意が適時に得られないことにより親権の適時の行使が不可能となったり,同意をしないことにより親権の行使がいわば拒否権として作用するといった事態さえ招来しかねず,結局,子の利益を損なう結果をもたらすものといわざるを得ない。そうすると,本件規定が離婚をした父又は母の一方の親権を失わせ,親権者に指定されなかった父又は母及び子のそれぞれの人格的利益を損なうことがあり得るとしても,一般的に考えられる子の利益の観点からすれば,そのことはなおやむを得ないものと評価せざるを得ない。」と判示したが,この原判決が念頭に置いている「離婚後単独親権はあくまでも例外的な規定であり,離婚後共同養育こそが原則である。」という理念は,現実の裁判実務では実現できていないことは明白である。さらに,離婚後に親権を失った非親権者である親と子との面会交流も,現在の法律では,当事者間の面会交流権についての具体的な権利義務規定が設けられていないため,親権者の意向によって決められてしまい,子の健全な成長と福祉の実現のためには不十分な短時間の面会交流しか実現できていないのである(現実の面会交流は月に1回,数時間程度が大部分である。)。親権者である同居親が子と非親権者である別居親とを会わせたくない意向を持てば,非親権者であり別居親は子に会うこと自体ができなくなることも多いのである(その面会交流も,親権者が拒否すれば,強制的に行うことは極めて困難である。何年間も子に会うことができず,数か月に1度,親権者である同居親から非親権者である別居親に子の写真が数枚送られるだけの間接交流しか認められない親もいる。それは到底,原判決が念頭に置いている「離婚後共同養育」とは言えない事態である。)。
言い換えれば,民法819条2項(本件規定)の採用する離婚後単独親権制度自体が,原判決が「親及び子は,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができ,当該人格的な利益は,本件規定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利を失うことにより,一定の範囲で制約され得ることとなるが,親である父と母が離婚をし,その一方が親権者とされた場合であっても,他方の親(非親権者)と子の間も親子であることに変わりがなく,当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にとっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。」と判示したその「当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない親と子の人格的利益」を損ない,妨げ,失わせる効果を生んでいるのである。
その点において,離婚後単独親権制度を採用する民法819条2項(本件規定)の内容が,実効的な親権の行使による子の利益の確保という立法目的との関係で合理的な関連性を有すと認められないことは明白である。
この点につき,沖縄タイムス令和2年(2020年)8月20日掲載の記事「[家族のカタチ離婚の時代に]面会交流「同居親の協力が必要」当事者ら議論」においては,離婚などで離れて暮らす親と子が会う「面会交流」について学びを深めようと,オンライン講座「こどものための面会交流支援」が令和2年8月15日に行われたことが記載されている(甲58)。そしてその記事には,「公認心理師で東京国際大の小田切紀子教授は,「日本の家庭裁判所で決定する面会交流の頻度について「一律月1回,数時間程度」とされてることが多いと説明。「子どもの記憶はキャパシティが小さく1カ月に1回だと(別居親を)忘れてしまう。子の年齢に応じた取り決めが重要で同居親の協力も不可欠」と述べた。面会交流の実施が対立する父母に委ねられていることを課題に挙げ,家裁と面会交流支援機関が連携し取り決めをフォローできる制度のほか,全都道府県への支援団体の設置、行政による資金助成の必要性を訴えた。」と記載されている。
現在の裁判実務では,この記事(甲58)でも指摘されているとおり,同居親の同意がない場合には,親子の面会交流は「一律に月1回,数時間程度」とされることが多い。
その点につき,小田切紀子教授は,「子どもの記憶はキャパシティが小さく1カ月に1回だと(別居親を)忘れてしまう。子の年齢に応じた取り決めが重要で同居親の協力も不可欠」と述べているのである(甲58)。
すると,民法819条2項(本件規定)は,「子どもの記憶はキャパシティが小さく1カ月に1回だと(別居親を)忘れてしまう。」(甲58)にも拘わらず,「一律に月1回,数時間程度」(甲58)という,子どもの記憶のキャパシティでは非親権者(別居親)の顔や存在を忘れてしまうような内容の面会交流しか実現させない効果を生んでいるのである。それは,非親権者(別居親)の基本的人権を侵害するだけでなく,子の福祉を害することであることは明白である(上で引用した,野口康彦外「離婚後の面会交流のあり方と子どもの心理的健康に関する質問紙とPACK分析による研究」(甲46号証3枚目)において,「今回の調査から,子どもが別居親と交流を持つことは,親への信頼感において重要な要因となることが確認された。また,別居親と子どもが満足するような面会交流がされている方がそうでない場合よりも,自己肯定感や環境への適応の得点が高いことも明らかになった。この結果は,離婚後も別居親が親としての役割を継続していくことが,子どもの経済的・心理的な支援につながっていくことが示された。」との心理学的研究調査の結果が報告されたことが,民法819条2項(本件規定)の合理性評価において重要な意味を持っていることは,改めて言うまでもないことである。)。
その点において,離婚後単独親権制度を採用する民法819条2項(本件規定)の内容が,実効的な親権の行使による子の利益の確保という立法目的との関係で合理的な関連性を有すと認められないことは明白である。
以上からすると,原判決は「親及び子は,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができ,当該人格的な利益は,本件規定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利を失うことにより,一定の範囲で制約され得ることとなるが,親である父と母が離婚をし,その一方が親権者とされた場合であっても,他方の親(非親権者)と子の間も親子であることに変わりがなく,当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にとっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。」と判示したが,離婚後単独親権制度を採用した民法819条2項(本件規定)が,その親と子の互いにとっての人格的な利益の実現を妨げていることは明白である。その点において,離婚後単独親権制度を採用する民法819条2項(本件規定)の内容が,実効的な親権の行使による子の利益の確保という立法目的との関係で合理的な関連性を有すと認められないことは明白である。
(4) さらに原判決は,「なるほど本件規定の立法目的が,通常,離婚をした父母が別居することとなり,また,当該父母の人間関係も必ずしも良好なものではない状況となるであろうという実際論を前提とすると解される以上,離婚をする夫婦にも様々な状況があり得,立法目的が前提とした元夫婦像にそのまま当てはまらない元夫婦も実際には相当数存在し得ると考えられるから,離婚をする夫婦にいわゆる共同親権を選択することができることとすることが立法政策としてあり得るところと解され,認定事実(2)のとおり,それを含めた検討が始められている様子もうかがわれる。しかし,このような立法政策を実現するためには,離婚後の父及び母による子の養育のあるべき姿という観念論,諸外国の状況,我が国における離婚の実情,親権の行使の実情及びこれらを含めた親権の在り方に対する国民の意識等,更に単独親権制度を採用していることによって生じている種々の不都合,不合理な事態を踏まえ,共同親権を認めることとした場合に離婚後の父及び母による子への養育に及ぼす実際の効果を,それを認めた場合に生じ得る障害に照らし,子の利益の観点から見極める必要があると解されるところ,本件証拠関係をもってしては,現段階において,国会,政府はもちろん,国民一般においても,その見極め等がされている状況にあるとは認められない。」と判示した。
しかしながら,原判決が「なるほど本件規定の立法目的が,通常,離婚をした父母が別居することとなり,また,当該父母の人間関係も必ずしも良好なものではない状況となるであろうという実際論を前提とすると解される以上,離婚をする夫婦にも様々な状況があり得,立法目的が前提とした元夫婦像にそのまま当てはまらない元夫婦も実際には相当数存在し得ると考えられるから,離婚をする夫婦にいわゆる共同親権を選択することができることとすることが立法政策としてあり得るところと解され,認定事実(2)のとおり,それを含めた検討が始められている様子もうかがわれる。」と判示したことからしても,民法819条2項(本件規定)の内容が,実効的な親権の行使による子の利益の確保という立法目的との関係で合理的な関連性を有すと認められないことは明白である。
民法819条2項(本件規定)は,離婚があくまでも夫婦関係の解消であり,親子関係の解消ではないにも拘わらず,一律に,夫婦の離婚に伴い,一方親から親権を全面的に奪う規定なのであるから,そこには立法目的と手段との間に,論理的関係自体が認められないことは明白である。また,原判決が指摘するように,「離婚をする夫婦にも様々な状況があり得,立法目的が前提とした元夫婦像にそのまま当てはまらない元夫婦も実際には相当数存在し得ると考えられるから,離婚をする夫婦にいわゆる共同親権を選択することができることとすることが立法政策としてあり得るところと解され,認定事実(2)のとおり,それを含めた検討が始められている様子もうかがわれる。」のであって,そのような離婚後の協力が可能な夫婦についてまで,一律に,夫婦の離婚に伴い,一方親から親権を全面的に奪う必要性がないことは明白であって,そこには立法目的と手段との間に,実質的関連性が認められないことは明白である(法律上の夫婦が形式的に離婚届を提出した後,実質的に内縁関係を継続することは法律上有効であるとされていること(最高裁昭和38年11月28日判決など)を典型例として,そのような離婚後の協力が可能な夫婦についてまで,一律に,夫婦の離婚に伴い,一方親から親権を全面的に奪う必要性がないことは明白である。(家族関係が多様化していることは,最高裁大法廷平成25年9月4日決定及び最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)で指摘されていることである。その多様化している家族関係に,819条2項(本件規定)の硬直な規定は適用ができず,また柔軟な対応ができていないのである。)。その意味で民法819条2項(本件規定)の内容が,実効的な親権の行使による子の利益の確保という立法目的との関係で合理的な関連性を有すと認められないことは明白である。
また,仮に離婚に伴い一方親の親権を失わせる必要性がある場合が存在しているとしても,そのような場合のために,民法は既に親権喪失制度(民法834条),親権停止制度(民法834条の2),管理権喪失制度(民法835条)の3種類の段階を分けた制度を設けているのであるから,あえて全ての離婚に際して,一方親の親権を,一律に全面的に失わせることには合理的な理由そのものがないことは明白である。その意味で民法819条2項(本件規定)は,立法目的と手段との間に実質的関連性を有していないことは明白である。その意味で民法819条2項(本件規定)の内容が,実効的な親権の行使による子の利益の確保という立法目的との関係で合理的な関連性を有すと認められないことは明白である。
そして,民法819条2項(本件規定)は,離婚後,親の一方からは一律かつ全面的に親権を剥奪し,親の一方だけが子に対する親権を有し,子についての決定を行える地位を与えている。それは「特権」であり,憲法14条1項に違反していることは明白である。
すると,原判決は「立法目的が前提とした元夫婦像にそのまま当てはまらない元夫婦も実際には相当数存在し得ると考えられるから,離婚をする夫婦にいわゆる共同親権を選択することができることとすることが立法政策としてあり得るところと解され,認定事実(2)のとおり,それを含めた検討が始められている様子もうかがわれる。」と判示した上で,「しかし,このような立法政策を実現するためには,離婚後の父及び母による子の養育のあるべき姿という観念論,諸外国の状況,我が国における離婚の実情,親権の行使の実情及びこれらを含めた親権の在り方に対する国民の意識等,更に単独親権制度を採用していることによって生じている種々の不都合,不合理な事態を踏まえ,共同親権を認めることとした場合に離婚後の父及び母による子への養育に及ぼす実際の効果を,それを認めた場合に生じ得る障害に照らし,子の利益の観点から見極める必要があると解されるところ,本件証拠関係をもってしては,現段階において,国会,政府はもちろん,国民一般においても,その見極め等がされている状況にあるとは認められない。」と判示したが,離婚に際して親の一方の親権を一律に全面的に剥奪する民法819条2項(本件規定)に合理性が認められないことは,上で述べたことからすると明白である。
その意味で民法819条2項(本件規定)の内容が,実効的な親権の行使による子の利益の確保という立法目的との関係で合理的な関連性を有すと認められないことは明白である。
(5) さらに原判決は,「そうすると,子にとってはもちろん,親にとっても,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができ,これらの利益が,本件規定により親権を失い,子の監護及び教育をする権利を失うことにより,制約され得ることとなるが,そのような事態を考慮しても,我が国の家族制度の根幹をなす親子の在り方,その中で親権の内容をどのようなものとして捉えるか,それらを踏まえ,離婚後の子に対する共同親権を,又は共同親権の選択を認めるか否かについては,国家機関による親子関係への後見的な助力の在り方を含め,これを国会による合理的な裁量権の行使に委ね,その行使を待つ段階にとどまるといわざるを得ない。」と判示したが,上で述べたように,民法819条2項(本件規定)の採用する離婚後単独親権制度は,原判決が,「父母のうち相対的に適格性がある者を司法機関である裁判所において子の利益の観点から判断し,親権者に指定するという本件規定の内容」と判示したのとは反対に,その原判決が「親及び子は,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができ,当該人格的な利益は,本件規定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利を失うことにより,一定の範囲で制約され得ることとなるが,親である父と母が離婚をし,その一方が親権者とされた場合であっても,他方の親(非親権者)と子の間も親子であることに変わりがなく,当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にとっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。」と判示したその「当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない親と子の人格的利益」を損ない,妨げ,失わせる効果を生んでいることは明白である。
その点において,離婚後単独親権制度を採用する民法819条2項(本件規定)の内容が,実効的な親権の行使による子の利益の確保という立法目的との関係で合理的な関連性を有すと認められないことは明白である。
(6) なお,離婚後単独親権制度を採用する民法819条2項(本件規定)は,離婚後に子に対する親権を失った親が,離婚後に単独親権者となった親の親権の行使に従い,例えば子の進学する学校の学費を扶養義務として負担することを義務付ける制度である。自らが選び,正せない事柄を理由に不利益を及ぼすことは憲法14条1項や憲法24条2項に違反して許されない(最高裁大法廷平成25年9月4日決定,最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟))。すると,離婚後単独親権制度を採用する民法819条2項(本件規定)は,憲法29条が財産権を保障しているにも拘わらず,離婚後に親権を失った親が,離婚後に単独親権者となった親の親権の行使に従い,子についての費用を扶養義務として負担することを義務付ける制度である点において,憲法14条1項や憲法24条2項に違反することは明白である。
(7) また,民法の家族法制の見直しを議論していた有識者らの研究会は,令和3年2月にまとめた報告書において,「親権」を別の用語に置き換えるように提案を行った。親権は,字面から親の権利ばかりをイメージしがちだが,子には養育を受ける権利があり,本質は親が子に対して果たすべき努めのことだから,という理由である(甲55)。研究会では「親権」に置き換えられる用語として「責務」などが上げられた。
とすると,両親から親権を受ける立場の子からすると,「子には養育を受ける権利がある」のであるから,夫婦関係の解消にすぎない離婚に際して,「子に養育を行う」立場にある2人の親権者を一律的に全面的に1人にしてしまうという不利益を子の同意なしに行う現在の民法819条2項(本件規定)は,やはり,自らが選び,正せない事柄を理由に不利益を及ぼす点において憲法14条1項や憲法24条2項に違反して許されないことは明白である(最高裁大法廷平成25年9月4日決定,最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟))。
すると,離婚後単独親権制度を採用する民法819条2項(本件規定)は,子が自らが選び正せない両親の離婚という事柄を理由に,子が養育を受ける権利を持つ2人から1人に減してしまうという不利益を与える点において,憲法14条1項や憲法24条2項に違反することは明白である。
(8) ちなみに,スウェーデンの親子法では,子どもの最善の利益は,2人の親によって等しくケアを受ける子どもの権利として解釈されている(甲56)。
そして,外国法の内容は,日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実として存在している(最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟))。
すると,スウェーデンの親子法では,子どもの最善の利益は,2人の親によって等しくケアを受ける子どもの権利として解釈されていることは(甲55),当然に日本国憲法の解釈に影響を与える存在なのであるから,原判決が「民法の定める親権制度が「子の利益」のためのものであることが明示されている。」と判示したにも拘わらず(24頁),親の離婚後は離婚後単独親権制度が採用され,2人の親によるケアを否定している819条2項(本件規定)の合理性を肯定したことは明白な矛盾である。
離婚後単独親権制度を採用する民法819条2項(本件規定)は,子が自らが選び正せない両親の離婚という事柄を理由に,子が養育を受ける権利を持つ2人から1人に減してしまうという不利益を与える点において,憲法14条1項や憲法24条2項に違反することは明白である。
(9) 以上からすると,民法819条2項(本件規定)は,以下の点において,立法目的の面についても,手段の面についても,憲法14条1項に違反していることは明白である。
憲法13条について述べたように,親の子に対する権利は自然権(自然的権利)である。そして,子の成長と養育に関わる親の子に対する親権は,親が子との自然的関係に基づいて子に対して行う養育,監護の作用の一環としてあらわれるものであり,人権の普遍性等に基づく存在である。また,親が子の成長と養育に関わることが,それを希望する者にとって幸福の源泉になるという意味である。それらの点に照らすと親の子に対する親権は,日本国憲法下においても,自然権(自然的権利)として憲法13条の幸福追求権及び人格権として保障されていることからすると,そのような性質を有する基本的人権である親権は,当然両親に平等に保障されなければならない性質のものであること,両親が平等に享受するべき性質のものであることは明白である。またそれは,子にとっても平等に享受されるべき性質のものであることは明白である。
さらに,仮に親の子に対する親権が,基本的人権ではないとされたとしても,親が子の成長と養育に関わることが,それを希望する者にとって幸福の源泉になるという意味であることなどに鑑みると,憲法14条1項で保障される人格的利益であることは明白である。そのような性質を有する人格的利益である親権は,当然両親に平等に保障されなければならない性質のものであること,両親が平等に享受するべき性質のものであることは明白である。またそれは,子にとっても平等に享受されるべき性質のものであることは明白である。
そして,憲法14条1項は事柄の性質に相応して不合理な差別的取り扱いを禁止しているところ(最高裁大法廷平成20年6月4日判決(国籍法違憲判決),最高裁大法廷平成25年9月4日決定(非嫡出子相続分違憲決定),最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟),親の子に対する愛情や,親が子の成長と養育に関わることで感じる幸福が,両親について平等なものである以上,それが合理的な理由なく区別されてはならないことは明白である。
以上からすれば,民法819条2項(本件規定)は,その両親について平等であるべき親権について,離婚に伴い一方の親のみが親権者となり,もう一方の親の親権を全面的に剥奪する規定なのであるから,それが合理的な理由のない区別であり,憲法14条1項に違反していることは明白である。
そして民法819条2項(本件規定)は,子からすると親の離婚という,自らが選び,正せない事柄を理由に不利益を及ぼす規定なのであるから,それが合理的な理由のない区別であり,憲法14条1項に違反していることは明白である。
民法819条2項(本件規定)は,離婚があくまでも夫婦関係の解消であり,親子関係の解消ではないにも拘わらず,一律に,夫婦の離婚に伴い,一方親から親権を全面的に奪う規定なのであるから,そこには立法目的と手段との間に,論理的関係自体が認められないことは明白である。またそこには立法目的と手段との間で実質的関連性が認められないことは明白である。その意味で民法819条2項(本件規定)は,合理的な理由のない区別であり,憲法14条1項に違反していることは明白である。
また,仮に親から子に対する暴力行為があるなどの,一方親の親権を失わせる必要性がある場合が存在しているとしても,民法には,親権喪失の審判制度(民法834条),親権停止の審判制度(民法834条の2),管理権喪失の審判制度(民法835条)が設けられているのであるから,離婚に際して親の子に対する親権を失わせなくても,親の子に対する親権を制限する合理的な理由がある場合には,それらの民法上の制度を用いることで対応が可能である。そのことは,平成23年の民法改正で親権停止の審判制度(民法834条の2)が導入されたことで明白となった。すると,民法819条2項(本件規定)は,それらの民法に規定された方法を用いるという,親の子に対する親権を制限するより制限的でない方法が存在しているにも拘わらず,一律に,夫婦の離婚に伴い,一方親から親権を全面的に奪う規定なのであるから,そこには立法目的と手段との間に,実質的関連性が認められないことは明白である。その意味で民法819条2項(本件規定)は,立法目的と手段との間に実質的関連性を有していないことは明白であり,合理的な理由のない区別として憲法14条1項に違反していることは明白である。
そして,民法819条2項(本件規定)は,離婚後,親の一方から一律かつ全面的に親権を剥奪し,親の一方だけが子に対する親権を有し,子についての法律上の決定を行う地位を与えている。それは「特権」であり,憲法14条1項に違反していることは明白である。
6(1) 原判決は,以下のとおり判示した(33頁)。
「ウ(ア) 原告は,インターネット,パソコン,スマートフォン等の情報伝達手段が発達した現在,別居していても即時に連絡をとることが容易になっており,別居後の父母が親権を共同で実効的に行使することが可能であるから,本件規定の合理性が失われていると主張する。
しかし,連絡の手段があることと,その手段を利用して親権を子の利益のために実効的に行使することができることとが別であることはもちろんであり,離婚後の父母が,情報伝達手段を用いて頻繁に連絡を取り,子の利益のために相談をし,適切な決定をすることができるような協力関係にないことも想定され,他方の同意が得られないことにより子の監護及び教育に関する重大事項の決定を適時に適切に行うことができない事態が生じ得ることは否定できない。そうすると,情報伝達手段の発達をもって,立法目的との関係で本件規定の合理性が失われたということはできない。」
(2) しかしながら,上で述べたように,原判決のこの判示自体に理由がないことは明白である。なぜならば,それは離婚後共同親権制度を採用した上で,共同親権者である父母の意見が一致しない場合のための手続規定(解決制度)を法律で設ければ良いだけのことだからである(現在の離婚前共同親権制度では夫婦関係が悪化して共同親権者である父母の意見が一致しなくても制度に合理性があり,逆に離婚後共同親権制度では夫婦関係が悪化して共同親権者である父母の意見が一致しないから,離婚後単独親権制度に合理性がある,との判示には合理性がないことは明白である。)。現在の離婚前共同親権制度についても,共同親権者である父母の意見が一致しない場合のための手続規定(解決制度)を法律で設けていないことが,「立法の不備」であることが,以下のように指摘されているからである。その「立法」を離婚後共同親権制度の採用と同時に行えば原判決の懸念は解消されるのである。
①『論点体系 判例民法9 親族』(第一法規,第2版,平成25年)384頁(甲37)において,民法818条3項が規定する夫婦の共同親権の解説として「親権行使について父母の意見が一致しない場合の取り得る手続きについては、現行法は何も規定しておらず、立法の不備であると指摘されている。」と記載されている。
②大村敦志『家族法』(有斐閣,第3版,2010年)102頁(甲38)において,民法818条3項が規定する夫婦の共同親権の解説として,「(イ)親権行使の方法 それでは,このような親権を現実に行使するのは誰か。嫡出子の場合には,父母の婚姻中は,父母が共同して親権を行使するのが原則である(民法818条3項)。ただし,共同行使ができない場合には単独行使が許される(同項但書)。民法は,父母の意見が一致しない場合の取扱いについては沈黙している。諸外国の法では,このような場合に対応するための規定を置いている例が多い(フランスやドイツでは最終的には裁判所の決定にゆだねている)。日本でも,立法論としては規定を置くことが必要だといわれている。」と記載されている。
つまり,現行の民法818条3項は,「親権は,父母の婚姻中は,父母が共同して行う。」と規定する一方で,その共同して行うこととされている親権行使について,父母の意見が一致しない場合の手続規定を,何も設けていないのである(それはまさに,「立法の不備」である。)。諸外国では離婚後共同親権制度を採用した上で,両親の意見が対立した際の解決規定を設けており,その運用に何ら問題はない(だからこそ世界中のほとんどの国で離婚後共同親権制度が採用されているのである。)。よって,「離婚後に両親の意見が一致しない可能性がある。」との理由が,離婚後単独親権制度の合理性の根拠とならないことは明白である。
(3) また,原判決は「離婚後の父母が,情報伝達手段を用いて頻繁に連絡を取り,子の利益のために相談をし,適切な決定をすることができるような協力関係にないことも想定され,他方の同意が得られないことにより子の監護及び教育に関する重大事項の決定を適時に適切に行うことができない事態が生じ得ることは否定できない。」と判示したが,逆を言えば,「離婚後の父母が,情報伝達手段を用いて頻繁に連絡を取り,子の利益のために相談をし,適切な決定をすることができるような協力関係にあることも想定され,そのような場合には,他方の同意が得られないことにより子の監護及び教育に関する重大事項の決定を適時に適切に行うことができない事態が生じ得ない」関係もあるのであるから,それにも拘わらず,離婚に際して親の一方の親権を一律に全面的に剥奪する民法819条2項(本件規定)に合理性が認められないことは明白である。原判決が「離婚後の父母が,情報伝達手段を用いて頻繁に連絡を取り,子の利益のために相談をし,適切な決定をすることができるような協力関係にないことも想定され,他方の同意が得られないことにより子の監護及び教育に関する重大事項の決定を適時に適切に行うことができない事態が生じ得ることは否定できない。」と判示した点を考慮しても,①原則として離婚後は共同親権であり,②例外的に,原判決が「離婚後の父母が,情報伝達手段を用いて頻繁に連絡を取り,子の利益のために相談をし,適切な決定をすることができるような協力関係にないことも想定され,他方の同意が得られないことにより子の監護及び教育に関する重大事項の決定を適時に適切に行うことができない事態が生じ得ることは否定できない。」と判示した事態が生じる場合には,民法には,親権喪失の審判制度(民法834条),親権停止の審判制度(民法834条の2),管理権喪失の審判制度(民法835条)が設けられているのであるから,離婚に際して親の子に対する親権を失わせなくても,親の子に対する親権を制限する合理的な理由がある場合には,それらの民法上の制度を用いることで対応を行う,とすることで原判決の懸念は払拭されるのである(そのことは,平成23年の民法改正で親権停止の審判制度(民法834条の2)が導入されたことで明白となった。)。すると,原判決の判示を前提としても,やはり民法819条2項(本件規定)には合理性が認められないことは明白である。
法律上の夫婦が形式的に離婚届を提出した後,実質的に内縁関係を継続することは法律上有効であるとされていること(最高裁昭和38年11月28日判決など)を典型例として,そのような離婚後の協力が可能な夫婦についてまで,一律に,夫婦の離婚に伴い,一方親から親権を全面的に奪う必要性がないことは明白である。(家族関係が多様化していることは,最高裁大法廷平成25年9月4日決定及び最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)で指摘されていることである。その多様化している家族関係に,819条2項(本件規定)の硬直な規定は適用ができず,また柔軟な対応ができていないのである。)。その意味で民法819条2項(本件規定)に合理性が認められないことは明白である。
(4) この点につき,離婚後単独親権制度を採用した民法819条2項(本件規定)が制定された当時は,離婚後に離れた場所に住んでいる元夫婦が,子の親権行使に関し,互いに連絡を取ろうとしても,手紙やせいぜい固定電話しかなく,連絡を取ること自体に困難な面があった可能性がある。
しかしながら,21世紀である今日においては,インターネット,パソコン,スマートフォンなどの情報伝達機器と,国際電話,メール,LINEなどの情報伝達手段が飛躍的に発達した結果,離婚後に離れた場所に住んでいる元夫婦であっても,子の親権行使に関し,互いに連絡を取ることを容易に行うことができるようになっている。それはつまり,情報伝達の困難さを理由として,離婚する夫婦について子の親権者をあえて単独にする必要性が失われていることを意味している。
それは,離婚後単独親権制度を採用した民法819条2項(本件規定)が,憲法13条,憲法14条1項,憲法24条2項に違反することを示す立法事実
の変化である(「通信手段が地球規模で目覚ましい発達を遂げていること」などを根拠にして,平成8年10月20日に施行された衆議院議員の総選挙当時,公職選挙法(平成10年法律第47号による改正前のもの)が,国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民が国政選挙において投票をするのを全く認めていなかったことは,憲法15条1項,3項,43条1項,44条ただし書に違反する等と判示した最高裁大法廷9月14日判決参照。)。
これらの点からすると,民法819条2項(本件規定)は,立法目的と手段との間に実質的関連性を有していないことは明白であり,合理的な理由のない区別として憲法14条1項に違反していることは明白である。
7(1) 原判決は,以下のとおり判示した(33-34頁)。
「(イ) 原告は,離婚後の父母の任意の協力関係が望める場合にまで裁判上の離婚をした父母の一方の親権を全面的に喪失させることに合理性がなく,離婚後に単独親権者となった父母の一方が死亡した場合等に,後見が開始され,又は他方による親権者変更の申立てが認められるまでの間,子に対して親権を行使する者がいない事態が生じることになり,子の保護という親子法の理念に反していると主張する。
しかし,なるほど離婚後の父母に任意の協力関係が望める場合があり得,また,離婚後に単独親権者となった父母の一方が死亡した場合等に,原告が主張するような不都合が生じることになる(ただし,後見人が選任され,又は親権者変更の申立てが認められるまでの間であり,同不都合は父母ともに死亡した場合等に結局は生じるものである。)が,前記イ(イ)で説示したとおり,父母に任意の協力関係が望める場合があり得ること,及び本件規定によって原告が主張するような一定の不都合が生じ得ることは,国会において,本件規定の立法目的が実際論にあると解されることを踏まえながら,親権制度の在り方を検討するに際し,検討されるべき事情の一つとなるべきものであるが,本件規定の内容が立法目的との間で合理的な関連性を有すということを直ちに揺るがすものではない。」
(2) しかしながら,まず原判決が,「しかし,なるほど離婚後の父母に任意の協力関係が望める場合があり得,」と判示した部分は,819条2項(本件規定)が不合理である根拠となる判示である。上でも述べたように,離婚後の父母に任意の協力関係が望める場合があり得ることは,離婚に際して親の一方の親権を一律に全面的に剥奪する民法819条2項(本件規定)に合理性が認められないことを意味することは明白である。それは,①原判決が「離婚後の父母に任意の協力関係が望める場合があり得」と判示したように,原則として離婚後は共同親権であり,②例外的に,そのような離婚後の父母に任意の協力関係が望めない場合には,民法には,親権喪失の審判制度(民法834条),親権停止の審判制度(民法834条の2),管理権喪失の審判制度(民法835条)が設けられているのであるから,離婚に際して親の子に対する親権を失わせなくても,親の子に対する親権を制限する合理的な理由がある場合には,それらの民法上の制度を用いることで対応を行う,とすることができるからである(そのことは,平成23年の民法改正で親権停止の審判制度(民法834条の2)が導入されたことで明白となった。)。すると,原判決の「しかし,なるほど離婚後の父母に任意の協力関係が望める場合があり得,」との判示を前提とすると,やはり民法819条2項(本件規定)には合理性が認められないことは明白である。
法律上の夫婦が形式的に離婚届を提出した後,実質的に内縁関係を継続することは法律上有効であるとされていること(最高裁昭和38年11月28日判決など)を典型例として,そのような離婚後の協力が可能な夫婦についてまで,一律に,夫婦の離婚に伴い,一方親から親権を全面的に奪う必要性がないことは明白である。(家族関係が多様化していることは,最高裁大法廷平成25年9月4日決定及び最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)で指摘されていることである。その多様化している家族関係に,819条2項(本件規定)の硬直な規定は適用ができず,また柔軟な対応ができていないのである。)。
その意味で民法819条2項(本件規定)は,立法目的と手段との間に実質的関連性を有していないことは明白であり,合理的な理由のない区別として憲法14条1項に違反していることは明白である。
(3) また原判決が,「また,離婚後に単独親権者となった父母の一方が死亡した場合等に,原告が主張するような不都合が生じることになる」と判示したことは,控訴人の主張が正当であることを意味している。
控訴人は改めて主張を行うが,離婚後に子の単独親権者となった者が死亡したり,親権喪失・親権停止になったり,管理権を失ったとしても,離婚に際して子の親権を失った実親の親権は回復しない(実務上は,後見が開始するとされている(民法838条)。離婚に際して子の親権を失った実親は親権者変更の申立ができると実務ではされているが(民法819条6項),当然に親権者となれること(親権者としての地位が復活すること)は法律上保障されていない。)。
子について親権者がいなくなった後,後見が開始されるまでの間,さらに離婚に際して子の親権を失った実親による親権者変更の申立が認められるまでの間,子は自らについて親権を行使する者がいない状態となる。それは,子の福祉の保護の理念に反することである。
これらのことは,民法819条2項(本件規定)には,子の福祉の保護の観点から,「欠陥」がある不合理な規定であることを意味している。
仮に離婚後共同親権制度であった場合には,離婚後に子の単独親権者となった者やその再婚相手が死亡したり親権喪失・親権停止になった場合に,一方親が親権者と存在しているのであるから,子の親権の行使とその結果としての子の福祉の保護を継続的に維持することが可能である。
最高裁判所大法廷平成27年(2015年)12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)で判示されたように,「子の福祉の保護」は,憲法上の保障と保護が与えられる存在である。
その最高裁判例の立場を踏まえると,民法819条2項(本件規定)は,子の福祉の保護の観点から,憲法に適合しない不合理な規定であることは明白である。
(4) なお原判決は,「(ただし,後見人が選任され,又は親権者変更の申立てが認められるまでの間であり,同不都合は父母ともに死亡した場合等に結局は生じるものである。)」等と判示したが,まず「ただし,後見人が選任され,又は親権者変更の申立てが認められるまでの間であり,」については,その間の期間は子にとっては親権者がいなくなることを意味するのであるから,それが仮に短時間であっても子の福祉を害することであることは明白である。さらには,事情によっては後見人選任手続や親権者変更手続が長期間になる可能性があるのであるから,その場合は子の福祉を害する期間がそれだけ長くなることになる。最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)が判示した「親子法は子の福祉を実現するためにある」という親子法の理念からすると,離婚後共同親権制度を採用することにより子に親権者がいなくなる期間自体をなくすことが憲法の要請であることは明白である(1人でも多くの子を救うことは,少数派の人権救済規範である憲法の目的だからである。そして,より制限的でない人権保障の方法がある場合には,現在の法律制度は違憲となるのである。)。
さらに原判決は,「同不都合は父母ともに死亡した場合等に結局は生じるものである。」と判示したが,そのような子にとって自らの努力や選択の余地がないような場合とは異なり,両親の離婚の場合は離婚後共同親権制度を採用することで,子の親権者が不存在になる可能性を可能な限り少なくできるのである。現在の民法819条2項(本件規定)は,離婚後単独親権制度を採用することで,両親の離婚という子にとって自らの意思や努力ではどうしようもない事実により,子の親権者がいなくなる可能性を高めている規定なのであるから(その可能性を可能な限り少なくするためには離婚後共同親権制度を採用すれば足りるのである。),民法819条2項(本件規定)に合理性が認められないことは明白である(子の基本的人権の制約について,より制限的でない他の手段が存在するのであれば,現在の制約手段は必要以上の制約を子に課しているのであり,その現在の制約手段が憲法に違反していることは明白である。)。最高裁大法廷平成25年9月4日決定は,当時の民法900条4号但書が規定していた,非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1とする規定について,15名の裁判官全員一致の意見により,違憲であると判断したが,その理由において,「子が自ら選び,正せない事柄を理由に不利益を及ぼすことは許されない,との考えが確立されてきていること。」と判示していることは,控訴人の主張の正当性の明白な根拠である。
その意味で民法819条2項(本件規定)は,立法目的と手段との間に実質的関連性を有していないことは明白であり,合理的な理由のない区別として憲法14条1項に違反していることは明白である。
8(1) 原判決は,以下のとおり判示した(34-35頁)。
「(ウ) 原告は,本件規定が,親権の獲得を有利にするために子の連れ去りを助長したり,親権者の指定をめぐる争いにより離婚裁判の長期化を招いたり,非親権者となった父母の一方から親権者となった他方親等の虐待から子を保護する権利を奪ったりといった不合理な事態を生じさせていると主張する。
しかし,単独親権制度を採用する現行法の下でも,父又は母であることに変わりがない以上,親権者の変更の申立て等が可能であるから,親権者となった他方親等の虐待から子を保護する権利が奪われるわけではなく,その制度に十全な実効性がないことは,その制度自体の問題であると考えられ,親権者となったからといって,実効性が担保された制度が整備されない限り,その実態が直ちに異なるものになるとは解されない。また,原告が主張するその余の不合理な事態についても,仮に共同親権制度を採用したとしても,離婚後の親権者たる父と親権者たる母が子の養育について協力関係を構築し,その養育について適時,適切な合意をしない限り,どちらの親権者たる親と同居するかなどをめぐり,親権者同士の間で争いが生じ得るものと考えられ,要するに,父と母との間に争いがある限り,所を変えて紛争が継続するだけではないかと考えられる。そうすると,前記イ(イ)で説示したとおり,本件規定によって原告が主張するような不合理な事態が生じているということは,国会において,親権制度の在り方を検討するに際し,検討されるべき事情の一つとなるべきものであるが,本件規定の内容が立法目的との間で合理的な関連性を有するということを直ちに揺るがすものではない。」
(2) しかしながら,まず原判決は,「しかし,単独親権制度を採用する現行法の下でも,父又は母であることに変わりがない以上,親権者の変更の申立て等が可能であるから,親権者となった他方親等の虐待から子を保護する権利が奪われるわけではなく,その制度に十全な実効性がないことは,その制度自体の問題であると考えられ,親権者となったからといって,実効性が担保された制度が整備されない限り,その実態が直ちに異なるものになるとは解されない。」と判示したが,上でも引用したように,二宮周平『多様化する家族と法Ⅱ』(株式会社朝陽会,2020年)47-49頁(甲43)において,以下のように,民法819条2項(本件規定)の問題点が指摘されている。
「3 単独親権の問題点と共同親権の可能性
したがって,父母双方が子の親権者でありたいと思い,調停や審判になった場合には,お互いの監護能力の優劣を争う。そのために過去の言動を事細かに指摘して相手方の人格を誹謗中傷する。監護実績を作るために子との同居を確保し,別居親に会わせない,実力行使で子を連れ去るといった事態が生じることがある。親権者になれないと,子と会うことができなくなるのではないかという不安が,親権争いをより熾烈にする。子は父母の深刻な葛藤に直面し,辛い思いをする。
離婚に詳しい弁護士は,離婚紛争にあっても,「父母がそれぞれ,子に対してその責任や役割をどう果たしていくべきか」と発想する前に,「いずれが親権者として適当か」の熾烈な争いを招く現行法の枠組みは,時代に合わないと指摘する。」
この文献(甲43)において,「監護実績を作るために子との同居を確保し,別居親に会わせない,実力行使で子を連れ去るといった事態が生じることがある。親権者になれないと,子と会うことができなくなるのではないかという不安が,親権争いをより熾烈にする。子は父母の深刻な葛藤に直面し,辛い思いをする。」と指摘されているように,現在の裁判実務では,子の親権者の決定の判断では,監護実績こそが最重要視されるのであり,別居親が親権者変更を申し立ててそれが認められる可能性は極めて小さい。とすると,原判決は「しかし,単独親権制度を採用する現行法の下でも,父又は母であることに変わりがない以上,親権者の変更の申立て等が可能であるから,親権者となった他方親等の虐待から子を保護する権利が奪われるわけではなく,」と判示したが,監護実績を重視する現在の裁判実務を前提とすると,離婚により非親権者となった親(その結果子と別居した親)が,「親権者変更制度」を用いて親権者となる可能性自体が極めて小さいことを意味している。それはつまり,離婚により非親権者となった親が,「親権」を用いて子を救うことができる可能性自体が極めて小さいことを意味しているのである。
また,同文献(甲43)において,「別居親に会わせない」と指摘されているように,離婚により非親権者となった親が,子と面会交流ができるかどうかは,親権者である同居親の意向に従わざるをえないし,仮に裁判所で面会交流調停や審判を行っても,認められる面会交流はせいぜい月に1回数時間程度である。そのことにより,離婚により非親権者となった親はより一段と監護実績を積むことができず,その結果「親権者変更制度」を用いて子を救うことができる可能性がより減少することを意味している。
付言すると,それらのことは,離婚により非親権者となった親が,面会交流という機会により子が虐待を受けていることを知ることができる手段自体が極めて限られていること(制限されていること)を意味している。
それはつまり,原判決は25頁で「しかし,これらの人格的な利益と親権との関係についてみると,これらの人格的な利益は,離婚に伴う親権者の指定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利等を失うことにより,当該人格的な利益が一定の範囲で制約され得ることになり,その範囲で親権の帰属及びその行使と関連するものの,親である父と母が離婚をし,その一方が親権者とされた場合であっても,他方の親(非親権者)と子の間も親子であることに変わりがなく,当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にとっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。」と判示したものの,民法819条2項(本件規定)が採用する離婚後単独親権制度のために,離婚後に子の親権者となることを希望する両親により激しい親権争いが生じて,その結果,原判決が「失われるべきものでもない。」と判示した親が子を養育するという親にとっても子にとっても人格的利益である関係自体が失われていることを意味している。それは,民法819条2項(本件規定)が採用する離婚後単独親権制度に合理性がないことを意味することである。
さらに,原判決は「その制度に十全な実効性がないことは,その制度自体の問題であると考えられ,親権者となったからといって,実効性が担保された制度が整備されない限り,その実態が直ちに異なるものになるとは解されない。」と判示したが,子の福祉を保護することが憲法の要請である以上(最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)),その憲法が要請する子の福祉を保護する法制度の整備が,国会(国会議員)の立法義務として憲法上課されていることは明白である。
繰り返しになるが,子の福祉の実現が憲法の要請である以上(最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)),虐待等の子の福祉を害する事態から子を守るための可能性が離婚後単独親権制度よりも離婚後共同親権制度の方がより高いのであれば,当然に国会(国会議員)は離婚後共同親権制度を選択するべき立法義務が憲法上認められることは明白である。上でも述べたように,子の福祉の実現は憲法の要請だからである(最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟))。1人でも多くの子を救うことは,少数派の人権救済規範である憲法の目的だからである。そして,より制限的でない人権保障の方法がある場合には,現在の法律制度は違憲となるのである。
(3) ア さらに原判決は,「また,原告が主張するその余の不合理な事態についても,仮に共同親権制度を採用したとしても,離婚後の親権者たる父と親権者たる母が子の養育について協力関係を構築し,その養育について適時,適切な合意をしない限り,どちらの親権者たる親と同居するかなどをめぐり,親権者同士の間で争いが生じ得るものと考えられ,要するに,父と母との間に争いがある限り,所を変えて紛争が継続するだけではないかと考えられる。」と判示したが,子の福祉を保護することが憲法の要請である以上(最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)),その憲法が要請する子の福祉を保護する法制度の整備が,国会(国会議員)の立法義務として憲法上課されていることは明白である。原判決が判示したように,「要するに,父と母との間に争いがある限り,所を変えて紛争が継続するだけではないかと考えられる。」から,国会(国会議員)の立法義務が免ぜられるのではない。上でも述べたように,最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)は,子の福祉の保護こそが憲法の要請であり,子の福祉の保護の要請を親同士の不都合(紛争)を理由に制限することは許されないとした立場の判決である
上でも述べたように,最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)は,女性の再婚禁止期間の目的についての判示において,「父子関係の重複を回避し,もって父子関係をめぐる紛争を予防する」ことにある,と判示した。最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)は,そこに「もって」という言葉を入れることで,父子関係の重複を回避することだけが女性の再婚禁止期間の目的であり,それは未成年者子の福祉や未成年者子の保護のために設けられた規定であって,それを超えて親や家族の不都合いう面を考慮に入れて女性の再婚禁止期間を長くすることは許されない,と判示したのである(まきみさき巻美矢紀「憲法と家族―家族法に関する二つの最高裁大法廷判決を通じて」長谷部恭男編『論究憲法』335頁4項(甲24)では,最高裁判所大法廷平成27年(2015年)12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)について,「こうして紛争の未然防止はあくまで父性推定の重複回避との関係で意味をもつにすぎなくなり,独自の意義を失い,またそれにより,立法の第一次的な受益者も子どもに限定されることになったのである。」と指摘されている。)。
つまり最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)は,「親子法は子の福祉や子の保護のためにあるのであり,親の不都合を防止するための制度ではない」ということを確認したことになる。
とすると,この最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)の立場から民法819条2項(本件規定)を評価すると,裁判離婚をした夫婦について単独親権者を定める現行の民法819条2項(本件規定)は,明らかに離婚後の親の不都合(子の親権行使のために,離婚した元配偶者と関わることで生じる不都合)を防ぐための制度であり,その結果親権を失った親が子に対する保護権を行使することができなくなることや,親権を失った親と子がほとんど会えなくなることで生じる,子の福祉や子の保護について生じる「子の不利益」を考慮していないことは明白である。
その意味で民法819条2項(本件規定)は,立法目的において「子の福祉や子の保護」という親子法の理念と矛盾し,かつ手段においても必要以上に親の子に対する親権を全面的に失わせ,親から子への保護権を否定し,親と子との交流を否定するものである。本来は夫婦関係の解消のための制度であるはずの離婚に際して,そのような親子間の断裂を生むことを憲法が容認しているはずがない。最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)の立場からすると,民法819条2項(本件規定)の立法目的に合理性が認められないことは明白である。
イ さらに,原判決が「また,原告が主張するその余の不合理な事態についても,仮に共同親権制度を採用したとしても,離婚後の親権者たる父と親権者たる母が子の養育について協力関係を構築し,その養育について適時,適切な合意をしない限り,どちらの親権者たる親と同居するかなどをめぐり,親権者同士の間で争いが生じ得るものと考えられ,要するに,父と母との間に争いがある限り,所を変えて紛争が継続するだけではないかと考えられる。」と判示した点に理由がないことは二重の意味で明白である。なぜならば,それは離婚後共同親権制度を採用した上で,共同親権者である父母の意見が一致しない場合のための手続規定(解決制度)を法律で設ければ良いだけのことだからである。現在の離婚前共同親権制度についても,共同親権者である父母の意見が一致しない場合のための手続規定(解決制度)を法律で設けていないことが,「立法の不備」であることが,以下のように指摘されているからである。その「立法」を離婚後共同親権制度の採用と同時に行えば原判決の懸念は解消されるのである。
①『論点体系 判例民法9 親族』(第一法規,第2版,平成25年)384頁(甲37)において,民法818条3項が規定する夫婦の共同親権の解説として「親権行使について父母の意見が一致しない場合の取り得る手続きについては、現行法は何も規定しておらず、立法の不備であると指摘されている。」と記載されている。
②大村敦志『家族法』(有斐閣,第3版,2010年)102頁(甲38)において,民法818条3項が規定する夫婦の共同親権の解説として,「(イ)親権行使の方法 それでは,このような親権を現実に行使するのは誰か。嫡出子の場合には,父母の婚姻中は,父母が共同して親権を行使するのが原則である(民法818条3項)。ただし,共同行使ができない場合には単独行使が許される(同項但書)。民法は,父母の意見が一致しない場合の取扱いについては沈黙している。諸外国の法では,このような場合に対応するための規定を置いている例が多い(フランスやドイツでは最終的には裁判所の決定にゆだねている)。日本でも,立法論としては規定を置くことが必要だといわれている。」と記載されている。
つまり,現行の民法818条3項は,「親権は,父母の婚姻中は,父母が共同して行う。」と規定する一方で,その共同して行うこととされている親権行使について,父母の意見が一致しない場合の手続規定を,何も設けていないのである(それはまさに,「立法の不備」である。)。諸外国では離婚後共同親権制度を採用した上で,両親の意見が対立した際の解決規定を設けており,その運用に何ら問題はない(だからこそ世界中のほとんどの国で離婚後共同親権制度が採用されているのである。)のだから,「離婚後に両親の意見が一致しない可能性がある。」との理由が,離婚後単独親権制度の合理性の根拠とならないことは明白である。
その意味で民法819条2項(本件規定)は,立法目的と手段との間に実質的関連性を有していないことは明白であり,合理的な理由のない区別として憲法14条1項に違反していることは明白である。
9(1) 原判決は,以下のとおり判示した(35-36頁)。
「(エ) 原告は,本件規定により離婚後に子の親権者が単独となることで,社会において「ひとり親」との呼称が生まれ,離婚をした父母の子に対する差別,偏見を助長する結果を生んでいるから,本件規定が合理性を欠いていると主張する。
しかし,父母が離婚をしたとしても,子にとって父と母が存在することに変わりはないのであって,「ひとり親」との呼称は,人それぞれの使い方にも寄ろうが,現在における一般的な使用方法は,子と共同生活を送り,その中で実際面での養育に当たっている親が一人であることを指す言葉ではないかと解され,これは,親たる父又は母の一方が子と同居することがなくなったという状況に対して使われるもので,何も本件規定によって親権者が父母のうち一方であるという状況に限って使われるものではないのではないかと考えられる。そうすると,このような呼称を使用することが適切か否かは別として,本件規定を改廃し,離婚をした父母の双方を親権者とすることとなったからといって,父母が離婚をし,同居生活が解消されるという状況が生じる限り,その呼称に直ちに変化が生じると認めることは困難であり,本件規定が裁判上の離婚をした父母の子に対する差別,偏見を助長しているものと断ずることもできない。そうすると,原告が主張するような事情が,本件規定の内容が立法目的との間で合理的な関連性を有すということを直ちに揺るがすものではない。」
(2) しかしながら,原判決は,「「ひとり親」との呼称は,人それぞれの使い方にも寄ろうが,現在における一般的な使用方法は,子と共同生活を送り,その中で実際面での養育に当たっている親が一人であることを指す言葉ではないかと解され,これは,親たる父又は母の一方が子と同居することがなくなったという状況に対して使われるもので,何も本件規定によって親権者が父母のうち一方であるという状況に限って使われるものではないのではないかと考えられる。」と判示したが,離婚前の両親が別居している状態で,片親と同居している子を「ひとり親」とは呼ばないことは公知の事実である。「ひとり親」とは,あくまでも離婚後単独親権となった状態の子を呼ぶ呼称であることは明白である。
そのことは,神原文子「ひとり親家族と社会的排除」(甲52)の12頁に,「2003年厚生労働省の『平成15年度全国母子世帯等調査結果報告書』(以下,『全国母子世帯調査』と略記する)によると,母子世帯数は1,225,400世帯(全世帯数の2.7%)で,1998年度調査より28%の増加,父子世帯数は173,800世帯(全世帯数の0.4%)で,1998年度調査より6%の増加となっている。ひとり親世帯になった理由をみると,母子世帯の場合は,離婚978,500世帯(80%),死別147,000世帯(12%),未婚の母70,500世帯(6%),父子世帯の場合は,離婚128,9000世帯(74%),死別33,400世帯(19%)である。」とされて,「ひとり親世帯」に「離婚前別居中の親」が含まれていないことからも明白である。
(3) すると,控訴人が準備書面(5)の21頁以下「第2」で主張したように,離婚後単独親権制度を採用している民法819条2項(本件規定)は,「ひとり親」という呼び方を社会で生んでいること,その結果,「ひとり親」の子であるとして,子が差別を受けていることなど,子の基本的人権を侵害する事態を生んでいる点で合理性がなく,憲法13条,憲法14条1項,憲法24条2項に違反することは明白である。
控訴人は改めて主張を行うが,最高裁大法廷平成25年9月4日決定は,当時の民法900条4号但書が規定していた,非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1とする規定について,15名の裁判官全員一致の意見により,違憲であると判断した。その理由の要旨は以下のとおりである。
「①戦後,日本では家族の形や結婚,家族に対する意識が多様化していること,②法定相続分の平等化の問題も早くから意識され,平等とする旨の法改正案が作成されるなど,法改正準備が進められたこと。その法案の国会提出には至らず,改正は実現していないが,民法の規定の合理性は,個人の尊厳と法の下の平等を定める憲法に照らし,非嫡出子の権利が不当に侵害されているか否か,という観点から判断されるべき法的問題であること,③国連の委員会は,日本の差別的規定を問題にして,法改正の勧告等を繰り返してきたこと,④海外でも1960年代から相続差別廃止が進んだこと。⑤子が自ら選び,正せない事柄を理由に不利益を及ぼすことは許されない,との考えが確立されてきていること,⑥以上を総合すれば,遅くとも本件の相続が開始した2001年7月当時,立法府の裁量権を考慮しても,嫡出子と非嫡出子の法定相続分を区別する合理的根拠は失われており,規定は憲法14条1項に違反していたというべきである。」
この最高裁大法廷平成25年9月4日決定の立場を,本件に当てはめると,以下のようになるはずである。
「①戦後,日本では家族の形や結婚,家族に対する意識が多様化していること,②それにも拘わらず,離婚後単独親権制度を採用している民法819条により離婚後単独親権となった家庭は,社会から「ひとり親」と呼ばれ,その差別が社会問題とされていること,「ひとり親」の子は,就職や結婚において,差別されることが指摘されてきたこと,民法の規定の合理性は,個人の尊厳と法の下の平等を定める憲法に照らし,離婚後の子の権利が不当に侵害されているか否か,という観点から判断されるべき法的問題であること,③国連の委員会は,日本の差別的規定(離婚後単独親権制度)を問題にして,法改正の勧告を行っていること,④海外では,離婚後共同親権制度を採用する国が大部分であり,離婚後単独親権制度を採用する国は極めて少数であること,⑤子が自ら選び,正せない事柄を理由に不利益を及ぼすことは許されない,との考えが確立されてきていること,⑥以上を総合すれば,離婚後単独親権制度を採用している民法819条2項は,「ひとり親」という呼び方を社会で生み,その結果,「ひとり親」の子が差別や不利益を受ける原因となり,子の基本的人権が侵害される事態を生んでいる点において,立法府の裁量権を考慮しても合理的根拠は失われており,規定は憲法13条,憲法14条1項,憲法24条2項に違反しているというべきである。」
以上により,離婚後単独親権制度を採用している民法819条2項(本件規定)は,「ひとり親」という呼び方を社会で生み,その結果,「ひとり親」の子であるとして,子が差別を受けている点において,その結果子の基本的人権を侵害する事態を生んでいる点において合理性がなく,憲法13条,憲法14条1項,憲法24条2項に違反することは明白である。
10(1) 原判決は,以下のとおり判示した(36頁)。
「(オ) 原告は,本件規定により親権を失った父母の一方が,他方の単独親権者の再婚相手と自らの実子の養子縁組についての承諾をする立場になく,かかる養子縁組には家庭裁判所の許可も不要であるところ,父母の離婚後に単独親権者,その再婚相手によって実子が虐待される事例が報道されていることを指摘し,本件規定により親が実子の利益を保護することができない事態が生じていると主張する。
しかし,親権を失った父母の一方が,面会交流等を通じて実子を見守る中で,実子の利益のために必要がある場合に親権者の変更を申し立てて自らが親権者となることもできるから,本件規定によって離婚後の親による実子の保護が不可能になっているものではない。また,原告が主張するような事態は,離婚をした父母の双方を親権者とすることにより果たしてどこまで実効的な解決が可能であるかについて疑問もないわけではない。また,前記第2の2の前提事実(以下「前提事実」という。)(2)エ(エ)及び同オの,養子縁組について権限のある当局の関与を求める旨の児童の権利に関する条約の規定及び児童の権利委員会の勧告も,締約国である我が国に対してそれにそった検討を促す趣旨のものというべきである。そうすると,前記イ(イ)で説示したとおり,本件規定によって原告が主張するような不合理な事態が生じているということは,国会において,親権制度の在り方を検討するに際し,養子縁組の在り方を含めて検討されるべき事情の一つとなるべきものであるが,本件規定の内容が立法目的との間で合理的な関連性を有すということを直ちに揺るがすものではない。」
(2) しかしながら,まず原判決は,「しかし,親権を失った父母の一方が,面会交流等を通じて実子を見守る中で,実子の利益のために必要がある場合に親権者の変更を申し立てて自らが親権者となることもできるから,本件規定によって離婚後の親による実子の保護が不可能になっているものではない。」と判示したが,二宮周平『多様化する家族と法Ⅱ』(株式会社朝陽会,2020年)47-49頁(甲43)において,「監護実績を作るために子との同居を確保し,別居親に会わせない,実力行使で子を連れ去るといった事態が生じることがある。親権者になれないと,子と会うことができなくなるのではないかという不安が,親権争いをより熾烈にする。子は父母の深刻な葛藤に直面し,辛い思いをする。」と指摘されているように,民法819条2項(本件規定)が激しい離婚後の子の親権争いを生み,現在の裁判実務で,子の親権者の決定の判断について,監護実績が最重要視される結果,子を監護している同居親が,別居親と子との面会を行わせない(別居親に会わせない)という事態が生じているのである。それは,原判決が「しかし,親権を失った父母の一方が,面会交流等を通じて実子を見守る中で,実子の利益のために必要がある場合に親権者の変更を申し立てて自らが親権者となることもできるから,」という判示部分の前提が,民法819条2項(本件規定)そのものにより失われていることを意味している。
それは,離婚が成立した後も同様である。離婚により非親権者(別居親)となった親が,子と面会交流ができるかどうかは,親権者である同居親の意向に従わざるをえない。仮に裁判所で面会交流調停や審判を行っても,認められる面会交流はせいぜい月に1回,数時間程度である。それは,離婚により非親権者(別居親)となった親が,面会交流という機会により子が虐待を受けていることを知る手段と機会自体が極めて限られていることを意味している。
さらに言えば,上で引用した文献(甲43)で指摘されているように,現在の裁判実務で,子の親権者の決定の判断について,監護実績が最重要視される結果,別居親(子との監護実績がない親)が親権者変更を申し立てても,それが認められる可能性は極めて小さい。とするとそれは,離婚により非親権者(別居親)となった親が,「親権」(親権者変更制度)を用いて子を救うことができる可能性自体が極めて小さいことを意味している。
そして何よりも,原判決は「しかし,親権を失った父母の一方が,面会交流等を通じて実子を見守る中で,実子の利益のために必要がある場合に親権者の変更を申し立てて自らが親権者となることもできるから,本件規定によって離婚後の親による実子の保護が不可能になっているものではない。」と判示したが,離婚して親権者となった実親の一方が再婚し,子がその再婚相手と養子縁組をして当該実親と養親の共同親権に服する場合,民法819条6項に基づく親権者の変更をすることはできないのである(最高裁平成26年4月14日決定)。それは,民法819条2項(本件規定)が採用する離婚後単独親権制度は,離婚により一度子に対する親権を失った場合は,二度とその親権を回復することができなくなる可能性があることを示している(それは,原判決の「しかし,親権を失った父母の一方が,面会交流等を通じて実子を見守る中で,実子の利益のために必要がある場合に親権者の変更を申し立てて自らが親権者となることもできるから,本件規定によって離婚後の親による実子の保護が不可能になっているものではない。」の判示は,その前提が最高裁平成26年4月14日決定と適合していないことを意味している。)。そしてそれは,離婚により一度子に対する親権を失った親は,親権を用いて子を救済する手段そのものを失う可能性があることを意味することである。それが子の福祉を害することは明白である。
その意味で民法819条2項(本件規定)は,立法目的と手段との間に実質的関連性を有していないことは明白であり,合理的な理由のない区別として憲法14条1項に違反していることは明白である。
(3) また原判決は,「また,原告が主張するような事態は,離婚をした父母の双方を親権者とすることにより果たしてどこまで実効的な解決が可能であるかについて疑問もないわけではない。」と判示したが,上でも述べたように,子の福祉の実現が憲法の要請である以上(最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)),虐待から子を守るための可能性が離婚後単独親権制度よりも離婚後共同親権制度の方がより高ければ,国会(国会議員)は離婚後共同親権制度を選択するべき立法義務が憲法上認められることは明白である(1人でも多くの子を救うことは,少数派の人権救済規範である憲法の目的だからである。より制限的でない人権保障の方法がある場合には,現在の法律制度は違憲となるのである。)。
(4) さらに原判決は,「また,前記第2の2の前提事実(以下「前提事実」という。)(2)エ(エ)及び同オの,養子縁組について権限のある当局の関与を求める旨の児童の権利に関する条約の規定及び児童の権利委員会の勧告も,締約国である我が国に対してそれにそった検討を促す趣旨のものというべきである。」と判示したが,日本が締約国となっている条約の内容や,その条約機関から日本に対して出された法改正を求める勧告は,日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実として存在していることは,控訴人が既に指摘したところである(甲4号証32頁,甲5号証6頁)。「養子縁組について権限のある当局の関与を求める旨の児童の権利に関する条約の規定及び児童の権利委員会の勧告」は,原判決が判示するように,単なる「締約国である我が国に対してそれにそった検討を促す趣旨のもの」ではなく,日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実であり,それが国会(国会議員)の立法義務の根拠となる存在である。
そして,控訴人が既に主張したように,民法819条2項(本件規定)により離婚後単独親権者となった者が,子を養子縁組させることについて,離婚により子の親権を失った親は拒否することはできない(民法797条1項)。離婚後に単独親権者となった者が再婚し,再婚相手が子と養子縁組を行い親権者となることを拒否することもできない(民法798条但書)。それが子の最善の利益に反する養子縁組でも拒否することはできない(なお,離婚して親権者となった実親の一方が再婚し,子がその再婚相手と養子縁組をして当該実親と養親の共同親権に服する場合,民法819条6項に基づく親権者の変更をすることはできない(最高裁平成26年4月14日決定)。)。それは,児童の養子縁組に公的機関が関与することを求める児童の権利条約21条(a)や子どもの権利委員会勧告30条(甲8の1,甲8の2)に反することである。
民法819条2項(本件規定)を改正して離婚後共同親権制度とされた場合,それは児童の権利条約21条(a)が規定する「児童の養子縁組が権限のある当局によってのみ認められることを確保する。」ことそのものが実現されるわけではないが,子にとって不当な養子縁組が行われてしまうことを防ぐ手段となるという意味で,児童の権利条約21条や子どもの権利委員会勧告30条(甲8の1,甲8の2)の趣旨に合致することになる。
それらの点で民法819条2項(本件規定)は,立法目的と手段との間に実質的関連性を有していないことは明白であり,合理的な理由のない区別として憲法14条1項に違反していることは明白である。
11(1) 原判決は,以下のとおり判示した(36-37頁)。
「(カ) 原告は,児童の権利委員会が日本に対して共同親権制度の導入を求める勧告をしていること,諸外国において離婚後の共同親権制度を採用している国,及び離婚後の単独親権制度が法の下の平等を定めた憲法の規定に違反するとの判断を示した国があることが,それぞれ憲法の解釈に影響を与える立法事実として考慮されるべきであり,また,海外24か国の調査対象国のうち離婚後の共同親権が認められていない国がインドとトルコのみで,離婚後の共同親権が国際的に広く認められていること,調査対象国のほとんどで,離婚後に子が父母の一方の単独親権に服する場合に,他方の親の面会交流が適切に行われているかについて公的機関による監視等の支援制度が設けられていることも,本件規定の憲法適合性の解釈に影響を与える立法事実として考慮されるべきものと主張する。
しかし,前記イ(イ)で説示したとおり,原告が主張するような事情は,国会において,親権制度の在り方を検討するに際し,検討されるべき事情の一つとなるべきものではあるが,現在は,離婚後の子に対する共同親権を,又は共同親権の選択を認めるか否かについては,国家機関による親子関係への後見的な助力の在り方を含め,これを国会による合理的な裁量権の行使に委ね,その行使を待つ段階にとどまるというべきである。」
(2) しかしながら,最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)は,当時の民法733条で6箇月とされていた女性の再婚禁止期間の内,100日を超える部分を違憲とした理由を,外国法を引用した上で,次のように判示している。それは,諸外国の立法の動向が,日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実であることを示している。その点で,原判決が「検討されるべき事情の一つとなるべきものではあるが,」と判示した点は,最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)の立場と合致していないことは明白である。
「また,かつては再婚禁止期間を定めていた諸外国が徐々にこれを廃止する立法をする傾向にあり,ドイツにおいては1998年(平成10年)施行の「親子法改革法」により,フランスにおいては2005年(平成17年)施行の「離婚に関する2004年5月26日の法律」により,いずれも再婚禁止期間の制度を廃止するに至っており,世界的には再婚禁止期間を設けない国が多くなっていることも公知の事実である。それぞれの国において婚姻の解消や父子関係の確定等に係る制度が異なるものである以上,その一部である再婚禁止期間に係る諸外国の立法の動向は,我が国における再婚禁止期間の制度の評価に直ちに影響を及ぼすものとはいえないが,再婚をすることについての制約をできる限り少なくするという要請が高まっていることを示す事情の一つとなり得るものである。」
また,上でも述べたように,日本が締約国となっている条約の内容や,その条約機関から日本に対して出された法改正を求める勧告は,日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実として存在している(甲4号証32頁,甲5号証6頁)。その点においても,原判決が「検討されるべき事情の一つとなるべきものではあるが,」と判示した点は,それらの裁判例(甲4号証32頁,甲5号証6頁)の立場と合致していないことは明白である。
つまり,諸外国の立法の動向や,日本が締約国となっている条約の内容や,その条約機関から日本に対して出された法改正を求める勧告は,日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実として存在しているのであり,原判決が判示したように,単に「国会において,親権制度の在り方を検討するに際し,検討されるべき事情の一つとなるべきもの」となるだけの存在ではないことは明白である。
12(1) 原判決は,以下のとおり判示した(37-38頁)。
「(キ) 原告は,平成23年に衆議院及び参議院の各法務委員会において離婚後の共同親権制度の可能性について検討する旨の附帯決議がされたこと,平成30年7月に翌年にも法務大臣が親権制度の見直しについて法制審議会に諮問する見通しである旨の報道がされたこと等から,本件規定が合理性を欠くに至っていることが明らかであると主張する。
しかし,認定事実(2)の各事実及び(3)の各報道内容をみても,衆議院及び参議院の各法務委員会における附帯決議,法務大臣による法制審議会への諮問の検討等が,本件規定が合理性を欠くに至っていることを理由にされたものであると直ちに認めることは困難であり,このような事実があるからといって,本件規定が合理性を欠くに至っているということはできない。」
(2) しかしながら,認定事実(2)の各事実及び(3)の各報道内容はいずれも,現在の民法819条2項(本件規定)が種々の問題を生んでいる制度であることを前提にして,その解決のために離婚後共同親権制度の導入の検討が必要であることを示している内容である。それらは,民法819条2項(本件規定)が不合理な規定であること(不合理であるからこそ,離婚後共同親権制度の導入の検討が必要であること)を示す事実である。
特に,認定事実(2)のオは,法務省民事局の令和2年4月公表のG20を含む24か国の離婚後の親権制度や子の養育の在り方に関する法制度及びその運用状況についての基本的調査の結果では,対象国のうち20か国で離婚後の親権は父母が共同で行使するという制度が採用されており,離婚後の共同親権制度を採用しない国及び父母の裁判上の離婚後は原則として単独親権に服するという制度を採用している国は,インド,韓国,サウジアラビア,トルコの4か国であることが判明している。それは,日本が採用している離婚後単独親権制度が,「国際的に見て極めて少数派の国しか採用していない制度」であり,その意味で「国際的の多くの国で合理性を否定されている制度」との評価を受けていることを如実に示している。
また,認定事実(2)のカは,自由民主党政務調査会が,令和2年6月25日付けで発表した提言において,父母が離婚する場合であっても,子が父母の十分な情愛の下で養育されることが子の成長にとって重要であるとして,離婚後の親権制度の在り方について諸外国の取組みに学びつつ検討を進める旨が記載されている内容である。それは,日本が採用している離婚後単独親権制度が,日本の国会(国会議員)の与党である自由民主党においても,合理性が認められない制度であり,制度そのものの改正が必要であるとの評価を受けていることを如実に示している。
以上からすると,認定事実(2)の各事実及び(3)の各報道内容は,民法819条2項(本件規定)が合理性が認められない制度であり,制度そのものの改正が必要であるとの評価を受けていることを如実に示していることは明白である。
13(1) 原判決は,以下のとおり判示した(38頁)。
「(ク) 原告は,外国で離婚をした父母が離婚後も共同親権者として戸籍に記載され得るのに対し,本件規定により日本で裁判上の離婚をした父母がいずれか一方しか戸籍上の親権者となることができないことが差別的取扱いであると主張する。
しかし,離婚後の共同親権制度を採用している外国で離婚をした父母が離婚後も日本の戸籍上で共同親権者として記載されるのは,当該外国法に基づく判決が,民訴法118条が定める要件を満たして承認された結果にすぎず,本件規定がその文言上,外国で離婚をした父母と日本で離婚をした父母との間で法的な差別的取扱いを定めているわけではく,本件規定自体に父母が離婚をした地による形式的な不平等が存在するわけではない。
エ 以上で説示したところによれば,本件規定が憲法14条1項に違反することが明白であるということはできない。」
(2) しかしながら,参議院第198回国会(常会)で真山勇一議員の「離婚後共同親権制度を採用している外国の裁判所で「共同親権」の判決等を受けた,双方又は一方が日本国籍を有する離婚した夫婦及びその子は,我が国の戸籍にどのように記載されるか。」との質問に対して,政府は「「その子」に係る戸籍に「夫婦」が親権者として定められた旨が記載される。」と回答した。
つまり,離婚後共同親権制度を採用している外国で離婚をし,離婚後も共同親権者となった親は,離婚後も子の共同親権者であると同時に,日本の戸籍上も,子の共同親権者として記載されるのである(親権者「父母」と記載される。)。
この点につき原判決は,「離婚後の共同親権制度を採用している外国で離婚をした父母が離婚後も日本の戸籍上で共同親権者として記載されるのは,当該外国法に基づく判決が,民訴法118条が定める要件を満たして承認された結果にすぎず,本件規定がその文言上,外国で離婚をした父母と日本で離婚をした父母との間で法的な差別的取扱いを定めているわけではく,本件規定自体に父母が離婚をした地による形式的な不平等が存在するわけではない。」と判示したが,離婚後共同親権制度を採用している外国で離婚をし,離婚後も共同親権者となった親は,日本の戸籍上も,離婚後共同親権者として記載され,そしてそのことにより,日本の社会では何等混乱は生じていないのである。それは,日本の社会で離婚後共同親権制度を採用しても,何等混乱が生じないことを意味している。
そして,同じ日本の戸籍制度であるにも拘わらず,日本で離婚をした者については単独親権者が定められ,親権を失った親は戸籍上子の親権者として記載されることはない。
それにも拘わらず,外国で離婚をした者については共同親権者としての記載が戸籍上記載されることは,何等合理性のない区別である。
その観点からしても,民法819条2項(本件規定)が,原告が訴状と本書面で述べたように,憲法13条,憲法14条1項及び憲法24条2項に反することは明白である。
(3) この点につき,子からすると,親が日本で離婚をしたか外国で離婚をしたかは子の意思や努力ではどうしようもない事柄であるにも拘わらず,外国で離婚をした者については共同親権者としての記載が戸籍上記載されていることは,何等合理性のない区別である。
非嫡出子相続分についての最高裁平成25年9月4日決定は,「子が自ら選び,正せない事柄を理由に不利益を及ぼすことは許されない」と判示している。それにも拘わらず,親が外国で離婚した場合には日本法上も共同親権となり子は両親の親権を受けることができるのに対して,親が日本で離婚した場合には片親からの親権しか受けられず,両親からの親権の享受を認めないとすることは,「子が自ら選べない事柄について不利益を課すこと」に該当することは明白である。
その観点からしても,民法819条2項(本件規定)が,原告が訴状と本書面で述べたように,憲法13条,憲法14条1項及び憲法24条2項に反することは明白である。
(4) 付言すると,控訴人が訴状13頁で引用したように,常葉大学教育学部紀要<報告>第38号2017年12月409-425頁大森貴弘「翻訳:ドイツ連邦憲法裁判所の離婚後単独親権違憲判決」の425頁(甲7)では,「現在では,ヨーロッパ全域,アメリカ合衆国,ロシア,中国,韓国等でも離婚後共同親権が導入されている。今や日本は先進国で離婚後単独親権を取る唯一の国となった。」と指摘されている。
すると,同一の取扱いがされるべき日本における戸籍制度の中で,親が外国で離婚した場合には子について共同親権となるのに対して,親が日本で離婚した場合には子について単独親権となることは,親の人権の観点から言えば,「人権とは人が人であることで当然に得られる権利であり,国により初めて与えられたものではなく,憲法により初めて与えられたものでもない。」という人権保障の理念と,「人権とは人が人であることで当然に得られる権利である。だから,どの国で生活をしても,同じ人権が享受できなければならない。」という人権の国際的保障の理念のいずれにも反していることは明白である。
14(1) 原判決は,以下のとおり判示した(38-39頁)。
「(4) 憲法24条2項違反について
原告は,親が子の成長と養育に関わることが,それを希望する者にとって幸福の源泉となるという意味において憲法上尊重されるべき人格的利益であることが明らかであり,本件規定が,少なくとも憲法上尊重されるべき人格的利益である親権等について,夫婦であった父と母との間等で合理的な理由なく差別的取扱いをしており,個人の尊厳と両性の本質的な平等の要請とに照らして合理性を欠いた規定であるから,国会の立法裁量の範囲を超えており,憲法24条2項に違反していると主張する。
しかし,本件規定の内容及びその趣旨並びに単独親権制度を採用していることにより生ずる影響等は,前記(3)で説示したとおりであり,同説示によれば,本件規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるとは認められない。
したがって,本件規定が憲法24条2項に違反していることが明白であるとはいえない。
なお,原告は,親権が,両性の本質的平等を定めた憲法24条1項によっても保障されていると主張するが,同項は,「婚姻は,両性の合意にのみに基づいて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により維持されなければならない。」と規定しているところ,これは,婚姻をするかどうか,いつ誰と婚姻をするかについては,当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであり,その婚姻生活の維持も,当事者間の平等を基本とし,当事者の相互の協力により維持されなければならないという趣旨を明らかにするものと解され,少なくとも同項が,離婚後の父と母の双方に親権を保障するものと解することは困難である。」
(2) しかしながら,親が子の成長と養育に関わることが,それを希望する者にとって幸福の源泉となるという意味において憲法上尊重されるべき人格的利益であることが明らかであり(原判決25頁も「親である父又は母による子の養育は,子にとってはもちろん,親にとっても,子に対する単なる養育義務の反射的な効果ではなく,独自の意義を有するものということができ,そのような意味で,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができる。」と判示している。),そこに親の子に対する親権が含まれることは明白である。
なぜならば,親が子に対して少なくとも人格的利益である親権を行使することは,単なる養育関係を越えて,親子関係に関する法律上の決定を行い,その法律上の効果を生む点において,より重要な効果を親と子に与えるからである。
さらに言えば,単なる親が子を養育する関係と比較すると,親による親権の行使を通して,親と子は互いに,より精神的に緊密な関係へと昇華されるからである。
親が子に対して人格的利益としての親権を行使することは,例えば親が親権者として子と将来の夢を語り合い,進学先の希望を話し合いながら,子が入学する学校を選び,その学校との入学契約を締結することは,「子にとってはもちろん,親にとっても,子を養育し,子の受容,変容による人格形成及び人格発展に自らの影響を与え,次代の人格を形成することを通じ,自己充足と自己実現を図り,自らの人格をも発展させるという関係にある。」という個人の人格的利益を,親権を行使する子と親のそれぞれに享受させることである。
民法819条2項(本件規定)が,少なくとも憲法上尊重されるべき人格的利益である親権等について,夫婦であった父と母との間等で合理的な理由なく差別的取扱いをしており,個人の尊厳と両性の本質的な平等の要請とに照らして合理性を欠いた規定であるから,国会の立法裁量の範囲を超えており,憲法24条2項に違反していることは明白である(この点につき,控訴人が民法819条2項(本件規定)が憲法14条1項に違反していることについて主張した内容は,基本的には憲法24条2項にも該当することを,控訴人は主張するものである。)。
民法819条2項(本件規定)が憲法24条2項に違反していることは,控訴人がこれまでも主張したように,原判決25頁が,「そして,前記(2)イで説示したとおり,親及び子は,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができ,当該人格的な利益は,本件規定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利を失うことにより,一定の範囲で制約され得ることとなるが,親である父と母が離婚をし,その一方が親権者とされた場合であっても,他方の親(非親権者)と子の間も親子であることに変わりがなく,当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にとっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。」と判示して,「親が子を養育することが,親にとっても,子にとっても人格的な利益であり,それは,親の離婚によっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。」としたその「人格的な利益」が,民法819条2項(本件規定)によって,離婚に際しての両親による親権争いなどを生むことで,失われていることは明白である。
(3) なお原判決は,「しかし,本件規定の内容及びその趣旨並びに単独親権制度を採用していることにより生ずる影響等は,前記(3)で説示したとおりであり,同説示によれば,本件規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるとは認められない。したがって,本件規定が憲法24条2項に違反していることが明白であるとはいえない。」と判示したが,上でも述べたように,原判決25頁が「親が子を養育することが,親にとっても,子にとっても人格的な利益であり,それは,親の離婚によっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。」と判示したその「人格的な利益」が,民法819条2項(本件規定)によって,離婚に際しての両親による親権争いなどを生むことで,失われていることからも明白である以上,原判決自身が憲法24条2項について以下のとおり判示していることからすると,民法819条2項(本件規定)が憲法24条2項が国会に与えた立法裁量の限界を逸脱していることは明白である。
原判決は26頁において,以下のように判示をしている。
「なお,離婚に伴う親権者の指定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利等を失うことにより,親及び子がそれぞれ有する上記の人格的な利益に対する一定の範囲での制約については,当該人格的な利益が,憲法が予定する家族の根幹に関わる人格的な利益であると解されるから,我が国の憲法上の解釈としては,後述するとおり,憲法24条2項の「婚姻及び家族に関するその他の事項」に当たる,親権制度に関する具体的な法制度を構築する際に考慮されるべき要素の一つとなり,国会に与えられた裁量権の限界を画すものと位置づけられるのが相当である。」
また原判決は28頁において,以下のように判示をしている。
「(イ) 一方,憲法24条2項は,「婚姻及び家族に関するその他の事柄に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない」と規定するところ,この「婚姻及び家族に関するその他の事項」には,親に対し,どのような形で子の監護及び教育に関する権利等を付与するかということについての法律を定めること,すなわち,親権制度の法整備も含まれていると解される。ここで,婚姻及び家族に関する事項は,国の伝統,国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ,それぞれの時代における夫婦,親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断を行うことによって定められるべきものである。したがって,その内容の詳細については,憲法が一義的に定めるのではなく,法律によってこれを具体化することがふさわしいものと考えられ,憲法24条2項は,このような観点から,婚姻及び家族に関する事柄について,具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねるとともに,その立法に当たっては,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるという要請,指針を示すことによって,その裁量の限界を画したものと解される。さらに,前記(2)イで説示したとおり,親及び子は,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ家族の根幹に関わる人格的な利益を有すということができ,親権の在り方が,当該人格的な利益に関係し,一定の範囲で影響を及ぼし得るものであるから,親権制度に関する具体的な法制度を構築するに当たっては,当該人格的な利益をいたずらに害することがないようにという観点が考慮されるべき要素の一つとなり,国会に与えられた裁量権の限界を画するものと解される。」
(4) 繰り返しになるが,上でも引用した,二宮周平『多様化する家族と法Ⅱ』(株式会社朝陽会,2020年)47-49頁(甲43)において,以下のように,民法819条2項(本件規定)の問題点が指摘されている。
「3 単独親権の問題点と共同親権の可能性
したがって,父母双方が子の親権者でありたいと思い,調停や審判になった場合には,お互いの監護能力の優劣を争う。そのために過去の言動を事細かに指摘して相手方の人格を誹謗中傷する。監護実績を作るために子との同居を確保し,別居親に会わせない,実力行使で子を連れ去るといった事態が生じることがある。親権者になれないと,子と会うことができなくなるのではないかという不安が,親権争いをより熾烈にする。子は父母の深刻な葛藤に直面し,辛い思いをする。
離婚に詳しい弁護士は,離婚紛争にあっても,「父母がそれぞれ,子に対してその責任や役割をどう果たしていくべきか」と発想する前に,「いずれが親権者として適当か」の熾烈な争いを招く現行法の枠組みは,時代に合わないと指摘する。」
この文献(甲43)において,「監護実績を作るために子との同居を確保し,別居親に会わせない,実力行使で子を連れ去るといった事態が生じることがある。親権者になれないと,子と会うことができなくなるのではないかという不安が,親権争いをより熾烈にする。子は父母の深刻な葛藤に直面し,辛い思いをする。」と指摘されているように,また,控訴人が本書面で繰り返し主張したように,民法819条2項(本件規定)の存在により,離婚後に子の親権者となることを希望する親が熾烈な親権争いを繰り広げ,それが子の連れ去りを生み,さらには監護実績の優位を生むための面会拒否を生んでいるのである。さらには,離婚訴訟における親権争いは,当然双方から提出される主張書面において,相手親がいかに子の親権者として不適格であるかが詳細に指摘されることになる。それは両親の関係の悪化を招き,さらにそれで生じるストレスにより子との関係にも悪影響を生んでいるのである。
それは,原判決25頁が「しかし,これらの人格的な利益と親権との関係についてみると,これらの人格的な利益は,離婚に伴う親権者の指定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利等を失うことにより,当該人格的な利益が一定の範囲で制約され得ることになり,その範囲で親権の帰属及びその行使と関連するものの,親である父と母が離婚をし,その一方が親権者とされることに変わりがなく,当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。」と判示した内容に反し,そこで判示されている「親と子それぞれにとっての人格的な利益」を損なう事態であることは明白である。その事態を生んでいるのが,民法819条2項(本件規定)が採用している離婚後単独親権制度なのである。
上で引用した文献(甲43)において,「離婚に詳しい弁護士は,離婚紛争にあっても,「父母がそれぞれ,子に対してその責任や役割をどう果たしていくべきか」と発想する前に,「いずれが親権者として適当か」の熾烈な争いを招く現行法の枠組みは,時代に合わないと指摘する。」と指摘されている内容を,「親と子それぞれにとっての人格的な利益」の保護の観点から再度検討すると明白である。「いずれが親権者として適当か」の熾烈な争いを招いている現在の民法819条2項(本件規定)の枠組みは,明白に「親と子それぞれにとっての人格的利益」を害している。逆に,「父母がそれぞれ,子に対してその責任や役割をどう果たしていくべきか」との理念に基づく離婚後共同親権制度は,「親と子それぞれにとっての人格的利益」を維持し,それを増幅することは明白である。なぜならば,父母がそれぞれ,子に対して,その責任や役割を果たす離婚後共同親権制度では,現在の民法819条2項(本件規定)が採用する「1人の親」が子に対してその責任や役割を果たす制度と比較して,単純に比較しても「1人の親」よりも「2人の親」による責任と役割へと増幅させるからである(なお,原判決は離婚後共同親権制度を採用した場合,両親が親権の行使について意見が合わない場合が生じる可能性があると判示しているが(原判決29-30頁など),そのような場合を想定して,離婚後共同親権制度を採用している諸外国のように,共同親権者である父母の意見が一致しない場合のための手続規定(解決制度)を設ければ足りること,それを設けていないことは「立法の不備」であることは,上で控訴人が既に主張したとおりである(甲37,甲38)。)。それは,離婚後共同親権制度が,「親と子それぞれにとっての人格的な利益」を両親と子のそれぞれについて維持し,さらにはそれを両親と子のそれぞれについて増幅する制度であることを意味している。
(5) 親と子の面会交流権についても,上で引用した文献(甲43)を引用しながら,控訴人は本書面で繰り返し,民法819条2項(本件規定)が,離婚に際する激しい親権争いによって別居親と子との面会交流が否定されたり著しく制限されたりすることを指摘した。さらには,離婚後に非親権者である親(別居親)が子との面会交流を行えたとしても,せいぜい月に1回数時間程度であることを指摘した。そのような面会交流の運用は,民法819条2項(本件規定)が採用した離婚後単独親権制度が生んでいるものである。
しかしながら,原判決25頁が,「そして,前記(2)イで説示したとおり,親及び子は,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができ,当該人格的な利益は,本件規定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利を失うことにより,一定の範囲で制約され得ることとなるが,親である父と母が離婚をし,その一方が親権者とされた場合であっても,他方の親(非親権者)と子の間も親子であることに変わりがなく,当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にとっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。」と判示した内容からすると,そのような非親権者である親や別居親と子との面会交流権が制限されている事態は,まさに「親と子それぞれにとっての人格的な利益」を損なう事態であることは明白である。特にそれは,子の福祉と子の健全な成長を損なっていることは明白である。
上でも引用したが,野口康彦外「離婚後の面会交流のあり方と子どもの心理的健康に関する質問紙とPACK分析による研究」(甲46号証3枚目)では,以下のとおり指摘がされている。
「4.研究成果
(1) 質問紙による量的調査研究
国立及び私立の6つの大学に在籍する大学生を対象とし,634名の有効回答数が得られ,76名の親の離婚経験者の協力者を得ることができた。統計学的な検定を実施するうえでは,十分な人数の確保ができた。
今回の調査から,子どもが別居親と交流を持つことは,親への信頼感において重要な要因となることが確認された。また,別居親と子どもが満足するような面会交流がされている方がそうでない場合よりも,自己肯定感や環境への適応の得点が高いことも明らかになった。この結果は,離婚後も別居親が親としての役割を継続していくことが,子どもの経済的・心理的な支援につながっていくことが示された。」
つまり,両親が別居している子について,子が別居親と満足するような面会交流がされていればされているほど,子は自己肯定感が高く,環境への適応の得点も高いのである。つまり,子と別居親との面会交流がされていればいるほど,子は健全な成長をとげ,子の福祉は実現されるのである。
すると,上で述べたように,民法819条2項(本件規定)が,離婚に際する激しい親権争いによって別居親と子との面会交流が否定されたり著しく制限されたりすること,さらには,離婚後に非親権者である親(別居親)が子との面会交流を行えたとしても,せいぜい月に1回数時間程度であることは,子の福祉を害し,子の健全な成長を害していることは明白である。その事態は,民法819条2項(本件規定)が採用した離婚後単独親権制度が生んでいるものである。
このように,民法819条2項(本件規定)が採用する離婚後単独親権制度は,原判決25頁が「当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にとっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。」と判示した親と子それぞれの養育についての人格的利益を著しく損ない,妨げ,失わせる効果を生んでいるのである。その点で,離婚後単独親権制度を採用する民法819条2項(本件規定)が合理性を失っていることは明白である。そして,離婚に際して両親の一方にのみ子に対する親権を与え,他方の親からは一律に全面的に親権を奪う民法819条2項(本件規定)が,親権を失う親や片親からの親権を奪われる子の人格的利益を不合理に損なっており,憲法24条2項に違反していることは明白である。国会(国会議員)の立法不作為が,憲法24条2項が国会に与えた裁量権を逸脱していることは明白である。
(6) なお,離婚後単独親権制度を採用する民法819条2項(本件規定)は,離婚後に子に対する親権を失った親が,離婚後に単独親権者となった親の親権の行使に従い,例えば子の進学する学校の学費を扶養義務として負担することを義務付ける制度である。自らが選び,正せない事柄を理由に不利益を及ぼすことは憲法14条1項や憲法24条2項に違反して許されない(最高裁大法廷平成25年9月4日決定,最高裁大法廷平成27年12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟))。すると,離婚後単独親権制度を採用する民法819条2項(本件規定)は,憲法29条が財産権を保障しているにも拘わらず,離婚後に親権を失った親が,離婚後に単独親権者となった親の親権の行使に従い,子についての費用を扶養義務として負担することを義務付ける制度である点において,憲法14条1項や憲法24条2項に違反することは明白である。
(7) また,民法の家族法制の見直しを議論していた有識者らの研究会は,令和3年2月にまとめた報告書において,「親権」を別の用語に置き換えるように提案を行った。親権は,字面から親の権利