🐶原告(X) 準備書面(5)
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次回期日令和2年11月11日午前11時00分
平成31年(ワ)第7514号 損害賠償請求事件
原告 (閲覧制限)
被告 国
令和2年 月 日
東京地方裁判所民事49部乙B係 御中
原告訴訟代理人弁護士 作 花 知 志
準 備 書 面(5)
原告は,以下のとおり主張を行う。
第1 離婚後単独親権制度を採用している民法819条2項は,子を連れ去られた他方親と,連れ去られた子とのいずれの基本的人権をも侵害する事態を生んでいる点で合理性がなく,憲法13条,憲法14条1項,憲法24条2項に違反すること
1 原告が準備書面(2)5頁などで引用した,第183回国会(常会)(平成25年)に浜田和幸議員が参議院議長に提出した質問主意書には,以下の内容が指摘されている(甲31)。
「ハーグ条約及び親権の在り方に関する質問主意書
国際結婚が破綻した夫婦間の子供の扱いを定めたハーグ条約の加盟承認案と国内手続きを定める条約実施法案が,衆議院で審議入りした。両法案に関連して,親権の在り方について以下質問する。
一 調停や裁判による離婚の場合,国内の家庭裁判所では,連れ去った親の側に親権が与えられ,連れ去られた側の親は月一回程度の面会しか認められない判決が圧倒的に多く,その面会も理由を付けて拒絶され,子に全く会えなくなった苦痛から自殺する親もいる。」
2 浜田和幸議員が参議院議長に提出した質問主意書(甲31)において指摘されている内容である,①離婚を考えている親が他方親の同意を得ずに子を連れ去ること,②調停や裁判による離婚の場合,国内の家庭裁判所では,連れ去った親の側に親権が与えられることが圧倒的に多いこと,③連れ去られた側の親は月一回程度の面会しか認められない判決が圧倒的に多く,その面会も理由を付けて拒絶されることは,現在の民法819条が採用している離婚後単独親権制度が原因で生じている事態である。なぜならば,離婚後に子の親権者となることを希望する親は,現在の裁判所での実務が,調停や裁判による離婚の場合,国内の家庭裁判所では,子の監護時間が長いことにより,連れ去った親の側に親権が与えられることが圧倒的に多いことから,①他方親の同意を得ずに子を連れ去り,②連れ去り後は単独監護者として子の単独親権者となるための実態を作り(継続性の原則。第200回国会の令和元年11月14日の参議院法務委員会において,嘉田由紀子議員が,親権を付与する基準が法的にないことの結果,裁判所が「継続性の原則」を適用するため,親の一方が強制的に子の連れ去りを行い,「継続性の原則」により離婚後に子の単独親権者となるための実態を作っていると指摘されていることはすでに述べたところである(甲35号証15頁「そうすると,法の実務,裁判所の現場ではどうなるかというと,実は継続性の原則,これは全くルールとして原則ではないんですけれども,法の実務上,継続性の原則というところで,例えば強制的に連れ去りをしたりというところから実態をつくっていくということが起きているわけでございます。」)。),そして連れ去った後に,他方親と子を会わせないようにする(他方親と子との監護時間を短くしようとする)傾向が強いからである。それらは全て,現在の民法819条が採用している離婚後単独親権制度が原因で生じている事態である。
この原告の主張内容は,二宮周平『多様化する家族と法Ⅱ』(株式会社朝陽会,2020年)47-49頁(甲43)においても,以下のように,同趣旨の指摘がされているところである。
「3 単独親権の問題点と共同親権の可能性
したがって,父母双方が子の親権者でありたいと思い,調停や審判になった場合には,お互いの監護能力の優劣を争う。そのために過去の言動を事細かに指摘して相手方の人格を誹謗中傷する。監護実績を作るために子との同居を確保し,別居親に会わせない,実力行使で子を連れ去るといった事態が生じることがある。親権者になれないと,子と会うことができなくなるのではないかという不安が,親権争いをより熾烈にする。子は父母の深刻な葛藤に直面し,辛い思いをする。
離婚に詳しい弁護士は,離婚紛争にあっても,「父母がそれぞれ,子に対してその責任や役割をどう果たしていくべきか」と発想する前に,「いずれが親権者として適当か」の熾烈な争いを招く現行法の枠組みは,時代に合わないと指摘する。」
またこの原告の主張内容は,第200回国会 参議院 法務委員会 令和元年11月26日(甲44号証21頁)においても,嘉田由紀子議員により,以下のように,同趣旨の指摘がされているところである。
「○嘉田由紀子君 ありがとうございます。
いろいろ配慮していただいていても、実は裁判所での様々な経験者の皆さんの意見というのはかなり厳しくて、自分たちの面会交流、あるいは途中での意見を聞いてもらえないというようなことが親のグループが調べた調査結果などもございますので、そういうところもきめ細やかに対応していただけたらと思います。
そして、私、やはり気になるのは、これまでも何度か申し上げているんですが、子の引渡しに関するところで、先ほど、僅か一一%しか、つまり九割近くのケースで引渡しが実現できていない。これは、これまでも裁判所では継続性の原則というのはないと言っているんですけど、やはり一旦連れ去ったり、あるいは一旦実効支配を続けた親に親権を与えるという裁判実務を生み出し、そしてそれが、家族やあるいは家庭の領域を完全に、子供たちの意見も届かないような法の不存在の状態にしているのではないのかと現場からの大きな声があることも指摘をさせていただきたいと思います。そして、この継続性の原則こそが、逆にこれを主張するために、虚偽の配偶者暴力あるいは児童虐待を捏造してもう一方の親を有利にするというようなことも現場であると聞いております。」
3 この,①子を他方親の同意なく連れ去り,②子を他方親と会わせないようにする,という現在の民法819条が採用している離婚後単独親権制度が原因で生じている事態が,連れさられる子(他方親と引き離される子)の心理面に重大な悪影響を与えることは明白である。
なぜならば,心理学における研究と調査によって,離婚後の親子関係及び面会交流がスムーズで満足度が高い学生は親への信頼度が高く、そして自己肯定感も強く、また周囲の環境への適応度も高いと、さらに積極的な他者関係ができているという結果が明らかとなっているからである。
以下の(ア)で引用する第200回国会参議院法務委員会において,嘉田由紀子議員から「離婚後の親子関係及び面会交流がスムーズで満足度が高い学生は親への信頼度が高く,そして自己肯定感も強く,また周囲の環境への適応度も高いと,さらに積極的な他者関係ができている。」という内容の心理学的調査と研究が行われていることを取り上げた上で,政府の見解を問うたところ,政府参考人からは,「法務省といたしましても,一般論として,父母が離婚後も,父母の双方が子供の養育に関わることが子供の利益の観点から重要であると考えていることは,これまでも何度も申し上げさせていただいてきたとおりでございます。」との答弁が行われている(甲45)。
また,以下の(イ)(ウ)で引用する心理学者の研究結果において,「離婚後の親子関係及び面会交流がスムーズで満足度が高い学生さんは親への信頼度が高く、そして自己肯定感も強く、また周囲の環境への適応度も高いと、さらに積極的な他者関係ができていること」((イ)(ウ))や,「両親の別居をきっかけに,子どもが良好な関係を構築していた別居親に対して強い拒否反応を起こし,別居親への見方が極端な見方に激変する子どもの状態である「片親疎外」は,親権が一人の親にしか宛てられない法制度のもので生じやすいこと」((ウ))が指摘されている((イ)は甲46号証,(ウ)は甲47号証)。
さらに,(エ)で引用する臨床心理士の意見においては,民法819条が採用している離婚後単独親権制度により,さまざまな面において,子の心理に重大な悪影響が及ぼされていることが指摘されている(甲48)。
そして,(オ)で引用する心理学者の意見においては,「自殺願望や性依存が強かった男子大学生の事例において,小学生の頃に親が離婚し,大好きな父親と説明もなく離ればなれになった見捨てられ不安が背景にあったこと,親は子どもの年齢に応じて離婚理由や今後の生活について説明しなければいけないこと,適切な説明がないと子どもの心に大きなしこりが残り,人格形成にも悪影響を与えかねないこと」が指摘されている(甲49)。
加えて,(カ)で引用するアメリカ法の研究においては,「1970年代より発達した子どもの心理学や行動科学の研究・調査により,子ども期における親との愛着は子どもの成長のために必要であり,離婚後も子どもが両親から愛され,大事にされていることを確信するために,両親が共に一層子どもとかかわり養育していくことが重要であるということが明らかになったこと,これらの調査・研究により,離婚後の親子の交流は子どもの最善の利益にかなうというコンセンサスが形成された。そこでアメリカ各州法では一般に,離婚後,子どもと両親との頻繁かつ継続した交流を確保することを州の公的政策としており,離婚後の親子の交流を積極的に認めている。そして,全ての州において別居時及び離婚時に非監護親には相当な面会交流が付与される旨規定されており,離婚後の親子の交流は当然のこととされていること」が指摘されている(甲50)。
(ア) 第200回国会 参議院 法務委員会 第8号 令和元年11月28日(甲45号証19頁)
「○嘉田由紀子君
私の方は、一貫して今回は、離婚後の子供の言わば暮らしと、そして生活水準を維持するためということで共同親権のお話をさせていただいておりますけれども、両親が離婚後に子供が別居している親と交流を持つ、面会交流あるいはペアレンティングと言っていますけれども、この結果を心理学なり、あるいは様々な社会学的なところで調査をするというのはかなり難しいんです。
海外ではかなりあるんですけれども、日本の例では余りないんですけれども、実は有り難いことに、小田切紀子さんたちが、大学生六百三十四名を対象にして平成二十八年に論文を出しております。ここでは、離婚後の親子関係及び面会交流がスムーズで満足度が高い学生さんは親への信頼度が高く、そして自己肯定感も強く、また周囲の環境への適応度も高いと、さらに積極的な他者関係ができているというような結果もございますけれども、ここについて、面会交流の心理学的な、社会的な重要性などお伺いできたらと思います。
○政府参考人(小出邦夫君) お答えいたします。
父母の離婚後の子の養育の在り方につきましては、今委員御指摘の面会交流に関する研究も含めまして、国の内外において様々な観点からの研究がされているということは承知しております。
法務省といたしましても、一般論として、父母が離婚後も、父母の双方が子供の養育に関わることが子供の利益の観点から重要であると考えていることは、これまでも何度も申し上げさせていただいてきたとおりでございます。
父母の離婚後の養育の在り方につきましては、現在、法務省の担当者も参加しております家族法研究会において議論されている状況でございますが、委員御指摘のこの面会交流の重要性、こういった点も踏まえまして、どのような法制度が子供の利益にかなうのかを多角的に検討する必要があります。そのための様々な分野の実証的な研究についての情報集積、こういったことを引き続き行ってまいりたいというふうに考えております。」
(イ) 野口康彦外「離婚後の面会交流のあり方と子どもの心理的健康に関する質問紙とPACK分析による研究」(甲46号証3枚目)
「4.研究成果
(1) 質問紙による量的調査研究
国立及び私立の6つの大学に在籍する大学生を対象とし,634名の有効回答数が得られ,76名の親の離婚経験者の協力者を得ることができた。統計学的な検定を実施するうえでは,十分な人数の確保ができた。
今回の調査から,子どもが別居親と交流を持つことは,親への信頼感において重要な要因となることが確認された。また,別居親と子どもが満足するような面会交流がされている方がそうでない場合よりも,自己肯定感や環境への適応の得点が高いことも明らかになった。この結果は,離婚後も別居親が親としての役割を継続していくことが,子どもの経済的・心理的な支援につながっていくことが示された。」
(ウ) 小田切紀子・町田隆司編著『離婚と面会交流』(金剛出版,2020年)(甲47)
①ⅶ頁
「面会交流についての心理学的知見
子どもにとっての面会交流の意義は,親から愛されていることの確認,親離れの促進,アイデンティティの確立,自尊心の形成である(小田切,2009;棚瀬,2010)。すなわち,子どもは離れて生活する親からも慈しまれ愛されているという体験を通して自尊心を持ち,他者を尊重する気持ちを育む。また価値観の違う二人の親との交流を通して,父親と母親の意見や感情に巻き込まれず,両親から等距離を置くことで,思春期の課題である親離れが可能となる。さらに,父親と母親という性別も性格も価値観も異なる大人が自分の人格形成にどのような影響を与えたかを知って初めて,親とは異なる自分らしさを発見することができる。
父母の離婚後も子どもが双方の親と安定・継続した交流をすることの重要性は,内外の多数の学術的研究によって指摘されている。それらによると,離婚が子に及ぼす悪影響として,抑うつ,喪失感,混乱と困惑,見捨てられ感,寂しさ,怒り,学業成績不振,攻撃性,自己肯定感の低下,他者信頼感の低下などが実証されているが,父母が連携して,面会交流と養育費の支払いが実施されれば,父母がそろった家庭に育っている子の群と比較して統計的有意差がないことも明らかになっている(Wallerstain et.al,2002; Bauserman,2002; Clark-Stewart&Brentano,2006;Amato,2010)。つまり,父母の離婚後は,面会交流が子どもの健全な成長において極めて重要であり,面会交流が実施されないことは,子どもの精神発達に上述のような悪影響を与える最大の危険因子であるといえる。
東京家庭裁判所の判事により,「一方の親との離別が子どもにとって最も否定的な感情体験の一つであり,非監護親との交流を継続することは子が精神的な健康を保ち,心理的・社会的な適応を改善するために重要である」(細矢他,2012)との基本的認識が示され,子の福祉の視点から面会交流を有益なものととらえる意識が社会の中で定着してきている。子どもが,自分のアイデンティティを形成するにあたり,同居,別居にかかわらず親がどういう人物であるかが子ども自身の認識に与える影響は大きい。子どもが一方の親によってもう一方の親との関係を遮断され,交流の機会が十分に与えられなければ,それは子どもにとって負の財産となり,子どもが健全な愛着関係を築くうえで,取り返しのつかない誤りを犯していることになる。
さらに,家庭裁判所調査官の小澤真祠(小澤,2002)によると,一方の親が面会交流の重要性を理解せず,利己的な判断により,面会交流を妨害,実施しない場合,子の精神状態は,以下のような重大な影響を被る。①拒絶のプロセスに巻き込まれた子どもは,別居親との関係が失われる結果,同居親の価値観のみを取り入れ,偏った見方をするようになる,②同居親が子どものロールモデルとなる結果,子どもは自分の欲求を満たすために他人を操作することを学習してしまい,他人と親密な関係を築くことに困難が生じる,③子どもは,完全な善人(同居親)の子である自分と完全な悪人(別居親)の子である自分という二つのアイデンティティを持つことになるが,このような極端なアイデンティティを統合することは容易なことではなく,結局,自己イメージの混乱や低下につながってしまうことが多い。④成長するにつれて物事がわかってくると,自分と別居親との関係を妨害してきた同居親に対し怒りの気持ちを抱いたり,別居親を拒絶していたことに対して罪悪感や自責の念が生じたりすることがあり,その結果,抑うつ,退行,アイデンティティの混乱,理想化された親を作り出すといった悪影響が生ずる。」
②ⅹⅱ頁
「片親疎外のリスク
両親の別居をきっかけに,子どもが良好な関係を構築していた別居親に対し強い拒否反応を示し,別居親への見方が極端な見方に激変する子どもの状態を片親疎外(Parental Alienation)という(Berner, 2010)。高葛藤の夫婦や面会交流紛争や親権・監護権紛争で起こる病的現象であるり,子どもが別居親に対して激しい一連の誹謗中傷を繰り返すことによって明らかになる。ウォーシャック(Warshak, 2017)は,次の3要素の立証を,片親疎外認定の条件として示した。①別居親に対する一連の誹謗中傷や拒絶(エピソードが単発的ではなく,持続的),②不合理な理由による拒絶(別居親の言動に対する正当な反応といえない訴外),③同居親の言動に影響された結果としての拒絶。さらに,片親疎外の認定においては,①子が別居親を拒否するようになった時期や,その前後の出来事,②現在の子の拒否の程度や,子が述べる拒否の理由を確認し,子の拒否が現実的な体験に基づくものであるか否か,③子の拒否の背景要因の3点を検討する。
片親疎外の状態に陥ると,子どもは,同居親は「すべて良くて大好き」,別居親は「すべて悪くて大嫌い」という考え方になり,同居親の別居親への敵意や嫌悪を無批判に支持して取り入れ,それは自分の意見,考えであり,本心だと主張する。子どもは,別居親への苛烈な発言や態度に罪悪感を持たず,別居親の親(子どもの祖父母)や親戚も批判するようになる。
片親疎外は,同居親が自分の考えを子どもに吹き込むこと,子どもが同居親の意向をくみ取り,自分の考えだと表明すること,つまり同居親と子ども双方の行動によって生じる。子どもが同居親の意向を自分の意向だと主張するのは,両親の離婚紛争に巻き込まれ,一方の親と引き離され,頼りになるのは同居親だけである状況で,同居親の愛情を失いたくないという気持ちが働き,忠誠葛藤を抱えきれなくなるためである。
片親疎外は精神疾患の診断名として主要な診断基準への登録が検討されてきた。いまだ診断名としての登録はされていないが,『精神疾患の分類と診断の手引き第5版(DSM-5)』(American Psychiatric Association,2014)からは,「臨床的関与の対象となることがある他の状態」として「両親の不和に影響されている児童」(CAPRD,V61.29)が設けられ,専門家による支援が必要であることが精神科医やサイコロジストらの共通認識となっている(例えば,中村,2018)。片親疎外は診断名となりうるかどうかには議論があるものの,臨床的関与の対象として広く認識されている。
ウォーシャック(Warshak,2017)は,一般的に拒絶された親と十分な面会交流を続けていれば,年齢の低い子どもの方が年齢が高い子どもよりも片親疎外の症状を緩和させることが容易であること,片親疎外に陥りやすいのは9~12歳であることを指摘している。例えば,同居親が「あなたは別居親から虐待を受けていた」と繰り返し聞かせれば,偽りの虐待の記憶を植え付けることは簡単であり,ひとたび偽りの記憶を植え付けられてしまうと,子どもは虐待加害者の嫌疑をかけられた別居親からの働きかけを一切拒否してしまう。その他多くの研究者が,親の離婚や死別よりも,片親疎外に陥った子の方が健全な成長・発達により強い悪影響を受けることを報告している(Barnet,2010)。また日本では離婚後の単独親権制度をとっているが,クルック(Kruk,2018)は,片親疎外は親権が一人の親にしか与えられない法制度のもとで生じやすいことを指摘しており,日本では片親疎外のリスクが高いことが予測される。
同居親が別居親への悪意から子どもに意図的に働きかける場合は,子どもの健全な成長を阻害する心理的虐待といってもよい状況であるが,前述のように,片親疎外は同居親と子ども双方の行動から生じるため,子どもと別居親との面会に気が進まない同居親の態度を子どもがくみ取り,それを同居親が子ども自身の意思と解釈することでも生じうる。結果として子どもの福祉が著しく害されることになるため,正当な理由なく面会交流を制限する態度・行為が子どもに与える影響について,離婚する親たちへの情報提供が必須である。」
(エ) 12年間家庭裁判所家事調停委員を努めた経験があり,臨床心理士の資格を有している棚瀬一代氏は,著書『離婚で壊れる子どもたち 心理臨床家からの警告』(光文社新書,2010年)(甲48)において,以下のように指摘されている。
①3頁以下
「はじめに
離婚の増加と,子どもに生じる問題の増加
現在の日本では,三組に一組の結婚が離婚に至っています。その数は年間二六万件にのぼり,しかもそのうちの四割が乳幼児を抱えての離婚です。中には胎児を抱えての離婚もあります。「子どもが大きくなるまで我慢して不幸な結婚生活に耐える」という意識に代わって,「子どものためにも不幸な結婚生活には早く終止符を打ち,第二の人生を歩んだほうが良い」との意識が浸透してきていることを証拠づけるデータであると思います。
こうした離婚ケースの八割ぐらいが,母親が親権者として子ども全員を引き取り育てています。子どもが三人以上いる場合でも,七割以上の場合に母親が全員を引き取っています。このことは,女性が決して豊かとまではいかなくても,子どもを抱えて何とか経済的に自立して生きていける社会になってきたことの証であり,したがって離婚が増えてきたということ自体は,必ずしも否定的な社会的問題とばかりはいえないわけです。
しかし,日本では,結婚中は共同で親権をもって共同で子育てしているのですが,一度夫婦が離婚すると,いずれか一方の親を親権者に決めなくてはなりません。このような離婚後の単独親権制度の結果として,今,種々の深刻な問題が生じてきています。
乳幼児の頃から,片親を知らずに育つ子どもたち。あるいは父親(母親)と年に数回しか会えない子どもたち。あるいは母(父)方の祖父母が養子縁組して父母になり,実母(父)は叔母(父)さん,親戚のお姉(兄)さんとして関わり続けるといった形で育つ子どもたち。あるいは離婚後も両親がいつまでも熾烈に争い続けるのを目撃して育つ子どもたち。あるいは片親の元からある日突然に他方の親によって連れ去られ,その後、他方の親とは会うことなく片親の親の家で暮らすことになった子どもたち。あるいは両親による連れ去りと再連れ去りを何度も体験する子どもたち。あるいは熾烈な子どもの奪い合いの過程で片親がうつ病になり,自殺企図したり,自死してしまったりといった悲劇を体験する子どもたち。あるいは片親が他方の親を殺傷するといった悲劇に出会ってしまった子どもたち・・こうした子どもたちが増えています。
幼くしてこうした過酷な状況に晒されてしまった子どもたちは,いったいその後どのような発達の軌跡を描いていくのでしょうか。
日本では未だに「夫婦の別れ」イコール「親子の別れ」になってしまうこともあるのが現実です。こうした状況は欧米諸国の間では極めて特異な状況であり,近年,国際結婚も増えてきたために,離婚後の子どもを巡っての争いが,大きな国際問題にまでなってきています。
高葛藤や離婚で傷つき壊れる子どもたち
子どもの発達についての知見は,これまで,「両親揃った家族」を基礎にして展開されてきました。もちろん死別や身体的あるいは精神的な病気による片親不在の,子どもへの影響は広く認められており,研究もなされてきました。しかし離婚後の片親不在や,前述したような環境の中で育った子どもが,その後、どのように発達していくのかに関しては,日本では心理学者をはじめとする精神衛生の専門家の間でも,真正面から取り上げられることがほとんどありませんでした。
近年,離婚後の子どもの奪い合いが熾烈化してきた結果として,裁判での争いにおいて精神衛生の専門家が,どのように離婚後の取り決めをしていくことが「子どもの福祉」に適うのか,に関して,「意見書」を提出するという形で関わりをもつというケースが増えてきています。私も近年,そうした形で関わりをもつことが増えてきています。
しかし,そうした場合に,「子どもにとって何が最善か」との視点からではなく,自分のクライエントの気持ちにのみ共感するスタンスで書かれた意見書は,両親間の葛藤に油を注ぐ結果になり,さらに子どもを傷つけるということになってしまいます。そうでない場合でも,争いが一度裁判に持ち込まれてしまうと,いずれの当事者も勝つことのみを目的としてとことん争うために,いずれにしろ子どもが傷つき壊れていってしまうことが多いのが現実です。
こうした状況を回避していくためにも,ひとりの親のみを無理やり親とする現在の単独親権制度を見直し,離婚後も原則として,両親が子どもの養育に関わり続けることを原則とする方向に法改正していく必要があります。」
②162頁以下
「第五章 高葛藤離婚で壊れる子どもたち―「片親疎外」という病
1 高い葛藤のはざまで―難しくなる面会交流
日本でも近年,両親が離婚した後に,別居親と子どもが面会交流すること自体はまれではなくなってきている。
離婚後,子どもが,別居親(多くの場合父親)と会って,一緒に遊びに行ったり,食事をしたりしているという話を聞くことも多くなってきた。
しかし,他方で,離婚後に別居親と子どもが何年も会えずにいるこということも見聞きする。
すでに述べてきたが,日本では,結婚中は両親が共同で親権を持っているが,離婚するときには,どちらか一方の親を単独親権者に決めなくてはならない(民法819条)。したがって,離婚後は,親権者が子どもを別居親に会わせたくないと強く思えば,諦めるか,裁判に訴えるしかなくなっている。
また裁判に訴えても,親権者である親が強く抵抗すれば,裁判所は一般に,子どもを両親間の高い葛藤のはざまに立たせることは「子どもの福祉」に反するという判断のもとに,子どもに会いたいという父親(母親)の気持ちは分かるが,写真やビデオ、あるいは手紙を送るといった間接的な面会交流で我慢してほしいとか,たとえ直接に会うことを認める場合でも,回数が多いと監護親、そして子どもにも負担をかけるということで,年数回といった形に極端に制限する,といった対応をすることが多いのが現状である。そして子どもと別居親は互いに疎外されていく。
以下,子どもとの面会交流を争う典型的事例をいくつかあげながら,葛藤の高い離婚事例において,「子どもの福祉」の名のもとに,いかにして子どもと別居親が互いに疎外されていくか,その過程でいかに子どもの心が壊れていくかをみていきたい。・・」
③173頁以下,176頁,184頁以下
(173頁以下)
「3 何をもって「子どもの福祉」と考えるか
前節で,子どもと別居親が違いに疎外され,子どもの心が壊れていく離婚プロセスを,五つの典型的な事例を通して見てきたが,これらの事例にはいくつか共通している点がある。
子どもを連れての勝手な別居開始―外国では「拉致行為」
事例1は,合意の上での別居であったが,事例2から事例5まではすべて,ある日突然に母親が父親に告げることなく子どもを連れて実家に戻ったり,あるいは居所を隠して姿を消すという形で別居が始まっている。夫婦間の葛藤が高くなってきたときに,夫が,「勤めに出ている間に子どもを連れて家を出るようなことはしないでほしい」と頼んだのに対して,「分かった」とか「絶対にそんなことはしない」と約束したにもかかわらず,出ていくということも結構多い。これなどは明らかに騙し行為である。
米国では,別居する前に,面会交流を含む養育計画の取り決めをしなくてはいけないので,上記の事例のように,夫婦の一方が相手との話し合いもせずに子どもを連れて勝手に別居することは,子どもの「拉致」に当たり,犯罪行為とみなされる。しかし,日本では,母親が子どもを連れて勝手に家を出ることは,違法行為とみなされないどころか,その後の親権・監護権の争いにおいて,「監護の継続性」という視点から,よほどのことがないかぎり母親に継続的に親権・監護権が付与されることになる。
人は,裁判に持ち込まれた場合に,どのような決定がなされるかを見越して行動をする。したがってこうした判例の下では,次々と判で押したように同じような事件が起きても不思議はない。
国際結婚をした夫婦間でも同じような問題が起きている。今、国際社会からこの点が大きく非難されている。・・」
(176頁以下)
「別居親と子どもの交流への強い抵抗―片親疎外という病
事例に共通する特徴の二つ目は,別居・離婚後に子どもと暮らしていく養育親が,個々の事例によっては理由はさまざまであるが,別居親と子どもとの接触を嫌って,面会交流に理不尽に抵抗している点である。こうした母親(父親)に顕著に見られる特徴は,自分の前配偶者に対する思いと,子どもの父親(母親)に対する思いが,別であるかもしれないということへのイマジネーションが微塵も働かないほどに,親子の境界がなくなってしまっている点である。
こうした親と子どもの境界のない膠着した状態は,言い換えれば,子どもの思いへの共感力の欠如であり,子どもの思いを自分の思いで支配し,子どもを親の思いに服従させてしまう行為である。これは,心理的虐待に該当する行為であり,アメリカ精神医学会の『精神疾患の診断・統計マニュアル』(DSM-ⅠⅤ-TR)の中の「二人組精神病」(Folie à deux)ないし「共有精神病性障害」にも該当する「片親疎外という病」といっても過言ではない。」
(185頁以下)
国際離婚の増加―「拉致大国」との汚名を冠せられつつある日本
あらゆる分野にグローバル化の波が押し寄せている今日,結婚・離婚の分野もまたその例外ではない。国際結婚が増え、その四割が離婚に至るといわれている。
したがって,外国人が日本の家庭裁判所の裁判官や調査官,家事調停委員,そして弁護士といった司法システムと接点をもったり,また児童虐待を訴えられたりして,児童相談所や一時保護施設といった福祉システムと接点をもつことも急速に増えてきている。外国人の目から見た日本の司法・福祉システムは,単なる文化の違いを越えて,大きなフラストレーションや怒りを引き起こしている。
欧米先進諸国,そして中国や韓国でも,日本のように離婚後に単独親権制度をとってはいないので,日本の単独親権制度の下で起こる,別居親と子どもの疎外の問題は,「拉致大国」との汚名をもらうほど大きな国際問題に発展してきている。」
(オ) 沖縄タイムス令和2年(2020年)8月20日掲載の記事「[家族のカタチ離婚の時代に]面会交流「同居親の協力が必要」当事者ら議論」においては,離婚などで離れて暮らす親と子が会う「面会交流」について学びを深めようと,オンライン講座「こどものための面会交流支援」が令和2年8月15日に行われたことが記載されている(甲49)。そしてその記事には,その講座における講師の1人である名城教授の話の内容として,「名城教授は自殺願望や性依存が強かった男子大学生の事例を挙げ,小学生の頃に親が離婚し,大好きな父親と説明もなく離ればなれになった見捨てられ不安が背景にあったとおもんぱかった。「親は子どもの年齢に応じて離婚理由や今後の生活について説明しなければいけない。適切な説明がないと子どもの心に大きなしこりが残り,人格形成にも悪影響を与えかねない」と訴えた。」と記載されている。
(カ) 日本における離婚後の親権制度の在り方について,法整備の必要性の必要性等を検討するため,複数国での比較法的視点に基づく基礎資料を収集することを目的として,法務省が委託して作成された一般財団法人比較法研究センター作成の「各国の離婚後の親権制度に関する調査研究業務報告書」における,山口亮子「アメリカにおける離婚後の親権制度」の106頁には以下のとおり記載されている(甲50の3)。
「Ⅸ 面会交流
アメリカの面会交流の特徴として,子どもの利益の確保,親の権利の保障,家族の自律性(autonomy)の尊重,そして家族の多様性の認容という点を挙げることができる。以下では,婚姻解消後の親子の交流の原則と,それが制限されるその例外について考察する。
1 親子の交流の原則
(1) 面会交流の権利性
アメリカで,面会交流は一般に訪問(visitation)と呼ばれるが,その他にも,"access","possession","paritial custody","parent-child- contract","period of physical placement"と呼ばれることからも,非監護親が単に外で子どもと会うことではなく,子どもと会う期間に養育を行うことも含まれていることが分かる。一般に,隔週末に泊まりがけで子どもが一方の親の元を訪れるパターンが多い。例えば,金曜日と土曜日を父親の家で過ごして日曜日に帰るか,月曜日の朝に父親が学校まで連れて行き,下校時に母親の家へ帰るパターンである。父母の家が離れている場合は,長期の夏休み,冬休みに非監護権者の家に住む場合もあり,身上共同監護と変わらない。
合衆国最高裁裁判所において,親には子を養育する自由があること,子の教育を管理する権限があることが示された。Meyer v. Nebraska, 262 U.S. 390 (1923) では,婚姻し,家庭を設け,子を養育することが合衆国憲法第14条修正の自由に当たることが宣言され,Pierce v. Society of Sisters, 268 U.S. 510 (1925) は,「子を養育し,その運命を決定する者は,子自身が将来になうべき義務を認識させ,その準備をさせる義務を伴う権利を有している」としている。直接に婚姻外の面会交流が指摘されたことはないが,学説は,非監護親の面会交流の性質について,婚姻し生物学的繋がりもあり,なおかつ養育を通じて精神的繋がりのある親子は,離婚によっても親子の血縁関係及び心理的結びつき,扶養,法的監護権が消失するはずはないのであるから,両親とも離婚後においても子どもと会い,子どもを育てる権利と義務を憲法上保障される権利として依然として持ち続けていると主張している。
また,1970年代より発達した子どもの心理学や行動科学の研究・調査により,子ども期における親との愛着は子どもの成長のために必要であり,離婚後も子どもが両親から愛され,大事にされていることを確信するために,両親が共に一層子どもとかかわり養育していくことが重要であるということが明らかになった。離婚により半数の子どもは親から捨てられたと感じており,3分の2の子どもは父親を思慕し,2分の1の子どもは特にそれが激しいという。これらの研究は,離婚後初期の面会交流は,その怖れを和らげるために特に重要であるとしている。一方,40%の子どもは親と会うことを楽しみにしているが,不満を持っている子どもも実際には多い。その原因は,面会交流が予定どおりに行われなかったり,期間が空きすぎるために期待を外されることによる。これらの調査・研究により,離婚後の親子の交流は子どもの最善の利益にかなうというコンセンサスが形成された。そこでアメリカ各州法では一般に,離婚後,子どもと両親との頻繁かつ継続した交流を確保することを州の公的政策としており,離婚後の親子の交流を積極的に認めている。そして,全ての州において別居時及び離婚時に非監護親には相当な面会交流が付与される旨規定されており,離婚後の親子の交流は当然のこととされている。」
(キ) これらの心理学における研究と調査により,①子を他方親の同意なく連れ去り,②子を他方親と会わせないようにする,という現在の民法819条が採用している離婚後単独親権制度が原因で生じている事態が,連れさられる子(他方親と引き離される子)の心理面に重大な悪影響を与えていることは明白である。
4 この点に関し,自由民主党調査会司法制度調査会が,令和2年6月25日に発表した2020提言(甲51)の19頁において,以下で引用する提言がされている。
「4 離婚をめぐる子の養育に関する問題
そのほか,当調査会犯罪被害者等支援PTにおいては,離婚をめぐる子の養育に関する問題についてもヒアリングを行った。父母が様々な理由で離婚する場合であっても,子が両親の十分な情愛の下で養育されることが,子の成長ひいては日本の未来にとって重要であることはいうまでもない。しかしながら,日本では,離婚を巡って夫婦間で子の連れ去りが起きたり,子と別居親との関係が遮断されるケースも少なくない。また,養育費の不払いが子の貧困を招いている。日本の宝である子の権利や将来を守るため,離婚後の親権制度の在り方,養育費の確保,面会交流の改善など,それぞれの課題について,諸外国の取組に学びつつ党内の関係組織とも連携して,引き続き検討を進めていく。」
この提言の内容は,「日本では,離婚を巡って夫婦間で子の連れ去りが起きたり,子と別居親との関係が遮断されるケースも少なくない。日本の宝である子の権利や将来を守るために,そのような事態が起きないように,国会(国会議員)が離婚後の親権制度の在り方の課題について,諸外国の取組に学びつつ党内の関係組織とも連携して,引き続き法改正の検討を進めていく。」という意味である。
そしてその内容は,①子を他方親の同意なく連れ去り,②子を他方親と会わさないようにする,という事態が,離婚後単独親権制度を採用している民法819条2項が原因で生じているものであり,そのような事態から日本の宝である子の権利や将来を守る必要があることを,国会(国会議員)が認めたことを意味している。
5 以上からすると,離婚後単独親権制度を採用している民法819条2項が,①一方親による子の連れ去りと,②他方親と子とを会わさないようにすること(他方親と子との関係を遮断すること)という事態が生じる原因となっており,それが子を連れ去られた他方親と,連れ去られた子とのいずれの基本的人権をも侵害する事態を生んでいる不合理な規定であることは明白である。
6 最高裁判所大法廷平成27年(2015年)12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)で判示されたように,親子法は「子の福祉の保護」のために制定され,運用されることが求められる(まきみさき巻美矢紀「憲法と家族―家族法に関する二つの最高裁大法廷判決を通じて」長谷部恭男編『論究憲法』(有斐閣,2017年)335頁の4項「立法目的の巧妙な比重の変化は,立法事実の変化に対応するもので,このことは,手段との合理的関連性の検討において示される。それによれば,旧民法起草時に厳密に100日に限定せず一定の期間の幅を設けた趣旨は,当時の医療や科学技術の水準からすると,(a)前婚後に前夫の子が生まれる可能性を減少させることによる家庭不和の回避,(b)父性の判定を誤り血統に混乱が生じることの防止という「観点」から,すなわち父子関係をめぐる紛争の未然防止という目的のためであり,現行民法に引き継がれた後も,それは国会の合理的な裁量の範囲内とされた。しかし,その後の医療や科学技術の発達により,上記「観点」からの正当化は困難になったとされる。こうして紛争の未然防止はあくまで父性推定の重複回避との関係で意味をもつにすぎなくなり,独自の意義を失い,またそれにより,立法の第一次的な受益者も子どもに限定されることになったのである。」(甲24))。それは憲法の要請である。
上で見たように,離婚後単独親権制度を採用している民法819条2項は,連れ去られた子の基本的人権を侵害する事態を生んでいる点において,憲法が要請する「子の福祉の保護」に反する不合理な規定であることは明白である。
7 このように,離婚後単独親権制度を採用している民法819条2項は,子を連れ去られた他方親と,連れ去られた子とのいずれの基本的人権をも侵害する事態を生んでいる点で合理性がないことは明白なのであるから,それが憲法13条,憲法14条1項,憲法24条2項に違反するものであることは明白である。
第2 離婚後単独親権制度を採用している民法819条2項は,「ひとり親」という呼び方を社会で生んでいること。その結果,「ひとり親」の子であるとして,子が差別を受けていること。離婚後単独親権制度を採用している民法819条2項は,子の基本的人権を侵害する事態を生んでいる点で合理性がなく,憲法13条,憲法14条1項,憲法24条2項に違反すること
1 離婚はあくまでも両親の婚姻関係の解消であるにも拘わらず,離婚により片親が育てることになった親と子の家庭を,社会では「ひとり親」と呼ぶ。離婚は両親の婚姻関係の解消にすぎず,子にとっては,片親が死亡したわけではなく,両親が離婚しても親は2人であるにも拘わらず,社会が「ひとり親」と呼ぶのは,民法819条が離婚後単独親権制度を採用しているからである。
2 神原文子「ひとり親家族と社会的排除」『家族社会学研究』18巻2号(2007年)12頁(甲52)には,「Ⅱ.わが国のひとり親家族の実態」として,「2003年厚生労働省の『平成15年度全国母子世帯等調査結果報告書』(以下,『全国母子世帯調査』と略記する)によると,母子世帯数は1,225,400世帯(全世帯数の2.7%)で,1998年度調査より28%の増加,父子世帯数は173,800世帯(全世帯数の0.4%)で,1988年度調査より6%の増加となっている。ひとり親世帯になった理由をみると,母子世帯の場合は,離婚978,500世帯(80%),死別147,000世帯(12%),未婚の母70,500世帯(6%),父子世帯の場合は,離婚128,900世帯(74%),死別33,400世帯(19%)である。」と記載されている。
3 また,泉南市母子家庭等自律促進計画(平成20年3月)の14頁(甲53)には,以下の記載がされている。
「(2)施策推進にあたっての視点
①ひとり親家庭等への理解の促進と人権の尊重
ひとり親家庭等の増加が続く一方で,結婚・離婚・未婚などに対する古くからの固定的な価値観や先入観,社会の理解不足等により,ひとり親家庭等であることを特別視する社会的な傾向が依然として残っています。またその結果として,ひとり親家庭等が差別を受けたり,不利益を被るなど,人権侵害を受けやすい状況におかれています。
ひとり親家庭等をはじめ,すべての市民が平等で幸せな生活を送ることができるようにしていくためには,市民の一人ひとりが尊厳を持つかけがえのない存在として,あらゆる人種が尊重され,差別がなく,人びとがともに支えあうような社会を築いていかなければなりません。このため,ひとり親家庭等に対する社会的な理解を促進するとともに,人種尊重の視点に立った施策の推進に努めていく必要があります。・・
③子どもが健やかに育つ環境づくり
ひとり親家庭の子どもたちが,その家庭状況によって差別されることなく,基本的人権が尊重されるとともに,すべての子育て家庭において子どもたち一人ひとりの意思や能力,可能性が最大限に尊重されるような施策の展開を図っていく必要があります。
ひとり親家庭等の自立支援は,親が子育てについての第一義的な責任を有するという基本的認識のもとに,社会全体が協力して取り組むべき課題です。子どもは次代の活力となる大切な存在であり,家庭,地域社会,学校,企業・事業者,行政等のさまざまな主体の協同と連携で,子どもたちを育んでいく必要があります。」
4 さらに,「大阪市ひとり親家庭等実態調査報告書」(平成16年3月)の57頁(甲54)には,「8 ひとり親家庭ということでの差別,偏見体験」の記載があり,「(1)差別・偏見体験の有無 差別や偏見を受けたとする者が,母子家庭では436人(36.9%),父子家庭では33人(31.7%),寡婦世帯では83人(31.6%)となっている。」と記載されている。
続けて60頁以下には,「9 自由記載欄の主な意見」の記載があり,「「子育て支援,就業支援などについての行政,企業、社会への要望や意見,今後の生活で心配なこと,悩んでいることなど」について自由記載を求めたところ,回答者の約半数に記入があった。主な意見をまとめると次のとおりである。」と記載されている。そしてその中で,61頁には,「人権問題 「子どもが就職,結婚するときに差別を受けないかが心配」」と記載されている。
5 当時の民法900条4号但書が規定していた,非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1とする規定の合憲性が問題とされた最高裁大法廷平成7年7月5日決定は,10名の裁判官が合憲であるとの立場を採用した決定であるが,5名の裁判官は違憲であるとの立場を採用した。
その内,裁判官尾崎行信は,その追加反対意見において,以下のように述べている。
「裁判官尾崎行信の追加反対意見は、次のとおりである。
本件規定が違憲とされる理由は反対意見に示されているが、私は、次の観点を加えれば、その違憲性はより明らかになると考える。
一 法の下の平等は、民主主義社会の根幹を成すものであって、最大限尊重されなければならず、合理的理由のない差別は憲法上禁止されている(憲法14条1項)。本件規定は、非嫡出子の法定相続分を嫡出子の法定相続分の2分の1と定め、嫡出子と非嫡出子との間に差別を設けているが、右差別が憲法14条1項の許容する合理的なものであるといえるかどうかは、単なる合理性の存否によって判断されるべきではなく、立法目的自体の合理性及びその手段との実質的関連性についてより強い合理性の存否が検討されるべきであることは、反対意見に示されているとおりである。右検討に当たっては、立法目的自体の合理性ないし必要性の程度、差別により制限される権利ないし法的価値の性質、内容、程度を十分に考慮し、その両者の間に実質的関連性があるかどうかを判断すべきである。
二 憲法は婚姻について定めているが、いかなるものを婚姻と認めるかについては何ら定めるところはない。あり得る諸形態の中から、民法が法律婚主義を選択したのは合理的と認めるが、法律婚に関連する諸要素のうちにも立法目的からみて必要不可欠なものとそうでないものとが区別される。必要性の高いもののためには、他の憲法上の価値を制限することが許される場合もあり、重婚の禁止はその例である。しかし、必要性の低いものについては、他の価値が優先するべきで、これを制限することは許されない。
本件規定は無遺言の場合に相続財産をいかに分配するかを定めるための補充規定である。人が、その人生の成果である財産を、死後自らの選択に従って配偶者や子供など愛情の対象者に残したいと願うのは、極めて自然な感情である。民法も、本人の意思を尊重して、相続財産の分配を被相続人の任意にゆだねている(遺留分は別個の立法目的から定められたものであるからしばらくおく。)。この点をみれば、民法は相続財産の配分について法律婚主義の観点から一定の方向付けをする必要を認めなかったと知ることができる。相続財産をだれにどのような割合で分配するかは、法律婚や婚姻家族の保護に関係はあるであろうが、それらのために必要不可欠なものではない。もし民法が必要と考えれば、当然これに関する強行規定を設けたであろう。要するに、本件規定が補充規定であること自体、法律婚や婚姻家族の尊重・保護の目的と相続分の定めとは直接的な関係がないことを物語っている。嫡出子と非嫡出子間の差別は、本件規定の立法目的からして、必要であるとすることは難しいし、仮にあったとしてもその程度は極めて小さいというべきである。
三 本件規定の定める差別がいかなる結果を招いているかをも考慮すべきである。双方ともある人の子である事実に差異がないのに、法律は、一方は他方の半分の権利しかないと明言する。その理由は、法律婚関係にない男女の間に生まれたことだけである。非嫡出子は、古くから劣位者として扱われてきたが、法律婚が制度として採用されると、非嫡出子は一層日陰者とみなされ白眼視されるに至った。現実に就学、就職や結婚などで許し難い差別的取扱いを受けている例がしばしば報じられている。本件規定の本来の立法目的が、かかる不当な結果に向けられたものでないことはもちろんであるけれども、依然我が国においては、非嫡出子を劣位者であるとみなす感情が強い。本件規定は、この風潮に追随しているとも、またその理由付けとして利用されているともみられるのである。
こうした差別的風潮が、非嫡出子の人格形成に多大の影響を与えることは明白である。我々の目指す社会は、人が個人として尊重され、自己決定権に基づき人格の完成に努力し、その持てる才能を最大限に発揮できる社会である。人格形成の途上にある幼年のころから、半人前の人間である、社会の日陰者であるとして取り扱われていれば、果たして円満な人格が形成されるであろうか。少なくとも、そのための大きな阻害要因となることは疑いを入れない。こうした社会の負の要因を取り除くため常に努力しなければ、よりよい社会の達成は望むべくもない。憲法が個人の尊重を唱え、法の下の平等を定めながら、非嫡出子の精神的成長に悪影響を及ぼす差別的処遇を助長し、その正当化の一因となり得る本件規定を存続させることは、余りにも大きい矛盾である。
本件規定が法律婚や婚姻家族を守ろうとして設定した差別手段に多少の利点が認められるとしても、その結果もたらされるものは、人の精神生活の阻害である。このような現代社会の基本的で重要な利益を損なってまで保護に値するものとは認められない。民法自体が公益性の少ない事項で当事者の任意処分に任せてよいとの立場を明らかにしていることを想起すれば、この結論に達せざるを得ないのである。
四 婚姻家族の相続財産に対する利害関係は、非嫡出子のそれと比べて大きいといわれる。普通、嫡出家族の方が長い共同生活を営んでいるから情愛もより深く、遺産形成にもより大きく協力しているから、相続分もより大きいのは当然とされる。それぞれの家族関係は千差万別で、右のような一般論で割り切り、その結果他人の基本的な権利を侵害してよいかは、甚だ疑問である。あえていえば、非嫡出関係が生じる場合には、一般論の例外的な場合に当たることもあろう。しかし、仮にこの一般論に譲歩して婚姻家族の相続分をより大きくしようとすれば、他人の基本的な権利に抵触することなく、かつ憲法上の疑義を生じさせるまでもなく、その目的を達成する手段が存在する。つまり、遺言制度を活用すれば足りるのである。
もともと遺産の処分は、被相続人の意思にゆだねられているのであって、遺族の期待に反する処理がされても何人も異議を差し挟み得ない。それは生前処分の場合でも遺言による場合でも異ならない。被相続人の意思が何であるか、親族関係が真にその名に値する愛情によって結ばれていたかが帰結を決定するのである。これが本来の遺産相続の在り方であって、無遺言の場合の法定相続分の定めは全くの便法にすぎない。基本的人権に対する配慮が希薄であった立法当時には、本件規定は深く疑問を抱かれることもなく受容されていた。本件規定が非嫡出子を不当に差別するものであり、その差別により生ずる侵害の深刻さを直視するならば、そして他方、得ようとする利益は公益上のものでなく、当事者の意思次第で容易に左右できる性質のものであることに思いを致せば、非嫡出子のハンディキャップを増大させる一因となっている本件規定の有効性を否定するほかない。
五 我々が目指す民主主義社会にとって法の下の平等はその根幹を成す重要なものであるが、本件規定の立法目的には合理性も必要性もほとんどない上、結果する犠牲は重大である。しかも、本件規定がなくとも具体的事情に適した結果に達する方途は存在する。本件規定の立法目的と非嫡出子の差別との間には到底実質的関連性を認めることはできない。いわば無用な犠牲を強いる本件規定は、憲法に違反するものというべきである。」
6 その後,最高裁大法廷平成25年9月4日決定は,当時の民法900条4号但書が規定していた,非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1とする規定について,15名の裁判官全員一致の意見により,違憲であると判断した。その理由の要旨は以下のとおりである。
「 ①戦後,日本では家族の形や結婚,家族に対する意識が多様化していること,②法定相続分の平等化の問題も早くから意識され,平等とする旨の法改正案が作成されるなど,法改正準備が進められたこと。その法案の国会提出には至らず,改正は実現していないが,民法の規定の合理性は,個人の尊厳と法の下の平等を定める憲法に照らし,非嫡出子の権利が不当に侵害されているか否か,という観点から判断されるべき法的問題であること,③国連の委員会は,日本の差別的規定を問題にして,法改正の勧告等を繰り返してきたこと,④海外でも1960年代から相続差別廃止が進んだこと。⑤子が自ら選び,正せない事柄を理由に不利益を及ぼすことは許されない,との考えが確立されてきていること,⑥以上を総合すれば,遅くとも本件の相続が開始した2001年7月当時,立法府の裁量権を考慮しても,嫡出子と非嫡出子の法定相続分を区別する合理的根拠は失われており,規定は憲法14条1項に違反していたというべきである。」
7 この最高裁大法廷平成25年9月4日決定の立場を,本件に当てはめると,以下のようになるはずである。
「①戦後,日本では家族の形や結婚,家族に対する意識が多様化していること,②それにも拘わらず,離婚後単独親権制度を採用している民法819条により離婚後単独親権となった家庭は,社会から「ひとり親」と呼ばれ,その差別が社会問題とされていること,「ひとり親」の子は,就職や結婚において,差別されることが指摘されてきたこと,民法の規定の合理性は,個人の尊厳と法の下の平等を定める憲法に照らし,離婚後の子の権利が不当に侵害されているか否か,という観点から判断されるべき法的問題であること,③国連の委員会は,日本の差別的規定(離婚後単独親権制度)を問題にして,法改正の勧告を行っていること,④海外では,離婚後共同親権制度を採用する国が大部分であり,離婚後単独親権制度を採用する国は極めて少数であること,⑤子が自ら選び,正せない事柄を理由に不利益を及ぼすことは許されない,との考えが確立されてきていること,⑥以上を総合すれば,離婚後単独親権制度を採用している民法819条2項は,「ひとり親」という呼び方を社会で生み,その結果,「ひとり親」の子が差別や不利益を受ける原因となり,子の基本的人権が侵害される事態を生んでいる点において,立法府の裁量権を考慮しても合理的根拠は失われており,規定は憲法13条,憲法14条1項,憲法24条2項に違反しているというべきである。」
8 以上により,離婚後単独親権制度を採用している民法819条2項は,「ひとり親」という呼び方を社会で生み,その結果,「ひとり親」の子であるとして,子が差別を受けている点において,子の基本的人権を侵害する事態を生み合理性がなく,憲法13条,憲法14条1項,憲法24条2項に違反することは明白である。
以上