🐶原告(X) 準備書面(2)

PDF版はこちら

次回期日令和2年5月25日午後1時15分
平成31年(ワ)第7514号 損害賠償請求事件
原告 (閲覧制限)
被告 国

令和2年 月 日


 東京地方裁判所民事49部乙B係 御中

原告訴訟代理人弁護士 作 花 知 志 


準 備 書 面(2)


 原告は,以下のとおり主張を行う。
 

目 次


第1 被告提出令和2年2月28日付第2準備書面について 3頁
第2 フランス法,イギリス法で共同親権が原則とされている背景(①父母間の平等,②親子関係と父母関係との独立性,③子の養育に対する親の第一次的責任の強調,④条約上承認される親子のつながりに対する価値)と,その背景が日本法にも共通している内容であること 39頁 
第3 離婚後単独親権制度を前提とした離婚に伴う子供の親権問題をめぐる殺人事件が発生したこと 41頁
第4 ルクセンブルクで施行されていたルクセンブルク民法における離婚後単独親権の規定が,法の下の平等を規定したルクセンブルク憲法に違反するとの判断(ルクセンブルクにおいては決定)が,2008年12月12日にルクセンブルク憲法院で出されていること。それは日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実であること 43頁
 
第1 被告提出令和2年2月28日付第2準備書面について
1 「第1 条約違反をいう原告の主張に理由がないこと」の2項(自由権規約についての原告の主張が失当であること)について
(1) 被告は,「自由権規約23条4項は,締約国が執るべき具体的な措置について規定しておらず,原告の主張に係る「離婚後共同親権制度」の採用のための措置を執ることを締約国に直ちに求めているものと解することは困難である。したがって,民法819条2項が自由権規約23条4項に違反するとはいえない。」と主張する。
(2) しかしながら,自由権規約23条4項は,被告が引用した第一文と第二文が一体となった規定である。自由権規約23条4項は,「この規約の締約国は,婚姻中及び婚姻の解消の際に,婚姻に係る配偶者の権利及び責任の平等を確保するため,適当な措置をとる。その解消の場合には,児童に対する必要な保護のため,措置がとられる。」と一体として規定しているのである。
すると,自由権規約23条4項が第一文で,「この規約の締約国は,婚姻中及び婚姻の解消の際に,婚姻に係る配偶者の権利及び責任の平等を確保するため,適当な措置をとる。」と規定している以上,婚姻の解消(離婚)の際に,婚姻に係る配偶者の権利及び責任の平等を確保することに,離婚後の子に対する親権をも平等にすることを含むことは明白である。既に原告が主張したように,親の子に対する親権が,前国家的権利,自然的権利である以上,それは両親に平等に保障されるべき性質の権利であるからである。そして,日本と同様に自由権規約を批准している国では,離婚後共同親権制度が採用されていること(訴状で引用したように,常葉大学教育学部紀要<報告>第38号2017年12月409-425頁大森貴弘「翻訳:ドイツ連邦憲法裁判所の離婚後単独親権違憲判決」の425頁(甲7)では,「現在では,ヨーロッパ全域,アメリカ合衆国,ロシア,中国,韓国等でも離婚後共同親権が導入されている。今や日本は先進国で離婚後単独親権を取る唯一の国となった。わが国はハーグ条約に批准した後も、子どもを連れ去った配偶者が継続性の原則により親権を得る「連れ去り得」と言われる司法実務が横行しており、基本的人権を顧みない裁判実務には抜本的な改革が必要である。」と指摘されている。)からしてもそれは明白である。国際的な人権保障基準を統一する目的で締結される国際人権条約の批准国には,外の批准国と同じ内容の,同じ国際水準の基本的人権を保障する国内法の制定が求められるのである。その意味において日本には,離婚後共同親権制度の導入が,自由権規約23条4項第一文が規定した,夫婦の婚姻の解消(離婚)後の平等を確保する観点から,要請されることは明白である。
そして,自由権規約23条4項の第2文が,第1文を受けて(第1文と一体となって)「その解消の場合には,児童に対する必要な保護のため,措置がとられる。」と規定していることからしても,自由権規約23条4項が,離婚後の子に対する親権を共同親権制度にすることを求めていることは明白である。原告が訴状でも引用したように,近時児童虐待が大きな日本の社会問題となっている(甲10,甲11)。そして,日本と同様に自由権規約を批准している国では,離婚後共同親権制度が採用されていること(甲7)により,子の側からすると,両親の婚姻の解消後(離婚後)も両親の共同親権を享受することができる地位が保障されている。それは,離婚後共同親権であることにより,子を監護していない側の親が,子に対して児童虐待などの福祉に反する事態が生じた場合には,親権者として子を救済することができることを,子の側からすると親権者から救済される地位が保障されることを意味している。それに対して日本では,民法819条2項(本件規定)が規定する離婚後単独親権制度により,離婚後共同親権制度に基づく子の福祉の保護の実現ができないのである。上でも述べたように,国際的な人権保障基準を統一する目的で締結される国際人権条約の批准国には,他の批准国と同じ内容の,同じ国際水準の基本的人権を保障する国内法の制定が求められるのである。その意味において日本には,離婚後共同親権制度の導入が,自由権規約23条4項第二文が規定した,夫婦の婚姻の解消後(離婚後)における子の福祉の保護の実現の観点から,要請されることは明白である。
(3)ア なお被告は,2-3頁アにおいて,自由権規約23条4項第1文について,さらにイにおいて,自由権規約26条について,それぞれ原告の主張を取り上げた上で,3頁(2)において,「この点をおくとして,離婚後共同親権制度が児童虐待を防ぐ有力な手段となるとの原告の主張は,離婚後共同親権制度が採用されると,未成年の子と同居していない親が子と接触する機会があたかも増大するとの前提に基づくものと解されるところ,被告の令和元年8月30日付け第1準備書面第2の2(5)及び5(2)(5,10及び11ページ)で述べたとおり,我が国の法制上、親権を有しないことを面会交流の制限理由とする規定は存在せず,父母が離婚した場合に,子と同居しない側の親が,離婚前に比べて子と接触する機会が減少することは,親権者として父母の一方が定められる場合も父母の双方が定められる場合も変わりはないのであるから,上記(1)アの主張はその前提を欠く。したがって,原告の上記(1)アの主張は失当である。」と主張する。
イ この点につき,被告は「我が国の法制上、親権を有しないことを面会交流の制限理由とする規定は存在せず,父母が離婚した場合に,子と同居しない側の親が,離婚前に比べて子と接触する機会が減少することは,親権者として父母の一方が定められる場合も父母の双方が定められる場合も変わりはないのであるから,上記(1)アの主張はその前提を欠く。」と主張する。
しかしながら,例えば、第183回国会(常会)(平成25年)に浜田和幸議員が参議院議長に提出した質問主意書には,以下の内容が指摘されている(甲31)。
「ハーグ条約及び親権の在り方に関する質問主意書
国際結婚が破綻した夫婦間の子供の扱いを定めたハーグ条約の加盟承認案と国内手続きを定める条約実施法案が,衆議院で審議入りした。両法案に関連して,親権の在り方について以下質問する。
一 調停や裁判による離婚の場合,国内の家庭裁判所では,連れ去った親の側に親権が与えられ,連れ去られた側の親は月一回程度の面会しか認められない判決が圧倒的に多く,その面会も理由を付けて拒絶され,子に全く会えなくなった苦痛から自殺する親もいる。」
原告は訴状11頁(11)で,民法819条2項(本件規定)が離婚後単独親権制度を採用している結果,離婚後の子の親権を得る目的で「子の連れ去り」が行われていることを主張したが,この浜田和幸議員の質問主意書で指摘されている「調停や裁判による離婚の場合,国内の家庭裁判所では,連れ去った親の側に親権が与えられ,連れ去られた側の親は月一回程度の面会しか認められない判決が圧倒的に多く,その面会も理由を付けて拒絶され,子に全く会えなくなった苦痛から自殺する親もいる。」との事実は,明らかに現在の民法819条2項(本件規定)が採用した離婚後単独親権制度によって生じている事態である(上でも引用した常葉大学教育学部紀要<報告>第38号2017年12月409-425頁大森貴弘「翻訳:ドイツ連邦憲法裁判所の離婚後単独親権違憲判決」の425頁(甲7)では,「現在では,ヨーロッパ全域,アメリカ合衆国,ロシア,中国,韓国等でも離婚後共同親権が導入されている。今や日本は先進国で離婚後単独親権を取る唯一の国となった。わが国はハーグ条約に批准した後も、子どもを連れ去った配偶者が継続性の原則により親権を得る「連れ去り得」と言われる司法実務が横行しており、基本的人権を顧みない裁判実務には抜本的な改革が必要である。」と指摘されている。そこに記載されている「子どもを連れ去った配偶者が継続性の原則により親権を得る「連れ去り得」と言われる司法実務」は,明らかに現在の民法819条2項(本件規定)が採用した離婚後単独親権制度によって生じている事態である)。
すると,被告は「我が国の法制上、親権を有しないことを面会交流の制限理由とする規定は存在せず,父母が離婚した場合に,子と同居しない側の親が,離婚前に比べて子と接触する機会が減少することは,親権者として父母の一方が定められる場合も父母の双方が定められる場合も変わりはないのであるから,上記(1)アの主張はその前提を欠く。」と主張するが,離婚後共同親権制度が採用されれば,当然離婚後単独親権制度である民法819条2項(本件規定)により生じている「調停や裁判による離婚の場合,国内の家庭裁判所では,連れ去った親の側に親権が与えられ,連れ去られた側の親は月一回程度の面会しか認められない判決が圧倒的に多く,その面会も理由を付けて拒絶され,子に全く会えなくなった苦痛から自殺する親もいる。」(甲31)という事態が改善されることは明白である。この事態の改善は,現在の民法819条2項(本件規定)により親権を失う親の基本的人権の回復であると同時に,子の基本的人権の回復でもある。
甲31号証で指摘されている,「調停や裁判による離婚の場合,国内の家庭裁判所では,連れ去った親の側に親権が与えられ,連れ去られた側の親は月一回程度の面会しか認められない判決が圧倒的に多く,その面会も理由を付けて拒絶され,子に全く会えなくなった苦痛から自殺する親もいる。」との事態は明白に自由権規約23条4項第1文「この規約の締約国は,婚姻中及び婚姻の解消の際に,婚姻に係る配偶者の権利及び責任の平等を確保するため,適当な措置をとる。」に反することである。また,その事態は,明白に自由権規約23条4項における「その解消の場合には,児童に対する必要な保護のため,措置がとられる。」ことに反することである(第2文)。
甲31号証でも問題として指摘されている「子の連れ去り」(現在の民法819条2項(本件規定)が採用した離婚後単独親権制度を前提として,子の親権を得ることを希望した親が子を連れ去り親権を得ようとすること)は,連れ去られる親の側から見ても,連れ去られた子の側から見ても,基本的人権を侵害し,法の下の平等の観点からも許されることではない。「子の連れ去り」を生んでいるのは,現在の民法819条2項(本件規定)が採用した離婚後単独親権制度であり,その意味で本件規定は,自由権規約23条4項にも違反することは明白である。
そして,そのような「子の連れ去り」を生んでいる本件規定を離婚後共同親権制度へと改正するべき国会(国会議員)の立法義務があることは明白である。なぜならば,離婚後共同親権制度へと改正されれば,甲31号証で指摘されている「現在の民法819条2項(本件規定)が採用した離婚後単独親権制度を前提として,子の親権を得ることを希望した親が子を連れ去り親権を得ようとすること」の問題は,解消するからである。なぜならば,子を連れ去っても,離婚後共同親権制度であれば,子の親権のために連れ去ること自体に意味が失われるからである。それは,自由権規約23条4項の要請でもある。
ウ なお,被告は「離婚後共同親権制度が児童虐待を防ぐ有力な手段となるとの原告の主張は,離婚後共同親権制度が採用されると,未成年の子と同居していない親が子と接触する機会があたかも増大するとの前提に基づくものと解されるところ」と主張するが,原告はそのような場合のみを念頭に置いているのではない。仮に,親Aと親Bが離婚した後,子Cの親権を得た親AがDと再婚し,AもしくはDが子Cに対して虐待行為等を行っている場合には,離婚後親権を得なかった親Bは現行の民法819条2項(本件規定)が採用する離婚後単独親権制度では親権者としての権利を行使して子Cを救済することができないが,離婚後共同親権制度では親権者としての権利を行使して子Cを虐待から救済することができるのである。離婚後共同親権制度では,子と接触する機会が増大するかどうかを問わず,親権者としての権利を行使して子を救済する手段が与えられることになるのである。
ちなみに,自由権規約23条4項は第二文において,「その解消の場合には,児童に対する必要な保護のため,措置がとられる。」と規定している。ウの前段落における児童虐待の例で述べた,離婚後共同親権者制度への改正により,両親に親権者として子を救済する手段が与えられることは,まさに「婚姻関係解消の場合における児童に対する必要な保護のための措置」そのものが実現することを意味している。
エ また被告は,3頁において,「イ また,被告第1準備書面第2の4(6及び7ページ)で述べたとおり,本件規定は,父母間において別異取扱いをしているものではないから,上記(1)イの主張は失当である。」と主張する。
しかしながら,自由権規約26条は,法の下の平等を規定する。
そして,原告が既に主張したように,親の子に対する親権は基本的人権であり(例えば,原告が提出した準備書面(1)8頁(11)でも引用したように,文部科学省のHPでは,「親には,憲法以前の自然権として親の教育権(教育の自由)が存在すると考えられているが,この義務教育は,国家的必要性とともに,このような親の教育権を補完し,また制限するものとして存在している。」と解説されている(甲22)。その記載内容により,国は,子の成長と養育に関わる親の子に対する親権が,憲法13条の幸福追求権や人格権の一内容を構成すると解釈する立場であることは明白である。),さらには,親の子に対する親権は,それが幸福追求権に基づくものである以上,両親に平等に保障されるべき性質を有する基本的人権である。そして,諸外国の憲法において,親権が基本的人権(前国家的権利,自然的権利)として保障されていることも,原告が訴状及び準備書面(1)で述べたところである。
そのような親権の性質からすると,また上でも述べたように,日本と同様に自由権規約を批准している国では,離婚後共同親権制度が採用されていることからすると(甲7),国際的な人権保障基準を統一する目的で締結される国際人権条約の批准国には,他の批准国と同じ内容の,同じ国際水準の基本的人権を保障する国内法の制定が求められるのであり,自由権規約26条が法の下の平等を規定していることにより,自由権規約23条4項が夫婦の婚姻の解消(離婚)後の平等を規定していることと同様に,自由権規約の批准国である日本に対して,離婚後共同親権制度を要請していることは明白である。そうでなければ,自由権規約の批准国の間で,同じ国際水準の基本的人権を保障する国内法が制定されていない事態が生じるからである。
それらのことからすると,現在の民法819条2項(本件規定)が採用した離婚後単独親権制度は,「法の下の平等」を求める自由権規約26条にも違反することは明白である。自由権規約26条により,本件規定を離婚後共同親権制度へと改正するべき国会(国会議員)の立法義務があることは明白である。
オ なお,日本が締約国となっている条約の内容は,日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実として存在している(甲4号証32頁,甲5号証6頁)。
上で指摘した点からすると,自由権規約23条4項や自由権規約26条の内容が,日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実となり,離婚後単独親権制度を採用した民法819条2項(本件規定)が,日本国憲法13条,14条1項,24条2項に違反すると解釈されるべきことは明白である。
2 「第1 条約違反をいう原告の主張に理由がないこと」の3項(児童の権利条約についての原告の主張が失当であること)について
(1) ア 被告は,4-5頁(2)アにおいて,「しかしながら,児童の権利条約は児童の最善の利益を主として考慮するとしており,具体的には9条1項は,「締約国は,児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する。」との規定に続いて,「ただし,権限のある当局が司法の審査に従うことを条件として適用のある法律及び手続に従いその分離が児童の最善の利益のために必要であると決定する場合は,この限りでない。」と規定している。また,同条3項も「児童の最善の利益に反する場合を除くほか」との留保が付されている。被告第1準備書面第2の2(3)(4ページ)で述べたとおり,本件規定は,裁判上の離婚をする父母について,裁判所が後見的立場から親権者としての適格性を吟味し,その一方を親権者と定めることにより,子の利益を保護する制度であり,上記ただし書及び留保と整合的と解されるところ,原告の本件規定が児童の権利条約9条1項及び3項に違反するとの主張は,上記ただし書及び留保を踏まえた主張とは考えられず,原告の上記(1)アの主張は失当というべきである。」と主張する。
しかしながら,被告が引用した児童の権利条約9条1項は,「締約国は,児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する。ただし,権限のある当局が司法の審査に従うことを条件として適用のある法律及び手続に従いその分離が児童の最善の利益のために必要であると決定する場合は,この限りでない。このような決定は,父母が児童を虐待し若しくは放置する場合又は父母が別居しており児童の居住地を決定しなければならない場合のような特定の場合において必要となることがある。」と規定している。そしてそこで「権限のある当局が司法の審査に従うことを条件として」と規定されているのは,日本の国内法においては,例えば以下で引用する児童福祉法28条のような場合を念頭に置いている規定なのである。
児童福祉法28条
「保護者が,その児童を虐待し,著しくその監護を怠り,その他保護者に監護させることが著しく当該児童の福祉を害する場合において,第27条第1項第3号の措置を採ることが児童の親権を行う者又は未成年後見人の意に反するときは,都道府県は,次の各号の措置を採ることができる。
一 保護者が親権を行う者又は未成年後見人であるときは,家庭裁判所の承認を得て、第二十七条第一項第三号の措置を採ること。
二 保護者が親権を行う者又は未成年後見人でないときは,その児童を親権を行う者又は未成年後見人に引き渡すこと。ただし,その児童を親権を行う者又は未成年後見人に引き渡すことが児童の福祉のため不適当であると認めるときは,家庭裁判所の承認を得て,第二十七条第一項第三号の措置を採ること。」
つまり,「権限のある当局が司法の審査に従うことを条件として」との規定は,児童相談所のような法律上の権限のある当局が,裁判所の承認を得て措置を採ることについての規定であり,被告が主張するように「司法そのものが保護措置を行う」ことを念頭に置いている規定ではない。それは児童の権利に関する条約9条1項の条文の文言からも明らかであるし,その児童の権利に関する条約9条1項の条文では続けて「このような決定は,父母が児童を虐待し若しくは放置する場合又は父母が別居しており児童の居住地を決定しなければならない場合のような特定の場合において必要となることがある。」と規定されていることからも明らかである。
なお,児童の権利に関する条約の条約機関である子どもの権利委員会が,平成31年(2019年)2月1日付で,日本政府に対して出した勧告の28条と29条においても,この原告の主張を裏付ける内容の勧告が出されている(子どもの権利員会:総括所見:日本(第4~5回)(甲8の1,甲8の2))。以下の内容である。
「家庭環境を奪われた子ども
28.委員会は,家庭を基盤とする養育の原則を導入した2016年の児童福祉法改正,および,6歳未満の子どもは施設に措置されるべきではないとする「新しい社会的養育ビジョン」(2017年)の承認に留意する。しかしながら、委員会は以下のことを深刻に懸念するものである。
(a) 家族から分離される子どもが多数にのぼるとの報告があること,および,子どもは裁判所の命令なくして家族から分離される可能性があり,かつ最高2か月,児童相談所に措置されうること。
(b) いまなお多数の子どもが,水準が不十分であり,子どもの虐待の事件が報告されており,かつ外部者による監視および評価の機構も設けられていない施設に措置されていること。
(c) 児童相談所がより多くの子どもを受け入れることに対する強力な金銭的インセンティブが存在すると主張されていること。
(d) 里親が包括的支援,十分な研修および監視を受けていないこと。
(e) 施設に措置された子どもが,生物学的親との接触を維持する権利を剥奪されていること。
(f) 児童相談所に対し,生物学的親が子どもの分離に反対する場合または子どもの措置に関する生物学的親の決定が子どもの最善の利益に反する場合には家庭裁判所に申立てを行なうべきである旨の明確な指示が与えられていないこと。
29.子どもの代替的養護に関する指針に対して締約国の注意を喚起しつつ,委員会は,締約国に対し,以下の措置をとるよう促す。
(a) 子どもを家族から分離するべきか否かの決定に関して義務的司法審査を導入し,子どもの分離に関する明確な基準を定め,かつ,親からの子どもの分離が,最後の手段としてのみ,それが子どもの保護のために必要でありかつ子どもの最善の利益に合致する場合に,子どもおよびその親の意見を聴取した後に行なわれることを確保すること。
(b) 明確なスケジュールに沿った「新しい社会的養育ビジョン」の迅速かつ効果的な執行,6歳未満の子どもを手始めとする子どもの速やかな脱施設化およびフォスタリング機関の設置を確保すること。
(c) 児童相談所における子どもの一時保護の実務慣行を廃止すること。
(d) 代替的養護の現場における子どもの虐待を防止し,これらの虐待について捜査を行ない,かつ虐待を行なった者を訴追すること,里親養育および施設的環境(児童相談所など)への子どもの措置が独立した外部者により定期的に再審査されることを確保すること,ならびに,子どもの不当な取扱いの通報,監視および是正のためのアクセスしやすく安全な回路を用意する等の手段により,これらの環境におけるケアの質を監視すること。
(e) 財源を施設から家族的環境(里親家族など)に振り向け直すとともに,すべての里親が包括的な支援,十分な研修および監視を受けることを確保しながら,脱施設化を実行に移す自治体の能力を強化し,かつ同時に家庭を基盤とする養育体制を強化すること。
(f) 子どもの措置に関する生物学的親の決定が子どもの最善の利益に反する場合には家庭裁判所に申立てを行なうよう児童相談所に明確な指示を与える目的で,里親委託ガイドラインを改正すること。」
イ さらに被告は,児童の権利条約9条1項も3項も「児童の最善の利益」という文言を用いていると主張するが,原告が繰り返し主張したように,現在の民法819条2項(本件規定)が規定する離婚後単独親権制度が,子の連れ去りを生み(甲31,甲35,甲28),さらには児童虐待を生んでいる(訴状22頁(12)など)との指摘がされているのである。そのような事態は,児童の権利条約9条1項及び3項が規定する「児童の最善の利益」に適合していないことは明白である。そして,そのような事態を防止する離婚後共同親権制度こそが,児童の権利条約9条1項及び3項が規定する「児童の最善の利益」に合致する制度であることも明白である。
(2) 被告は,5頁(2)アの第2段落において,「また,既に主張したとおり,我が国の法制上、親権を有しないことを面会交流の制限理由とする規定は存在せず,本件規定が面会交流を限定的なものとしているとの原告の主張も失当である。」と主張するが,本書面第1の1項ウでも述べたように,原告の主張はそのような場合のみを念頭に置いているのではない。仮に,親Aと親Bが離婚した後,子Cの親権を得た親AがDと再婚し,AもしくはDが子Cに対して虐待行為等を行っている場合には,離婚後親権を得なかった親Bは現行の民法819条2項(本件規定)が採用する離婚後単独親権制度では親権者としての権利を行使して子Cを救済することができないが,離婚後共同親権制度では親権者としての権利を行使して子Cを虐待から救済することができるのである。離婚後共同親権制度では,子と接触する機会が増大するかどうかを問わず,親権者としての権利を行使して子を救済する手段が与えられることになるのである。
その意味においても,離婚後共同親権制度こそが,児童の権利条約9条1項及び3項が規定する「児童の最善の利益」に合致する制度であることは明白である。
(3) さらに被告は,5頁(2)イにおいて,「児童の権利条約18条1項も,「児童の養育発達」について父母が「共同の責任」を有するという原則についての認識を確保するよう,締約国が最善の努力を払うことを想定したものにすぎず,離婚後共同親権制度の採用を締約国に直ちに求める規定と解することは困難である。したがって,本件規定が児童の権利条約18条1項に違反するともいえない。」と主張する。
しかしながら,児童の権利条約18条1項は,「締約国は,児童の養育及び発達について父母が共同の責任を有するという原則についての認識を確保するために最善の努力を払う。父母又は場合により法定保護者は,児童の養育及び発達についての第一義的な責任を有する。児童の最善の利益は,これらの者の基本的な関心事項となるものとする。」と規定している。
そして,原告が繰り返し主張したように,現在の民法819条2項(本件規定)が規定する離婚後単独親権制度が,子の連れ去りを生み(甲31,甲35,甲28),さらには児童虐待を生んでいる(訴状22頁(12)など)との指摘がされているのである。そのような事態は,児童の権利条約18条1項が規定する「児童の養育及び発達について父母が共同の責任を有する」状態に反することは明白である。そして,そのような事態を防止する離婚後共同親権制度こそが,児童の権利条約18条1項が規定する「児童の最善の利益」に合致する制度であることも明白である。
(4) ここで,原告が準備書面(1)23頁で引用した甲26号証(各国の離婚後の親権制度に関する 調査研究業務報告書における,栗林佳代「フランスの親権制度―養親の離別後の親権行使を中心として」)の33-34頁を,以下で再度引用する。
「1987年法は,離婚後の親権行使について改正し,子の利益に従って選択的に父母の共同行使をすることを可能にした(民法典旧287,旧373-2条)。・・
1987年法による改正は,その施行後すぐに,親権の共同行使が徹底されていないこと,及び,児童の権利条約の子の権利の観点から不十分であると考えられ,1993年の法改正が進められることとなった。司法省が,1987年法による改正の実態を知るために,リヨンにある家族法センターに調査を依頼した。・・アンケート調査の結果は,1987年法による離婚後の選択的な親権の共同行使の導入は大成功であったことを示した。・・
そして,次のような1993年の法改正が行われた。この法改正時に,児童の権利条約9条の子が2人の親をもつ権利を国内法に実現するために,「親であることの共同性(coparentalité)という言葉が創られた。この言葉は,たとえ父母が離婚したとしても,子に対する責任は変わらずに共同して負うことを示す。1993年法は,婚姻関係にある父母の婚姻中の親権の共同行使を定める民法典旧372条を,非婚の父母にも適用し得るものへと改正した。離婚後については,親権の共同行使を原則として(民法典旧287条1項,旧373-2条),子の利益の観点から必要な場合のみ,例外的に単独行使とするとした(民法典旧287条2項,旧373-2条)。・・1993年法による改正は,1987年法による改正を進展させ,離婚後の共同親権を原則とし,非婚の家族にも親権の共同行使の原則をもたらし,大成功を収めたといわれる。」
このように,フランスでは,児童の権利に関する条約の規定にフランス国内法を適合させる観点から,それまでの1987年法を改正して,1993年法を制定し,そこで離婚後の共同親権を原則としたのである。そしてその法改正は,大成功を収めたと評価されているのである。
すると,フランスと同様に日本も児童の権利に関する条約の批准国なのであるから,フランスが児童の権利に関する条約に適合させるようにフランスの国内法を改正して離婚後共同親権制度を原則としたのと同様に,日本も児童の権利に関する条約に適合させるように日本の国内法を改正して離婚後共同親権制度を原則とするべき義務を,条約批准国として負っていることは明白である。
現に,日本がその条約批准国としての義務を履行していないために,訴状17頁のクでも引用したように,児童の権利に関する条約の条約機関である子どもの権利委員会は,平成31年(2019年)2月1日付で,日本政府に対して,「27.委員会は,締約国が,以下のことを目的として,十分な人的資源,技術的資源および財源に裏づけられたあらゆる必要な措置をとるよう勧告する。(b)子どもの最善の利益に合致する場合には(外国籍の親も含めて)子どもの共同監護権(shared custody of children)を認める目的で,離婚後の親子関係について定めた法律を改正するとともに,非同居親との個人的関係および直接の接触を維持する子どもの権利が恒常的に行使できることを確保すること。」を求める勧告を出したのである(子どもの権利員会:総括所見:日本(第4~5回)27条(b)(甲8の1,甲8の2)。なお,英語の「custody」は「養育権,保護権,監督権,親権」を含む意味の言葉である(甲9の1,甲9の2,甲9の3)。)。
これらのことからすると,フランスと同様に,日本も児童の権利に関する条約の批准国として,民法819条2項(本件規定)を改正して,離婚後共同親権制度を導入するべき義務を負っていることは明白である。
(5) なお,日本が締約国となっている条約・勧告の内容は,日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実として存在している(甲4号証32頁,甲5号証6頁)。
上で指摘した点からすると,児童の権利条約9条1項、9条3項、18条1項の内容や児童の権利に関する条約の条約機関である子どもの権利委員会の勧告の内容(甲8の1,甲8の2)が,日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実となり,離婚後単独親権制度を採用した民法819条2項(本件規定)が,日本国憲法13条、14条1項、24条2項に違反すると解釈されるべきことは明白である。
3 「第1 条約違反をいう原告の主張に理由がないこと」の4項(ハーグ条約についての原告の主張が失当であること)について
(1) 被告は,6頁(2)において,「ハーグ条約は,各締約国の親権を含む監護のあり方について何ら定めたものではないことから,本件規定との抵触は直ちに問題とならない。」と主張する。
(2) しかしながら,ハーグ条約上の「不法な連れ去り」とは,各批准国の国内法(子が常居所を有していた国の法令)において「不法な連れ去り」とされる行為を意味している。
ハーグ条約3条は,「子の連れ去り又は留置は,次のa及びbに該当する場合には,不法とする。a 当該連れ去り又は留置の直前に当該子が常居所を有していた国の法令に基づいて個人,施設又は他の機関が共同又は単独で有する監護の権利を侵害していること。b 当該連れ去り若しくは留置の時にaに規定する監護の権利が共同若しくは単独で現実に行使されていたこと又は当該連れ去り若しくは留置がなかったならば当該権利が共同若しくは単独で現実に行使されていたであろうこと。」と規定している。
また外務省HPのハーグ条約関連資料の頁(甲32)に掲載されている「エリザ・ペレス―ヴェラ氏による解説報告書(和訳,早川眞一郎教授翻訳監修)」46頁119項には,「本条約によれば,子の連れ去りが不法であるかどうかは,それが子の常居所の法令により付与された監護の権利の現実の行使を侵害してなされたかどうかによるのであるから」と記載されている(甲33)。
また,ハーグ条約3条において,「監護の権利を侵害していること」と規定されている理由について,そのエリザ・ペレス―ヴェラ氏による解説報告書の28頁71項の箇所では,以下の記載がされている(甲33)。
「ところで,本条約が採用した見解においては,共同監護権を有する者の1人が,他方の監護権者の同意なしに子を連れ去ることも,不法とされている。この場合において,この不法性は,法律に反することに根拠を有するものではなく,その行為がこれも法律により保護されているところの他方の親の権利を無視し,当該権利の通常の行使を妨害したという事実に基づくものである。本条約の真の性質は,このような状況において,より明瞭に示されることになる。すなわち,本条約は,将来において子の監護が誰に託されるべきかという点や,かつて下された共同監護の決定をその前提となった事情が変わったため修正する必要があるかという点について決めようとするのではなく,監護に関する終局的な決定が,当事者のひとりが一方的にもたらした事情の変更によって影響されてしまうという事態を避けようとしているにすぎない。」
このように,ハーグ条約3条の規定や,ハーグ条約についてのエリザ・ペレス―ヴェラ氏による解説報告書(甲33号証46頁119項)を前提とすると,ハーグ条約において他の批准国に子の引き渡しを請求できる不法な連れ去りとされるためには,子の連れ去りがその子が常居所を有していた国の法令で,「監護の権利が侵害された」とされていることが必要である。そして,そこで「監護の権利が侵害された」文言が使用されている理由について,エリザ・ペレス―ヴェラ氏による解説報告書(甲33号証28頁71項)の箇所に記載がされているように,ハーグ条約としては,「共同監護権を有する者の1人が,他方の監護権者の同意なしに子を連れ去ることも,不法とされている。監護に関する終局的な決定が,当事者のひとりが一方的にもたらした事情の変更によって影響されてしまうという事態を避けようとしている」ことを明確にするために,あえて「監護の権利が侵害された」と規定しているのである(甲33)。これが,ハーグ条約の「理念」である。
すると,現在日本側から他の締約国に対して,ハーグ条約に基づく子の返還請求が行われているのであるから(甲34),ハーグ条約上の「不法な連れ去り」が,各批准国の国内法(子が常居所を有していた国の法令)において「不法な連れ去り」とされる行為を意味している以上,日本の国内法においても,一方親による他方親の同意を得ない子の連れ去りは,ハーグ条約上の「不法な連れ去り」(共同監護権を有する他方親の監護権を侵害する行為)に該当することは明白である。そして,ハーグ条約が「不法な連れ去り」に「共同監護権を有する他方親の監護権を侵害する行為」を含めており,その理由が「共同監護権を有する者の1人が,他方の監護権者の同意なしに子を連れ去ることで,監護に関する終局的な決定が,当事者のひとりが一方的にもたらした事情の変更によって影響されてしまうという事態を避ける」ことにある(甲33号証28頁71項)以上,日本の国内法においても,その共同監護権を有する者の1人が,他方の監護権者の同意なしに子を連れ去ることで,その後の監護に関する終局的な決定が,その「子を連れ去った者」がもたらした「子の連れ去り」という事情の変更によって影響されてしまうという事態が生じることが許されないことは明白である。
ところが,上でも引用したが,第183回国会(常会)(平成25年)に浜田和幸議員が参議院議長に提出した質問主意書には,以下の内容が指摘されている(甲31)。
「一 調停や裁判による離婚の場合,国内の家庭裁判所では,連れ去った親の側に親権が与えられ,連れ去られた側の親は月一回程度の面会しか認められない判決が圧倒的に多く,その面会も理由を付けて拒絶され,子に全く会えなくなった苦痛から自殺する親もいる。」
この質問主意書(甲31)でも指摘されているように,日本の国内法では,一方親が他方親の同意を得ない子の連れ去りは,他方親の監護権を侵害する行為とはされていないのである。
さらに,質問主意書(甲31)でも指摘されているように,「調停や裁判による離婚の場合,国内の家庭裁判所では,連れ去った親の側に親権が与えられ,連れ去られた側の親は月一回程度の面会しか認められない判決が圧倒的に多く,その面会も理由を付けて拒絶され,子に全く会えなくなった苦痛から自殺する親もいる」という事態が生じているのである。
この問題については,第200回国会の令和元年11月14日の参議院法務委員会において,嘉田由紀子議員が,親権を付与する基準が法的にないことの結果,裁判所が「継続性の原則」を適用するため,親の一方が強制的に子の連れ去りを行い,「継続性の原則」により離婚後に子の単独親権者となるための実態を作っていると指摘されている。議事録における以下の内容である(甲35号証15頁)。
 「〇嘉田由紀子君 ・・既に法律に,民法の八百十九条には,離婚後は単独親権という規定があるわけです。その規定を変える必要があるだろうことを私どもは申し上げておるわけです。
 しかも,単独親権でありながら,親権を付与する基準が法的にございません。例えば,アメリカのニューヨーク州などでは子供を養育する親の能力やあるいは親の心身の健康状態,そこに親のお互いに協力し合う能力,フレンドリーペアレントルールというようなものがございます。これはフランスあるいはドイツでもございますけれども,この辺りの基準なしに単独親権というものがある。そうすると,法の実務,裁判所の現場ではどうなるかというと,実は継続性の原則,これは全くルールとして原則ではないんですけれども,法の実務上,継続性の原則というところで,例えば強制的に連れ去りをしたりというところから実態をつくっていくということが起きているわけでございます。」
ここで嘉田由紀子議員が指摘しているように,現在の民法819条2項(本件規定)が規定する離婚後単独親権制度を前提として,「子の連れ去り」により,子を現実に育てている状態(実態)を継続することで,いわゆる法の実務上の「継続性の原則」に基づき,離婚後の子の単独親権を得ようとする事態が多発しているのである。
これらの議員が指摘するように,離婚後単独親権制度を採用した民法819条2項(本件規定)により,「一方親により子が連れ去られる事態」は発生しているのである(甲31,甲35)。それに対して,繰り返しになるが,ハーグ条約上の「不法な連れ去り」が,各批准国の国内法(子が常居所を有していた国の法令)において「不法な連れ去り」とされる行為を意味していること,さらには,ハーグ条約が「不法な連れ去り」に「共同監護権を有する他方親の監護権を侵害する行為」を含めた理由が,「共同監護権を有する者の1人が,他方の監護権者の同意なしに子を連れ去ることで,監護に関する終局的な決定が,当事者のひとりが一方的にもたらした事情の変更によって影響されてしまうという事態を避ける」ことからすると(甲33号証28頁71項),日本の国内法においても,その共同監護権を有する者の1人が,他方の監護権者の同意なしに子を連れ去ることで,その後の監護に関する終局的な決定が,その「子を連れ去った者」がもたらした「子の連れ去り」という事情の変更によって影響されてしまうという事態が生じることが許されないことは明白である。
それに対して,離婚後単独親権制度を採用した民法819条2項(本件規定)を離婚後共同親権制度へと法改正することにより,一方親が子を連れ去ることによって,その一方的にもたらした事情の変更により影響を与えて離婚後の単独親権を得ることができなくなくなるのである。その結果一方親が離婚前に子を連れ去ることは意味を失い,議員が指摘する「子の連れ去り」が放任されている事態(甲31,甲35)が生じることを止めることができるのである。離婚後共同親権制度が,ハーグ条約の「理念」に合致した制度であることは明白である。
その意味において,ハーグ条約の批准国である日本の国会(国会議員)には,ハーグ条約と適合するように,現在の民法819条2項(本件規定)が規定する離婚後単独親権制度を,離婚後共同親権制度への法改正を行う義務があることは明白である。
(3) ちなみに,訴状17頁のクで引用したように,児童の権利に関する条約の条約機関である子どもの権利委員会は,平成31年(2019年)2月1日付で,日本政府に対して,「27.委員会は,締約国が,以下のことを目的として,十分な人的資源,技術的資源および財源に裏づけられたあらゆる必要な措置をとるよう勧告する。(b)子どもの最善の利益に合致する場合には(外国籍の親も含めて)子どもの共同監護権(shared custody of children)を認める目的で,離婚後の親子関係について定めた法律を改正するとともに,非同居親との個人的関係および直接の接触を維持する子どもの権利が恒常的に行使できることを確保すること。」を求める勧告を出した(子どもの権利員会:総括所見:日本(第4~5回)27条(b)(甲8の1,甲8の2)。なお,英語の「custody」は「養育権,保護権,監督権,親権」を含む意味の言葉である(甲9の1,甲9の2,甲9の3)。)。
その総括所見において,児童の権利に関する条約の条約機関である子どもの権利委員会は,平成31年(2019年)2月1日付で,日本政府に対して,「31.委員会は、締約国が、子どもの不法な移送および不返還を防止しかつこれと闘い、国内法を国際的な子の奪取の民事上の側面に関するハーグ条約と調和させ、かつ、子どもの返還および面会交流権に関する司法決定の適正かつ迅速な実施を確保するために、あらゆる必要な努力を行なうよう、勧告する。委員会はさらに、締約国が、関連諸国、とくに締約国が監護または面会権に関する協定を締結している国々との対話および協議を強化するよう、勧告するものである。」と勧告を行っている(子どもの権利委員会:総括所見:日本(第4~5回)31条)(甲8の1,甲8の2)。
この勧告31条(甲8の1,甲8の2)により,日本は,「子どもの不法な移送および不返還を防止しかつこれと闘う」義務を負い,また日本は「国内法を国際的な子の奪取の民事上の側面に関するハーグ条約と調和させ,かつ,子どもの返還および面会交流権に関する司法決定の適正かつ迅速な実施を確保するために,あらゆる必要な努力を行なう」義務を負うことになる。
この勧告31条(甲8の1,甲8の2)が出された事実は,被告が主張するように,「同条約を実施するための国内法(実施法)が既に整備されていること」によるだけでは,日本について,ハーグ条約の規定と「理念」が完全に履行されていないことを意味している。
そして,児童の権利に関する条約の条約機関である子どもの権利委員会が,平成31年(2019年)2月1日付で,日本政府に対して,①離婚後共同親権制度への法改正を求めると同時に(27条),②日本の国内法をハーグ条約に適合させることをも求める勧告を行ったこと(31条)は,象徴的なことであった(子どもの権利委員会:総括所見:日本(第4~5回)27条、31条)(甲8の1,甲8の2)。その①②が同時に日本に対して勧告されたことは,原告が上で述べたように,現在の民法819条2項(本件規定)が規定する離婚後単独親権制度ではハーグ条約と日本の国内法とが適合していないこと,現在の民法819条2項(本件規定)が規定する離婚後単独親権制度により「子の連れ去り」が発生していること,そしてその不適合を解消するためには,離婚後共同親権制度への法改正が必要であることを,如実に示している。
(4) なお,日本が締約国となっている条約・勧告の内容は,日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実として存在している(甲4号証32頁,甲5号証6頁)。
上で指摘した点からすると,ハーグ条約の規定の内容や児童の権利に関する条約の条約機関である子どもの権利委員会の勧告の内容が,日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実となり,離婚後単独親権制度を採用した民法819条2項(本件規定)が,日本国憲法13条、14条1項、24条2項に違反すると解釈されるべきことは明白である。
4 「第2 原告準備書面(1)に対する反論」について
(1) 1項(本件規定が憲法13条に違反するものではないこと)について
ア 被告は,(2)において「しかしながら,親権が憲法上保障された人権ではないことについては,既に被告第1準備書面第2の3(5及び6ページ)で主張したとおりである。」と主張する(6-7頁)。
イ しかしながら,親権が憲法上保障された人権であることについては,原告が訴状及び準備書面(1)で外国法などを引用しながら,詳細に述べたとおりである。
その1つであるドイツ憲法について再度述べる。ドイツでは,かつては日本と同様に裁判離婚後は単独親権制度が採用されていたものの,1982年に連邦憲法裁判所において,離婚後の例外なき単独親権を定めたドイツ民法1671条4項1文の規定が,親の権利を定めたドイツ基本法6条2項1文の権利を侵害するとの判決が出された。同判決後,ドイツでは離婚後の例外なき単独親権は違憲となり,個別事例での対応が続いていたが,1998年に親子法改正法(1997年制定)が施行され,離婚後共同親権(共同配慮権)が法制化された(大森貴弘「翻訳:ドイツ連邦憲法裁判所の離婚後単独親権違憲判決」常葉大学教育学部紀要<報告>第38号2017年12月409-425頁(甲7。訳者解説は甲7号証の425頁。))。その1982年のドイツ連邦憲法裁判所違憲判決では,明確に「親の権利」を定めたドイツ基本法6条2項1文の権利を侵害すると判示されている。
そのドイツ憲法6条(婚姻,家族,母および子の保護)の(2)(2項1文)は,「子どもの育成および教育は,両親の自然的権利であり,かつ,何よりもまず両親に課せられている義務である。」と規定している(甲16号証178頁)。
そして,そのドイツ連邦憲法裁判所の離婚後単独親権違憲判決についての解説である常葉大学教育学部紀要<報告>第38号2017年12月409-425頁大森貴弘「翻訳:ドイツ連邦憲法裁判所の離婚後単独親権違憲判決」の425頁(甲7)では,「現在では,ヨーロッパ全域,アメリカ合衆国,ロシア,中国,韓国等でも離婚後共同親権が導入されている。今や日本は先進国で離婚後単独親権を取る唯一の国となった。わが国はハーグ条約に批准した後も,子どもを連れ去った配偶者が継続性の原則により親権を得る「連れ去り得」と言われる司法実務が横行しており.基本的人権を顧みない裁判実務には抜本的な改革が必要である。」と指摘されている。その解説では明確に「基本的人権」と指摘されているのである。
ウ 被告は,旭川学力テスト判決について,「この点,原告は,旭川学力テスト判決の「子どもの教育は,子どもが将来一人前の大人となり,共同社会の一員としてその中で生活し,自己の人格を完成,実現していく基礎となる能力を身につけるために必要不可欠な営みであり,それはまた,共同社会の存続と発展のためにも欠くことのできないものである。この子どもの教育は,その最も始源的かつ基本的な形態としては,親が子との自然的関係に基づいて子に対して行う養育,監護の作用の一環としてあらわれるのである」との判示をその論拠とするものであるが,同判示部分は,あくまで国家と家庭のいずれかが教育の内容を決定する権能を有するかという文脈である一方で,そもそも教育を超えた「親権」について判示するものではないから,原告の上記主張の論拠たり得ない。」と主張する(7頁)。
しかしながら,上でも引用したドイツ憲法6条(婚姻,家族,母および子の保護)の(2)(2項1文)は,「子どもの育成および教育は,両親の自然的権利であり,かつ,何よりもまず両親に課せられている義務である。」と規定している(甲16号証178頁)。その規定を根拠に,1982年にドイツ連邦憲法裁判所において,離婚後の例外なき単独親権を定めたドイツ民法1671条4項1文の規定が,親の権利を定めたドイツ基本法6条2項1文の権利を侵害するとの判決が出されたのである。それは,子どもの育成および教育が,親の自然的権利としての基本的人権であるからに他ならない。
そして何よりも,旭川学力テスト判決が「この子どもの教育は,その最も始源的かつ基本的な形態としては,親が子との自然的関係に基づいて子に対して行う養育,監護の作用の一環としてあらわれるのである」と判示した内容は,まさにドイツ憲法6条(婚姻,家族,母および子の保護)の(2)(2項1文)が,「子どもの育成および教育は,両親の自然的権利であり,かつ,何よりもまず両親に課せられている義務である。」と規定している内容と,事実上同一である(甲16号証178頁)。
エ なお,これも原告が準備書面(1)8頁(11)で述べたところであるが,文部科学省のHPでは,教育基本法第4条(第4条(義務教育)第1条 国民は,その保護する子女に,九年の普通教育を受けさせる義務を負う。第2条 国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については,授業料は,これを徴収しない。)の「義務を負う」の解説において,「親には,憲法以前の自然権として親の教育権(教育の自由)が存在すると考えられているが,この義務教育は,国家的必要性とともに,このような親の教育権を補完し,また制限するものとして存在している。」と解説されている(甲22)。そこで「親には,憲法以前の自然権としての親の教育権(教育の自由)が存在すると考えられている」と指摘されていることは,日本法においても,親の未成年者子に対する親権は,憲法が保障する基本的人権であることを被告(国)自身が認めていることを意味している。
民法820条は「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負う。」と規定し,親権者が子にいかなる教育を受けさせるか,子をいかなる学校に通学させるかなどの,子の教育についての決定を行う権限を法律上認めている。それは,文部科学省のHP(甲22)において,「親には,憲法以前の自然権として親の教育権(教育の自由)が存在すると考えられている」と解説されたことと対応する内容である。
オ ちなみに,親権が憲法上保障された人権であることについては,原告が訴状及び準備書面(1)で外国法などを引用しながら,詳細に述べたのに対して,被告は旭川学力テスト判決を除くものに対する反論を,何も行っていない。
カ また,被告は憲法13条についてのみ反論を行ったが,原告は,民法819条2項(本件規定)が,離婚後,親の一方からは一律かつ全面的に親権を剥奪し,親の一方だけが子に対する親権を有し,子についての決定を行える地位を与えており,それは「特権」であり,憲法14条1項及び憲法24条2項に違反していることを主張している。親の子に対する親権がその性質上両親に平等に保障されるべき存在だからである。その点についての原告の主張は,訴状及び準備書面(1)や本書面で述べたとおりである。
付言すると,本書面「第4」で引用した「ルクセンブルク違憲決定」では,ルクセンブルクで施行されていたルクセンブルク民法における離婚後単独親権の規定が,法の下の平等を規定したルクセンブルク憲法に違反するとの判断(ルクセンブルクにおいては決定)が,2008年12月12日にルクセンブルク憲法院で出されている。その「ルクセンブルク違憲決定」の立場からすると,「民法819条2項(本件規定)は,裁判所が親権者を定めるにつき,父親と母親との間において,取扱いに差を設けていないのだから,憲法14条1項及び憲法24条2項が定める法の下の平等に違反していない。」という本件訴訟における被告の反論(被告提出令和元年6月19日付答弁書5頁オ,被告提出令和元年8月30日付第1準備書面6-7頁4項)が認められないことは明白である。
キ 付言すると,被告は令和元年8月30日付第1準備書面3頁「2 本件規定の合理性 (1)親権の法的性質について」において,「親権は,未成年の子を健全な一人前の社会人として育成すべき養育保護する職分であり,そのために親に認められた特殊の法的地位である(乙第2号証。於保不二雄ほか編「新版注釈民法(25)親族(5)[改訂版]」53ページ)。親権とは「権」という用語を用いてはいるものの,その概念は,民法上の規定された他の権利とは異なる独特なものである。すなわち,未成熟の子と親との関係は非対等なものであるところ,このような非対等な人間関係を,市民法的な権利・義務の概念を用いて規律しようとすることには無理があり,子に対する親の権利というより,親の社会的責務とでもいうべきものである(乙第3号証。内田貴「民法Ⅳ親族・相続(補訂版)」(東京大学出版会)209及び210ページ)。」と主張する。
しかしながら,例えば選挙権の性質については,それを選挙人としての地位に基づいて公務員の選挙に関与する「公務」とみるか,国政への参加を国民に保障する「権利」とみるかについて争いがあり,多数説は,両者をあわせもつと解している(二元説と呼ばれる)(芦部信喜[高橋和之補訂]『憲法』(岩波書店,第七版,2019年)271頁((甲36))。とすると,仮に被告が主張するように,親権が権利としての側面と共に、子に対する責務としての側面を有しているとしても,それにより親権が基本的人権であることを否定する理由とはならない(最高裁大法廷平成17年9月14日判決は,公務としての性格と権利としての性格の両者をあわせもつと解されている選挙権について,国会(国会議員)の立法不作為責任を認めて,国に対する賠償命令を出している。)。
ちなみに,被告が引用する乙3号証では,「子に対する親の権利というより,親の社会的責務とでもいうべきものである」との説明がされているものの,その乙3号証の210頁においては,同記載の後の説明として,「親権は権利だけでなく義務を伴う,などと言われるが,そもそも財産法的な権利・義務では捉えきれないということを認識しておく必要があろう。」と記載されている。そこで「捉えきれない」と書かれているように,乙3号証における著者の説明の趣旨は,親権には純粋な「権利・義務」としての性質に,さらに異なる性質の側面が加わっている,という意味であることが分かるのである。それは,親権が「権利」としての性質を有することを認める記載である。
(2) 2項(本件規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものであることが明白であるとはいえないこと)について
ア (2)(本件規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものであることが明白であるとはいえないこと)について
(ア) 被告は,「問題となるのは,そのような父母の任意の協力関係が望めない場合であるが,その場合,仮に離婚後共同親権制度を採ったとすると,上記のとおり広範囲に及ぶ子に関する決定の全てを離婚した父母が共同で行うのか,一部のみ共同で行うのであればどの範囲で共同するのか,父母間で合意が整わないときは誰がどのように解決するのかなど,様々な問題が生じることが考えられる。したがって,被告第1準備書面第2の2(3)(4ページ)で述べたとおり,離婚後共同親権制度の下では,子に関する決定について父母の間で適時に適切な合意を形成することができず,かえって子の利益が害されるおそれがあることに十分留意する必要がある。一方で,本件規定は,裁判所が後見的立場から親権者としての適格性を吟味し,その一方で親権者と定めることで,子に関する事項について適時に適切な決定がされ,子の利益を保護することにつながるものであり,十分な合理性を有するものである。したがって,裁判離婚後共同親権制度を仮に導入するとした場合には,現行の親権の内容が共同行使の在り方といった点についても併せて検討することで不可避である。」と主張する(9-10頁)。
(イ) しかしながら,被告は「問題となるのは,そのような父母の任意の協力関係が望めない場合であるが,その場合,仮に離婚後共同親権制度を採ったとすると,上記のとおり広範囲に及ぶ子に関する決定の全てを離婚した父母が共同で行うのか,一部のみ共同で行うのであればどの範囲で共同するのか,父母間で合意が整わないときは誰がどのように解決するのかなど,様々な問題が生じることが考えられる。」と主張するが,それは離婚前の夫婦でも生じる問題である。離婚前の夫婦(父母)の関係が良好ではない場合や,任意の協力関係が望めない場合でも,現在の離婚前の夫婦の共同親権制度(民法818条3項「親権は,父母の婚姻中は,父母が共同して行う。ただし,父母の一方が親権を行うことができないときは,他の一方が行う。」)が適用されており,その改正論議が起きていないのであるから,離婚後も同様の共同親権制度が採用されるべきことは当然である。
被告は,「問題となるのは,そのような父母の任意の協力関係が望めない場合であるが」と主張するが,その主張の立場は逆に,「離婚後の父母の任意の協力関係が望める場合」には,離婚後共同親権制度が採用されても何等問題はない,というものである。すると,親の子に対する親権が基本的人権であり(憲法13条),さらには憲法14条1項及び憲法24条2項において保護される利益である以上,「離婚後の父母の任意の協力関係が望めない場合」を念頭に置いて,「離婚後の父母の任意の協力関係が望める場合」にまで一律かつ全面的に一方親の親権を剥奪している民法819条2項(本件規定)が,必要な限度を超えた,必要以上の制限を基本的人権や利益に課しているものであり,憲法13条,14条1項及び24条2項に反することは明白である。例えて言えば,子供に暴力を振るう者がいるとしても,暴力を振るわない者の親権を奪うことは許されないのである。
さらに言えば,民法819条2項(本件規定)は,離婚があくまでも夫婦関係の解消であり,親子関係の解消ではないにも拘わらず,一律に,夫婦の離婚に伴い,一方親から親権を全面的に奪う規定なのであるから,そこには立法目的と手段との間に,論理的関係自体が認められないことは明白である。
また,被告が「問題となるのは,そのような父母の任意の協力関係が望めない場合であるが」と主張するように,仮に離婚に伴い一方親の親権を失わせる必要性がある場合が存在しているとしても,そのような場合のために,民法は既に親権喪失制度(民法834条),親権停止制度(民法834条の2),管理権喪失制度(民法835条)の3種類の段階を分けた制度を設けているのであるから,あえて全ての離婚に際して,一方親の親権を,一律に全面的に失わせることには合理的な理由そのものがないことは明白である。その意味で民法819条2項(本件規定)は,立法目的と手段との間に実質的関連性を有していないことは明白である。
なお被告は,「問題となるのは,そのような父母の任意の協力関係が望めない場合であるが,その場合,仮に離婚後共同親権制度を採ったとすると,上記のとおり広範囲に及ぶ子に関する決定の全てを離婚した父母が共同で行うのか,一部のみ共同で行うのであればどの範囲で共同するのか,父母間で合意が整わないときは誰がどのように解決するのかなど,様々な問題が生じることが考えられる。」として,離婚後共同親権制度だと子に関する決定について適時に適切な合意をすることができないと主張するが,逆に現在の民法819条2項(本件規定)が採用する離婚後単独親権制度では,離婚後に子の親権者となれなかった側の親の意見は子に対する親権行使において全く反映されず,子の親権行使について,両親の間における話し合い,議論及び検討を行うことがないまま,行使がされてしまうのである。それは子について不利益であると同時に,親一人の独断で子について何でも決めることができることで子が離婚後親権者となった親の所有物であるかのような誤解を生んでいることや,子の人格を親とは別個の存在として尊重することが求められることは,原告が訴状23頁(13)アで引用した平成30年(2018年)7月15日付読売新聞の記事(甲11)において,「1896年(明治29年)制定の民法は,家制度を色濃く反映している。親権が子どもに対する支配権のように誤解され,児童虐待につながっているとの指摘もある。親権は2012年施行の改正民法で「子の利益のため」と明記されており,政府はこの観点から更なる法改正に着手する方向である。」などと指摘されているところである。それは,民法819条2項(本件規定)が採用する離婚後単独親権制度が,子について不利益や弊害を生じさせていることを意味している。
さらに被告は,「一方で,本件規定は,裁判所が後見的立場から親権者としての適格性を吟味し,その一方で親権者と定めることで,子に関する事項について適時に適切な決定がされ,子の利益を保護することにつながるものであり,十分な合理性を有するものである。」と主張する。しかしながら,嘉田由紀子議員が参議院法務委員会で指摘されているように(甲35号証15頁),裁判所は「継続性の原則」が適用されており,「現に子を監護している」という事実状態を重視して子の親権者を決定している。そのために,その「現に子を監護している」という事実状態を得るために,他方配偶者の同意を得ない「子の連れ去り」が発生しているのである(甲31,甲35,甲28)。とすると,被告が主張するように,「本件規定は,裁判所が後見的立場から親権者としての適格性を吟味し,その一方で親権者と定めることで,子に関する事項について適時に適切な決定がされ,子の利益を保護することにつながるものであり,十分な合理性を有するものである。」とは到底言えないことは明白である。
(ウ) なお,上でも引用した民法818条3項は,「親権は,父母の婚姻中は,父母が共同して行う。ただし,父母の一方が親権を行うことができないときは,他の一方が行う。」と規定しており,離婚前の夫婦(父母)の関係が良好ではない場合,任意の協力関係が望めない場合には,但書の「父母の一方が親権を行うことができないときは,他の一方が行う。」の規定が柔軟に運用されている可能性があり(離婚後単独親権制度(民法819条2項(本件規定))を前提にした一方配偶者による子の連れ去りが多発していることは,上でも引用した複数の国会議員の質問で取り上げられていることであるが(甲31,甲35),そのような子の連れ去り後かつ離婚成立前の親権行使は,民法819条3項但書によって行われているのだと考えられる。),離婚後共同親権制度が採用された場合も同様の運用が可能である。
(エ) さらに言えば,「父母の共同親権において,父母の意見が一致しない場合」の取り得る手続き(解決制度)を設けていないことを現行法が何も規定していないことは,「立法の不備」であると,以下のように指摘されている。
①『論点体系 判例民法9 親族』(第一法規,第2版,平成25年)384頁(甲37)において,民法818条3項が規定する夫婦の共同親権の解説として「親権行使について父母の意見が一致しない場合の取り得る手続きについては、現行法は何も規定しておらず、立法の不備であると指摘されている。」と記載されている。
②大村敦志『家族法』(有斐閣,第3版,2010年)102頁(甲38)において,民法818条3項が規定する夫婦の共同親権の解説として,「(イ)親権行使の方法 それでは,このような親権を現実に行使するのは誰か。嫡出子の場合には,父母の婚姻中は,父母が共同して親権を行使するのが原則である(民法818条3項)。ただし,共同行使ができない場合には単独行使が許される(同項但書)。民法は,父母の意見が一致しない場合の取扱いについては沈黙している。諸外国の法では,このような場合に対応するための規定を置いている例が多い(フランスやドイツでは最終的には裁判所の決定にゆだねている)。日本でも,立法論としては規定を置くことが必要だといわれている。」と記載されている。
つまり,現行の民法818条3項は,「親権は,父母の婚姻中は,父母が共同して行う。」と規定する一方で,その共同して行うこととされている親権行使について,父母の意見が一致しない場合の手続規定を,何も設けていないのである(それはまさに,「立法の不備」である。)。
とすると,被告は「問題となるのは,そのような父母の任意の協力関係が望めない場合であるが,その場合,仮に離婚後共同親権制度を採ったとすると,上記のとおり広範囲に及ぶ子に関する決定の全てを離婚した父母が共同で行うのか,一部のみ共同で行うのであればどの範囲で共同するのか,父母間で合意が整わないときは誰がどのように解決するのかなど,様々な問題が生じることが考えられる。」と主張するが,そのような「共同親権制度における父母の意見が不一致である場合の解決方法・手続規定」を設けていないのは,上の文献で指摘されているように「立法の不備」なのであるから,そのような「立法の不備」を前提として,離婚後単独親権制度(民法819条2項(本件規定))についての立法不作為責任を免れることができないことは明白である。
(オ) なお被告は,「裁判離婚後共同親権制度を仮に導入するとした場合には,現行の親権の内容や共同行使の在り方といった点についても併せて検討することが不可避である。「研究会」においても検討課題が挙げられているところである。」等と主張する(8-9頁)。しかしながら,そこで指摘されている内容は,離婚前の共同親権でも問題となる事柄であると同時に,エで指摘した「共同親権制度における父母の意見が不一致である場合の解決方法・手続規定」についての立法が行われていれば解決する内容なのであるから,やはり「立法の不備」を前提として,離婚後単独親権制度(民法819条2項(本件規定))についての立法不作為責任を免れることができないことは明白である。
(カ) なお,民法には,元々親権喪失の審判制度(民法834条)及び管理権喪失の審判制度(民法835条)が設けられていたところ,それらに加えて,平成23年(2011年)の民法改正により,親権停止の審判制度が設けられた(民法834条の2)。すると国会(国会議員)は,離婚後単独親権制度(民法819条2項(本件規定))を改正して離婚後共同親権制度を導入しても,一方の親に問題がある場合には,親権停止の審判制度によって対応が可能であることを認識していたことになる。
さらに,上でも引用したように,第183回国会(常会)(平成25年)に浜田和幸議員が参議院議長に提出した質問主意書(甲31)には,「一 調停や裁判による離婚の場合,国内の家庭裁判所では,連れ去った親の側に親権が与えられ,連れ去られた側の親は月一回程度の面会しか認められない判決が圧倒的に多く,その面会も理由を付けて拒絶され,子に全く会えなくなった苦痛から自殺する親もいる。」と指摘されていた。その内容において,現在の離婚後単独親権制度(民法819条2項(本件規定))を前提として,離婚後の子の親権を得るために,一方配偶者が子を連れ去る事件が多発していることが指摘されていたのである。その質問により,国会(国会議員)は離婚後単独親権制度(民法819条2項(本件規定))により一方配偶者が子を連れ去る事件が多発しているのであるから,民法819条2項(本件規定)を改正して離婚後共同親権制度を導入する必要性があることを認識していたのである。
(キ) 以上からすれば,民法819条2項(本件規定)が,平成27年再婚禁止期間違憲判決が判示した「憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白である」といえることは明白である。
イ (3)(家族法研究会に係る原告の主張に理由がないこと)について
(ア) 被告は,「家族法研究会は公益社団法人商事法務研究会が主催する研究会であり,法務省が設置したものではない。」と主張する(9-10頁)。
しかしながら,その研究会の設置は,新聞記事(甲25)にも記載されているように,法務省が,「離婚後も父母の両方が親権を持つ「共同親権」の導入の是非などを検討する研究会を年内に設置する」と発表したものであるから,設置したのは法務省である。さらに「その研究会の議論の結論を受けて離婚後共同親権制度の導入が必要と判断されれば,法相が民法改正を法制審議会(法相の諮問機関)に諮問することになる」ことも,法務省が発表している(甲25)。そのいずれもが,当時の河井克行法務大臣が記者会見で述べていることである(甲25号証の最終段落)。
すると,その研究会は法務省により設置され,研究会には法務省や厚生労働省の担当者が参加し,研究会が離婚後共同親権制度の導入を必要と判断すれば,法相が民法改正を法制審議会に諮問するのであるから,政府の方針として離婚後共同親権制度の導入の検討が行われていることは明白である。
(イ) さらに被告は,その研究会では,離婚後共同親権制度について,導入を前提として議論されているものではない,と主張する(10頁)。
しかしながら,研究会なのであるからさまざまな議論が出ることは当然のことである。問題とされるべきは,そのさまざまな議論を経て,どのような結論を研究会としてまとめるかの点である。そして,さらに重要なことは法務省が離婚後共同親権制度の法改正を検討する研究会を設置したことである。現在の離婚後単独親権制度(民法819条2項(本件規定))が合憲であることに疑いがないのであれば,法改正の必要などないはずであり,研究会が法務省により設置される必要はなかったはずだからである。
ちなみに,被告が乙7号証として引用する家族法研究会の委員名簿にも記載されているように,研究会の座長を務められているのは大村敦志教授である。その大村敦志教授が編著者を務める『比較家族法研究 離婚・親子・親権を中心に』(商事法務,2012年)(甲39)248-249頁においては,フランス法,イギリス法で父母の共同親権が原則とされている背景について解説がされている。その点については,本書面第2で主張を行う。
(3) 3項(原告のその余の主張に理由がないこと)について
ア 被告は,①父母の離婚後に親権者がいなくなると,後見が開始されるまでの間,ないしはもう一方の実親による親権者変更の申立てが認められるまでの間は親権を行使する者がいない状態となるから,本件規定には欠陥があり,子の福祉の保護の観点から,憲法に適合しない不合理な規定である,との原告の主張に対して,未成年者に対して親権を行う者がいない場合は,審判を経ずに後見が当然に開始することで,未成年者の保護が図られている(民法838条1号)と主張する(10-11頁)。
しかしながら,民法838条は,「後見は,次に掲げる場合に開始する。一未成年者に対して親権を行う者がないとき,又は親権を行う者が管理権を有しないとき。二 後見開始の審判があったとき。」と規定している。
そして,「二 後見開始の審判があったとき。」とは,後見開始の審判があったときは,成年後見が開始するという規定である。成年被後見人は,未成年者,成年者を問わない。従って,未成年者が後見開始の審判を受けると,親権者がいる場合でも後見が開始するのである。
原告が準備書面(1)36頁「第3 原告の主張」の1項「親権の継続性と子の福祉の保護について」で主張を行ったのは,民法838条の「一 未成年者に対して親権を行う者がないとき,又は親権を行う者が管理権を有しないとき。」について,離婚後に子の単独親権者が死亡したり,子に対する管理権を失ったりした場合,後見の選任が必要となること,つまり後見人が選任されるまで,子は親権者がいない状態となること,離婚後共同親権制度であれば,他方親が親権者として子の福祉の保護を実現することができること,という内容であった。その意味で,被告の反論は原告の主張に正面から答えるものではない。
イ 被告は,②離婚後共同親権制度を採用している外国で離婚をして離婚後も共同親権者となった親は,日本の戸籍上も離婚後共同親権者と記載されるところ,本件規定は,日本で離婚をした者と外国で離婚をした者とを合理的理由なく区別するもので,憲法13条,14条及び24条2項に違反する,との原告の主張に対して,離婚後であっても父母が親権者と戸籍に記載され得るのは,民事訴訟法118条が定める外国判決承認の要件を満たした結果にすぎず,我が国で裁判離婚をした結果共同親権が得られなかった者との間で合理的な理由のない区別をするものではないと主張する(10-11頁)。
しかしながら,被告が引用する民事訴訟法118条が定める外国判決承認制度においては,外国判決の承認がされる要件として,民事訴訟法118条3号において「判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。」と定められている。
つまり,離婚後共同親権制度を採用している外国で離婚をして離婚後も共同親権者となった親は,日本の戸籍上も離婚後共同親権者と記載されるのは,離婚後共同親権制度が日本における公の秩序又は善良の風俗に反していない制度であるとして,民事訴訟法118条に基づき日本法により承認され,受け入れられたことを意味している。
するとその結果,その承認された離婚後共同親権制度と,現在の日本の離婚後単独親権制度(民法819条(本件規定))とが,日本の戸籍を始めとする法律制度において適用の区別が生じることになり,その区別が日本の憲法により許容されるかが,憲法的審査の対象となることは当然である。
すると,原告が,準備書面(1)40頁「第3 原告の主張」の5項「離婚後共同親権制度を採用している外国で離婚をし,離婚後も共同親権者となった親は,日本の戸籍上も,離婚後共同親権者として記載されることについて(甲29)」で主張したように,離婚後共同親権制度を採用している外国で離婚をし,離婚後も共同親権者となった親は,日本の戸籍上も,離婚後共同親権者として記載されることにより,日本の社会では何等混乱は生じておらず,それは,日本の社会で離婚後共同親権制度を採用しても,何等混乱が生じないことを意味しているのであるから,離婚後共同親権制度を認めない離婚後離婚後単独親権制度(民法819条(本件規定))が,離婚により親権を失う親についても,両親からの親権の享受を失う子についても,憲法13条,憲法14条1項及び憲法24条2項に違反するものであることは明白である。
第2 フランス法,イギリス法で共同親権が原則とされている背景(①父母間の平等,②親子関係と父母関係との独立性,③子の養育に対する親の第一次的責任の強調,④条約上承認される親子のつながりに対する価値)と,その背景が日本法にも共通している内容であること
1 上でも引用したが,被告が乙7号証として引用する家族法研究会の委員名簿にも記載されているように,研究会の座長を務められているのは大村敦志教授である。その大村敦志教授が編著者を務める『比較家族法研究 離婚・親子・親権を中心に』(商事法務,2012年)(甲39)248-249頁においては,フランス法,イギリス法で父母の共同親権が原則とされている背景について解説がされている。以下の内容である。
「②共同親権の原則化
フランス法,イギリス法において父母の離婚は親権に自動的に影響を与えるものではないとされ,その結果,父母の共同親権が離婚後も継続するのが原則となっている。このような共同親権の原則化の背景を的確に捉えるには,沿革を含めたより深い研究が必要であろうが,ここでは,少なくとも背景となりうる要素として,次のaからdの点を指摘しておきたい。
a. 父母間の平等:欧米の親権法は父の単独親権から父母への共同親権へというように,男女平等の理念に従って父母の平等化を実現すべく発展してきた。離婚後においても共同親権を認めることは,この延長上に位置する面がある。
b. 親子関係と父母関係との独立性:父母間のカップル関係の態様(婚姻関係にあるか否かなど)がどのようなものであっても親権に影響を与えないという考え方は,親権という親子関係に含まれる側面を,父母間のカップル関係と区別し,独立して位置づける家族ないし家族法観とも関係する。
c. 子の養育に対する親の第一次的責任の強調:国家との関係における親の責任の強調を背景とする,親はいつまでも親であり続けるのであり,親である限りは責任を負うという考え方である。この考え方によれば,いったん親に与えられた親権は,子が養子によって別の親の子とならない限り失われることはないため,離婚後にも親権が継続することになる。
d. 条約上承認される親子のつながりに対する価値:子の利益については,(ⅰ)に記したとおり現実的な評価として離婚後の共同親権の原則化は子の利益に反するという批判も有力である。しかし,両親と子とのつながりをより抽象的,理念的なレベルで捉え、そのレベルでのつながりの象徴として親権を保持させるという意味での子の利益の位置づけもありうる。欧州人権裁判所では,「親と子どもというそれぞれのつながりによる相互の享受」を同条約第8条上の権利として認める解釈が示されている。条約によって親子間の結びつきに認められる価値の高さは,離婚後の共同親権を認める方向性と親和的である。」
2 この甲39号証で指摘されている共同親権の原則化の背景は,全て日本にも当てはまるものである。
aの父母間の平等の要請が日本国憲法上や日本が批准している国際人権条約上も求められることは,原告が繰り返し主張してきたところである。
bの親子関係と父母関係の独立性も,「離婚はあくまでも夫婦関係の解消であり,親子関係の解消ではない。その意味で離婚後単独親権制度を採用した民法819条2項(本件規定)には目的と手段との間で論理的関係自体が認められない。」と,原告が繰り返し主張してきたところである。
c. の子の養育に対する親の第一次的責任の強調も,日本法に該当することである。親は離婚した後も子の親であり続けるのであり,親である限りは子に対して責任を負うことは,日本法においても明確に該当することである。
e. の条約上承認される親子のつながりに対する価値も,日本法に該当することである。日本は,欧州人権条約そのものを批准してはいないが,原告が訴状16頁(8)で引用した,日本が批准している子供の権利に関する条約の9条1項は「締約国は,児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する。」と規定し,同条約9条3項は,「締約国は,児童の最善の利益に反する場合を除くほか,父母の一方又は双方から分離されている児童が定期的に父母のいずれとも人的な関係及び直接の接触を維持する権利を尊重する。」と規定し,同条約18条1項は「締約国は,児童の養育及び発達について父母が共同の責任を有するという原則についての認識を確保するために最善の努力を払う。」と規定している。それらの児童の権利に関する条約の規定における,親子間の結びつきに認められる価値の高さは,離婚後の共同親権を認める方向性と親和的なのである。
第3 離婚後単独親権制度を前提とした離婚に伴う子供の親権問題をめぐる殺人事件が発生したこと
1  離婚後単独親権制度を前提とした離婚に伴う子供の親権問題をめぐる殺人事件が,令和2年3月23日に発生した。以下の事件である(産経新聞令和2年3月23日掲載の記事(甲40))。
「自宅マンションで子供2人殺害,タイ人母を逮捕 東京・吉祥寺
23日午前11時20分ごろ,東京都武蔵野市吉祥寺本町のマンションの一室で,住人の中学1年,古川絢一(じゅんいち)さん(13)と妹の小学4年,紗妃(さき)さん(10)が刃物で刺されて死亡しているのが見つかった。2人の母親が近くの交番に「子供を殺した」と自首。警視庁組織犯罪対策2課は同日,殺人容疑で母親を逮捕した。「寝ていたところを刺した」と容疑を認めているという。
逮捕されたのは,タイ国籍の会社員,フルカワ・ルディーポン容疑者(41)。組対2課によると,フルカワ容疑者は単身赴任中の夫(38)との間で離婚話が浮上し,親権問題でトラブルになっていたという。「子供を取られるくらいならと,やってしまった」と供述している。
逮捕容疑は23日午前7時半ごろ,自宅マンションで,絢一さんと紗妃さんの首や肩などを包丁や果物ナイフで刺して殺害したとしている。 」
2 原告は訴状11頁(10)で,離婚訴訟が親権問題により長期化する弊害について主張を行ったが,今回の殺人事件も,離婚に際する子供の親権問題をめぐり夫婦でトラブルになった結果発生したものである。
殺人容疑で逮捕された母親について、記事では「夫との間で離婚話が浮上し,親権問題でトラブルになっていたという。「子供を取られるくらいならと,やってしまった。」と供述している。」と記載されている。その記事の内容からも明らかなように,この事件は,民法819条2項(本件規定)が離婚後単独親権制度を採用しているために発生したと言えるものであり,逆を言えば,離婚後共同親権制度が採用されていれば発生しなかったと言えるものである。
民法819条2項(本件規定)が採用した離婚後単独親権制度は,離婚に際し,両親に子の親権をめぐって争うことを強いている制度である。その制度が採用されていることで,子に不利益や弊害が生じることを,この事件は如実に示している。その制度が採用されている結果,この事件が発生し,子2名の命が失われたのである。
憲法13条は,「生命」について「立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」と規定している。その憲法が「最大の尊重を必要とする」と規定している生命が,子2名について奪われる事件を生じさせる原因となったのが,「強制的離婚後単独親権制度」を定めた民法819条2項(本件規定)である。そのような制度を,憲法が容認しているはずがない。その意味においても,憲法が離婚後共同親権制度を求めていることは明白である。
第4 ルクセンブルクで施行されていたルクセンブルク民法における離婚後単独親権の規定が,法の下の平等を規定したルクセンブルク憲法に違反するとの判断(ルクセンブルクにおいては決定)が,2008年12月12日にルクセンブルク憲法院で出されていること。それは日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実であること
1 ルクセンブルクで施行されていた民法(以下「ルクセンブルク民法」という。)における離婚後単独親権の規定が,法の下の平等を規定した憲法(以下「ルクセンブルク憲法」という。)に違反するとの判断(ルクセンブルクにおいては決定)が,2008年12月12日にルクセンブルク憲法院で出されている(甲41。以下では「ルクセンブルク違憲決定」という。)。
2 ルクセンブルク違憲決定では,①ルクセンブルク民法(民法第302条第一段落および第378条第一段落)が,離婚の場合,両親の一人に親権の単独行使を付与し,また,従って,監督権と訪問権を保留して,他方の親を親権から廃除することについて,法の下の平等を定めたルクセンブルク憲法第10条の2(1)(「ルクセンブルク人は法の下で平等である」)に違反しないか,②ルクセンブルク民法は,離婚の場合は,共同親権を維持または設定する可能性を認めていない(民法第302条第一段落および第378条第一段落)のに対して,両親によって認知された非嫡出子の場合は,婚外の共同親権の設定の可能性を認めている(民法第380条)ことについて,法の下の平等を定めたルクセンブルク憲法第10条の2(1)(「ルクセンブルク人は法の下で平等である」)に違反しないか,が問題とされた。
3 ルクセンブルク違憲決定は,以下のように判示している。
「Ⅰ.共通の子に対する単独親権を行使する離婚した親と親権を剥奪された親が客観的に異なる状況にあること

2619
それにもかかわらず、離婚した父と母がその共通の子に対して同一の親子関係を有しているとして、二つのカテゴリーが比較可能であることを考慮し、
憲法第10条の2(1)のなかで適用された平等概念は検討に付される権利と義務の内容および存在理由を参照して理解されなければならないことを、親権は子をその安全、健康、道徳性において保護するために設定されていることを、父と母は子に対して保護、監督、教育の権利と義務を有していること
子に対するそれぞれの関係に関する両親の平等の評価は子の利益を考慮してなされなければないことを考慮し、
一般的な規則として、親権はその両親によって行使され、父または母によって単独で行使されるのではないことは子の利益に即してであることを、
その結果、民法第302条第一段落および第378条第一段落に制定されているように保護権を付与されていない親の監督権および訪問権を保留して、父または母による離婚後の親権の単独行使の原則は合理的に正当化されなくなることを、
憲法第10条の2(1)の平等概念は、子との関係における両親の平等がルクセンブルク大公国によって承認された国際規約により是認されているが故に、なおさら上記に留意された意味に沿って解釈されなければならないことを、
1989年11月20日の国連総会で採択され、1993年12月20日の法によって承認された子供の権利条約に基づけば、その第18条第1文で、「当事者国は、子を養育し、その発育を保証することにおいて両親が共通の責任を有しているとの原則の承認を保証すべく最善を尽くす」ことを、締約国に課せられたこの義務は両親が結婚しているか離婚しているか、共同生活しているか別居生活しているかによって区別してはならないことを、
1984年11月22日、ストラスブールで作成され、1989年2月27日法で承認された人権と基本的自由の保護の条約の第7議定書は第5条第1文で、「夫婦は、結婚期間において、またその解消時において、結婚の観点で夫婦相互に、また、子との関係で市民的性格の権利と責任の平等を享受する」と規定していることを考慮する

Ⅱ.結婚し、別居していない両親は子に対する親権を共同で行使することを考慮し、
民法第380条は非嫡出子の両親に、彼らが後見人判事の前で合同宣言をすれば、父と母によって認知された非嫡出子に対する親権を共同で行使することを可能にすることを、また、判事は両親の一人または社会権保護省の請求により、非嫡出子に対する親権は、両親が一緒に生活していようと別居していようと、子を認知した結婚していない両親によって共同で行使されると決定できることを考慮、
夫婦の決定的原因による離婚または別居の場合、両親のただ一人が共通の子の保護の被付与者であることを、この付与は民法第378条第1段落に基づいて子の人格に関して親権の単独行使と、判事の相反する規定がなければ、子の財産の法律上の管理とを含むが故に、
親の異なるカテゴリー、結婚、離婚、別居している親、結婚することのなかった親等のカテゴリー間で客観的不平等が存在していることを考慮、
結婚で生まれた子の親は、よしんば彼らが結婚し、離婚し、または別居していようと、共通の子に対して同一の親子関係にあることを、結婚し、離婚し、または別居していようと、彼らが彼らの認知した共通の子に関して結婚しなかった親と同一の、子に対する親子関係にあることを、
人的カテゴリーすなわち、結婚、離婚、または別居している親と結婚しなかった親は、共通の子に対して同一の親子関係によって比較可能であることを考慮、
一方で、よしんば離婚が夫と妻を結合する法的結婚を解消するとしても、離婚は離婚した父と母の親である役割を終わりにするものでないことを、
結婚したが、事実上離別した親は共通の子に対して一緒に親権を行使し続けることを考慮し、
他方で、共通の子に対する離婚または別居した両親による親権の共同行使を設定する不可能性を正当化する決定的な理由は存在していないにも関わらず、法は、両親が一緒に暮らしていようと別れて生活していようと、いわゆる私生児(非嫡出子)を認知した結婚していない両親にそうした設定を可能にしていることを、
従って、離婚または別居した両親の状況と結婚している両親の状況との親権の行使に関する差別は、共通の子の離婚または別居した両親の状況といわゆる私生児(非嫡出子)を認知した両親の状況との間の差別と同じように、これもまた合理的に正当化されないことを考慮する

2620
Ⅲ.最後に、両親が認知したいわゆる私生児(非嫡出子)の両親による親権の共同行使を許容しつつ、他方で結婚で生まれた子は離婚した両親による親権の共同行使を享受できないのであって、民法第302条第1段落と第378条第1段落は、結婚で生まれた子の状況と婚外で生まれた子との間に合理的に正当化されない差別化を生み出していることを、
そうした考慮の帰結として、民法第302条第1段落と第378条第1段落は、その条文が共通の子に対する親権の離婚した両親による共同行使を許容していない限りにおいて、憲法第10条の2(1)に適合しないことを考慮して
当決定を下す。
上述の理由によって、
民法第302条第1段落と第378条第1段落は、その条文が共通の子に対する親権の離婚した両親による共同行使を許容していない限りにおいて、憲法第10条の2(1)に適合しないことを示し、
当言い渡しから30日内に判決が法令集「メモリアル」に公表されるように命じ、
「メモリアル」への判決の公表時にX氏とY夫人の氏名を捨象するように命じ、
当判決の送付は提訴がそこから発出した控訴院第1法廷に憲法院の書記によって行われるように、また、原本が当裁判所の関係当事者に送達されるように命じる。
憲法院裁判長により公判廷で言い渡され、冒頭と同じ日付を記入する。」
4 なお,ルクセンブルク違憲決定のⅠ.では,「1984年11月22日、ストラスブールで作成され、1989年2月27日法で承認された人権と基本的自由の保護の条約の第7議定書は第5条第1文で、「夫婦は、結婚期間において、またその解消時において、結婚の観点で夫婦相互に、また、子との関係で市民的性格の権利と責任の平等を享受する」と規定していることを考慮する」と判示されているが,そこで引用されているのは,欧州人権条約第7議定書5条である。同条約を日本は批准していないが,引用されている同条約第5条で規定されている「夫婦は、結婚期間において、またその解消時において、結婚の観点で夫婦相互に、また、子との関係で市民的性格の権利と責任の平等を享受する」との規定と同趣旨の内容が,日本が昭和54年(1979)年に批准した国際人権条約である市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)規約(B規約)の23条4項において,「この規約の締約国は,婚姻中及び婚姻の解消の際に,婚姻に係る配偶者の権利及び責任の平等を確保するため,適当な措置をとる。その解消の場合には,児童に対する必要な保護のため,措置がとられる。」として規定されている。
ちなみに,この自由権規約23条4項は,本書面の第1の1項において,原告が主張を行った条約の条文規定である。
5 ルクセンブルク違憲決定は,ルクセンブルク民法が規定していた離婚後単独親権制度を,ルクセンブルク憲法第10条の2(1)(「ルクセンブルク人は法の下で平等である」)に違反すると判断した点において,日本の民法819条2項(本件規定)が法の下の平等を定めた日本国憲法に違反しないかという憲法解釈に影響を与える重要な立法事実である。
再度引用するが,最高裁判所大法廷平成27年(2015年)12月16日判決(女性の再婚禁止期間違憲訴訟)は,女性の再婚禁止期間の旧規定の内,100日を超える部分を違憲とした理由に外国法を引用した上で,次のように判示している。それは,外国法の廃止などの立法動向が,日本国憲法の解釈に意味を与える立法事実であることを示している。
「また,かつては再婚禁止期間を定めていた諸外国が徐々にこれを廃止する立法をする傾向にあり,ドイツにおいては1998年(平成10年)施行の「親子法改革法」により,フランスにおいては2005年(平成17年)施行の「離婚に関する2004年5月26日の法律」により,いずれも再婚禁止期間の制度を廃止するに至っており,世界的には再婚禁止期間を設けない国が多くなっていることも公知の事実である。それぞれの国において婚姻の解消や父子関係の確定等に係る制度が異なるものである以上,その一部である再婚禁止期間に係る諸外国の立法の動向は,我が国における再婚禁止期間の制度の評価に直ちに影響を及ぼすものとはいえないが,再婚をすることについての制約をできる限り少なくするという要請が高まっていることを示す事情の一つとなり得るものである。」
6 ルクセンブルク違憲決定は,「基本的人権の性質」からしても,日本国憲法の解釈に影響を与える存在である。
「基本的人権」とは,人が人として生まれたことで当然に有する権利であり,それは国が初めて与えた権利でも,憲法が初めて与えた権利でもない。憲法はただその人が有する「基本的人権」を確認しているにすぎない。
すると,その普遍的・国際的性質を有する基本的人権について,ルクセンブルク憲法については違憲の解釈,日本国憲法については合憲の解釈と,全く結論を逆にする解釈が行われることは,基本的人権の普遍的・国際的性質に反することである。
7(1) また,ルクセンブルク違憲決定は,国際人権条約が締結される理念からしても,日本国憲法の解釈に影響を与える存在である。
国際人権条約が締結される理念は,6項で述べた基本的人権の普遍的・国際的性質を前提として,いかなる国においても,基本的人権が同一の内容で,かつ国際水準において保障されることを確保することにある。
とすると,ルクセンブルク違憲決定がⅠにおいて引用している児童の権利に関する条約は日本も批准している国際人権条約である。そしてそのルクセンブルク違憲決定がⅠにおいて引用している児童の権利に関する条約第18条第1文「当事者国は,子を養育し,その発育を保証することにおいて両親が共通の責任を有しているとの原則の承認を保証すべく最善を尽くす」の条項は,当然同条約の批准国である日本についても適用される規定である。
さらにいえば,上の4項で述べたように,ルクセンブルク違憲決定がⅠにおいて引用している欧州人権条約第7議定書5条について,日本についても同趣旨の規定である国際人権条約である市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)規約(B規約)の23条4項において,「この規約の締約国は,婚姻中及び婚姻の解消の際に,婚姻に係る配偶者の権利及び責任の平等を確保するため,適当な措置をとる。その解消の場合には,児童に対する必要な保護のため,措置がとられる。」が適用される。
すると,国際人権条約が締結される理念は,基本的人権の普遍的・国際的性質を前提として,いかなる国においても,基本的人権が同一の内容で,かつ国際水準において保障されることを確保することにあり,ルクセンブルクと日本が同じ児童の権利に関する条約を批准し,また同趣旨の規定を持つ国際人権条約をそれぞれ批准しているにも拘わらず,同じ基本的人権の問題について,ルクセンブルク憲法については違憲の解釈,日本国憲法については合憲の解釈と,全く結論を逆にする解釈が行われることは,本来統一的であるべき国際人権条約の解釈を締約国ごとに異なる結果を容認するものであり,国際人権条約が締結される理念そのものに反することである。
(2) 既に述べたように,ドイツにおいても,かつては日本と同様に裁判離婚後は単独親権制度が採用されていたところ,1982年に連邦憲法裁判所において,離婚後の例外なき単独親権を定めたドイツ民法1671条4項1文の規定が,親の権利を定めたドイツ基本法6条2項1文の権利を侵害するとの違憲判決が出されている(甲7)。同判決後,ドイツでは離婚後の例外なき単独親権は違憲となり,個別事例での対応が続いていたが,1998年に親子法改正法(1997年制定)が施行され,離婚後共同親権(共同配慮権)が法制化された(甲7)。
そのドイツの例に加えて,ルクセンブルク民法における離婚後単独親権の規定が,法の下の平等を規定したルクセンブルク憲法に違反するとの判決(ルクセンブルクにおいては決定)が,2008年12月12日にルクセンブルク憲法院で出されていることは(甲41),「離婚後単独親権制度は,基本的人権や法の下の平等を規定した憲法及び国際人権条約に違反する」との評価が世界的な趨勢であることを,さらにはその評価が国際的に求められる基本的人権保障の基準であることを,如実に物語っている。
(3) なお,日本が締約国となっている条約・勧告の内容は,日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実としても存在している(甲4,甲5)。
ちなみに,ルクセンブルク違憲決定では,「憲法第10条の2(1)の平等概念は、子との関係における両親の平等がルクセンブルク大公国によって承認された国際規約により是認されているが故に、なおさら上記に留意された意味に沿って解釈されなければならないことを」との判示がされているが(本書面44頁),それはまさに,原告が主張している,自国が批准している国際人権条約が,憲法解釈に影響を与える存在であることを認める判示である。
日本と同じ児童の権利に関する条約を批准し,また同趣旨の規定を持つ国際人権条約をそれぞれ批准しているルクセンブルクにおいて,離婚後単独親権制度が法の下の平等を定めたルクセンブルク憲法に違反していると判断されたことは,「条約の内容」が具体化した存在として,日本国憲法の解釈に影響を与える立法事実となるものである。
8 以上により,ルクセンブルク違憲決定の存在は,日本国憲法の解釈にも重要な影響を与える立法事実であること,そしてその結果,日本国憲法の解釈においても,ルクセンブルク違憲決定と同様に,離婚後単独親権制度を定める民法819条2項(本件規定)が,憲法13条,憲法14条1項及び憲法24条2項に違反すると解釈されなければならないことは明白である。

以上