令和3年2月17日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成31年(ワ)第7514号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日令和2年11月11日
判決
原告 (閲覧制限)
同訴訟代理人弁護士 作花知志
東京都千代田区霞が関一丁目1番1号
被告国
同代表者法務大臣 上川陽子
同指定代理人 清平昌大
同 本村行広
同 服部文子
同 大野史絵
同 倉重龍輔
同 志田智之
同 高橋あゆみ
同 三島大介
同 山本勇治
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,165万円及びこれに対する平成31年4月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は,配偶者との間の離婚訴訟において,同配偶者との間に出生した子の親権者と定められることがなかった原告が,裁判上の離婚の場合に裁判所が父母の一方を親権者と定めるという民法819条2項の規定が,憲法13条,14条1項若しくは24条2項又は日本が批准した条約に違反することが明白であるから,民法819条2項を改廃する立法措置をとらない立法不作為に国家賠償法1条1項の違法があると主張して,同項に基づき,被告に対し,損害金165万円(慰謝料150万円及び弁護士費用15万円の合計額)及びこれに対する違法行為の後であって,訴状送達日の翌日である平成31年4月18日から支払済みまで同法4条,平成29年法律第44号による改正前の民法419条1項,404条の規定に基づく年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実
以下の各事実は,当事者間に争いがない事実等であるか,後掲各証拠又は弁論の全趣旨によって容易に認められる事実である(なお,複数頁にわたる書証のうち認定に用いた主な箇所の頁数(書証に頁数が付されているものはそれにより,付されていないものは当該書証の冒頭からの丁数による。)を〔〕で摘示した。以下同じ。)。
(1)当事者等 (閲覧制限)
(2)関係法令の定め等(ア~エは,当事者間に争いがない事実,当裁判所に顕著な事実)
ア 民法819条2項は,「裁判上の離婚の場合には,裁判所は,父母の一方を親権者と定める。」と規定している。
なお,同条1項は,「父母が協議上の離婚をするときは,その協議で,その一方を親権者と定めなければならない。」と規定している。
イ 法820条は,「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負う。」と規定している。
ウ 日本は,昭和54年に市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和54年8月4日条約第7号。以下「自由権規約」という。)を批准した。
自由権規約には,以下の各条項が定められている。
(ア)23条4項
この規約の締結国は,婚姻中及び婚姻の解消の際に,婚姻に係る配偶者の権利及び責任の平等を確保するため,適当な措置をとる。その解消の場合には,児童に対する必要な保護のため,措置がとられる。
(イ)26条
すべての者は,法律の前に平等であり,いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため,法律は,あらゆる差別を禁止し及び人種,皮膚の色,性,言語,宗教,政治的意見その他の意見,国民的若しくは社会的出身,財産,出生又は他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する。
エ 日本は,平成6年に児童の権利に関する条約(平成6年5月16日条約第2号)を批准した。
上記条約には,以下の各条項が定められている。
(ア)9条1項
締約国は,児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する。ただし,権限のある当局が司法の審査に従うことを条件として適用のある法律及び手続に従いその分離が児童の最善の利益のために必要であると決定する場合は,この限りでない。このような決定は,父母が児童を虐待し若しくは放置する場合又は父母が別居しており児童の居住地を決定しなければならない場合のような特定の場合において必要となることがある。
(イ)9条3項
締約国は,児童の最善の利益に反する場合を除くほか,父母の一方又は双方から分離されている児童が定期的に父母のいずれとも人的な関係及び直接の接触を維持する権利を尊重する。
(ウ)18条1項
締約国は,児童の養育及び発達について父母が共同の責任を有するという原則についての認識を確保するために最善の努力を払う。父母又は場合により法定保護者は,児童の養育及び発達についての第一義的な責任を有する。児童の最善の利益はこれらの者の基本的な関心事項となるものとする。
(エ)21条(a)
養子縁組の制度を認め又は許容している締約国は,児童の最善の利益について最大の考慮が払われることを確保するものとし,また,児童の養子縁組が権限のある当局によってのみ認められることを確保する。この場合において,当該権限のある当局は,適用のある法律及び手続に従い,かつ,信頼し得るすべての関連情報に基づき,養子縁組が父母,親族及び法定保護者に関する児童の状況に鑑み許容されること並びに必要な場合には,関係者が所要のカウンセリングに基づき養子縁組について事情を知らされた上での同意を与えていることを認定する。
オ 日本は,平成26年に国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(平成26年1月29日条約第2号。以下「ハーグ条約」という。)の受諾書をオランダ外務省に寄託し,日本について,同年4月1日にハーグ条約が発効した
ハーグ条約は,1条において,その目的を,いずれかの締約国に不法に連れ去られ,又はいずれかの締約国において不法に留置されている子の迅速な返還を確保すること,一の締約国の法令に基づく監護の権利及び接触の権利が他の締約国において効果的に尊重されることを確保すること,と定めている。
カ 児童の権利条約に基づく児童の権利委員会は,日本の政府報告を審査して,平成31年2月1日,児童の最善の利益である場合に,外国籍の親も含めて児童の共同養育(shared custody,共同監護,共同親権)を認めるため,離婚後の親子関係について定めた法令を改正し,また,非同居親との人的な関係及び直接の接触を維持するための児童の権利が定期的に行使できることを確保することのため,十分な人的資源,技術的資源及び財源に裏付けられたあらゆる必要な措置をとるよう勧告すること(27項(b)),直系血族によるもの又は後見人によるものを含めたすべての養子縁組が裁判所による許可の対象とされ,児童の最善の利益に従って行われることを確保するよう勧告すること(30項(a)),子の不法な連れ去り及び留置を防止し,並びにこれに対処し,国内法をハーグ条約と調和させ,子の返還及び面会交流権に関する司法決定の適正かつ迅速な実施を確保するために,あらゆる必要な努力を行うよう勧告すること,関連諸国,特に日本が監護又は面会権に関する協定を署名(締結)している国々との対話及び協議を強化するよう勧告すること(31項)を含んだ総括所見を採択した(甲8の1〔6,7〕,甲8の2〔8,9〕,乙8の1,2〔各7,8〕)。
3 争点
(1)民法819条2項(以下「本件規定」という。)を改廃しなかったという立法不作為の国家賠償法上の違法性
(2)損害の発生及びその額
4 争点に関する当事者の主張
(1)本件規定を改廃しなかったという立法不作為の国家賠償法上の違法性
(原告の主張)
本件規定が憲法13条,14条1項若しくは24条2項,又は自由権規約,児童の権利に関する条約若しくはハーグ条約に違反することが明白であるのに,国会が正当な理由なく,長期にわたってその改廃等の立法措置を怠ったことは,国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受ける。
その理由は,以下のとおりである。
ア 憲法13条への違反について
自らの子の成長と養育に関与することは,親の人格的な生存に不可欠なものというべきであり,すなわち,子の成長と養育に関与する権利である親の子に対する親権は,親の人格的生存の根源に関わるものである。そして,最高裁昭和51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁(以下「旭川学テ事件判決」という。)が,子の教育について,最も基本的には親が子との自然的関係に基づいて子に対して行う養育・監護作用の一環であり,親が一定の決定権を有する旨判示していること,ドイツ,イタリア,ポルトガル,ロシアといった諸外国の憲法の規定,アメリカ合衆国,ルクセンブルク大公国といった諸外国の憲法判例において,親権,親が子の育成及び教育をする権利が自然権として保障されていること等にも照らせば,親権は,人格権又は幸福追求権の一内容として憲法13条で保障されている。他方で,未成年である子にとっても,父母の共同親権の下で養育される権利,ひいては,成人するまで父母と同様に触れ合いながら精神的に成長する権利は,子の人格的生存にとって重要であるから,人格権又は幸福追求権の一内容として憲法13条で保障されている。したがって,裁判上の離婚をした父母の一方の親権を喪失させる本件規定は,憲法13条に違反している。
イ 憲法14条1項への違反について
(ア)前記アのとおり,親権は憲法13条で保障されているが,仮に憲法上直接保障された権利とまでいえなくとも,民法820条において親の「権利」であると明記されていること,諸外国の憲法においても自然権として保障されていることに照らせば,なお尊重すべき人格的利益であることは明らかである。
本件規定は,裁判上の離婚後の父母の一方の親権を全面的に喪失させ,これを行使することができる者と行使することができない者を生む点で,父と母との間で差別的取扱いを行うものである。また,外国で離婚をして離婚後に共同親権者となった父母が日本の戸籍上も共同親権者と記載されるのに対し,日本で裁判上の離婚をした父母の一方が本件規定により親権者と記載されないから,本件規定は,外国で離婚をした者と日本で裁判上の離婚をした者との間で差別的取扱いをしている。さらに,未成年の子が父母の共同親権の下で養育される権利が憲法13条で保障されているところ,本件規定は,かかる権利について父母が婚姻関係にある子と父母が裁判上の離婚をした子との間で,父母の離婚という子が自ら選び,正せない事柄を理由とした差別的取扱いを行うものである。
(イ)本件規定は,その立法目的に合理的な根拠がなく,立法目的と差別(区別)との間に合理的な関連性もない。
a 本件規定は,子の親権の行使のために離婚をした元配偶者と関わる必要が生じるという親の不都合の回避を目的としており,これは,未成年の子の福祉及び保護という親子法の理念と矛盾しているから,本件規定の立法目的に合理的な根拠はない。
b 本件規定の立法目的が親権の実効的な行使にあるとしても,インターネット,パソコン,スマートフオン等の情報伝達手段が発達した現在,別居していても即時に連絡をとることが容易になっており,別居後の父母が親権を共同で実効的に行使することが可能であるから,本件規定の合理性は失われている。
c 離婚はあくまでも夫婦間の法律上の関係を解消するための制度であり,夫婦関係の解消と親子関係の終了とは区別して考えるべきである。親権の喪失・停止及び管理権喪失の審判制度により裁判上の離婚後も父母による適切な共同親権の行使を期待することができること,父母が共同で親権を行使するとした上で子の現実の養育者を監護者と指定すれば足りることからすると,離婚後の父母の任意の協力関係が望める場合にまで裁判上の離婚をした父母の一方の親権を全面的に喪失させることに合理性はない。また,本件規定により,離婚後に子の単独親権者となった父母の一方が死亡したり,親権を喪失したりしても,離婚に際して子の親権を失った他方の親権が当然には回復せず,後見が開始され,又は他方による親権者変更の申立てが認められるまでの間,子に対して親権を行使する者がいないという事態が生じることとなり,これは子の福祉の保護という親子法の理念に反している。
d 本件規定は,父母の一方が他方の同意を得ずに子を連れて転居すると,子を連れ出した方が離婚時の親権の獲得において有利になる点で子の連れ去りを助長し,また,親権者の指定をめぐる争いにより離婚裁判の長期化を招いたり,非親権者となった父母の一方から,単独親権者となった他方の親又はその再婚相手による虐待から自らの子を保護する権利を奪うこととなったりするといった不合理な事態を生じさせており,これらを離婚後の単独親権制度の問題点として指摘する学者の論文も発表されている。
e 本件規定は,社会において「ひとり親」という呼称を生み,父母が離婚した子に対する差別を助長している。父母の離婚があくまで夫婦関係の解消にすぎず,子にとっては父母が離婚しても親は2人であるのに,本件規定により離婚後に単独親権に服することとなるため,父母が離婚した家庭は,社会において「ひとり親」家庭と呼称されている。自治体が実施した調査の報告によれば,親からの回答において,「ひとり親」家庭であることにより子が差別,偏見を受けたとの記載,子の結婚,就職の際の差別を心配する旨の記載が多数あり,日本では,「ひとり親」家庭の子であると呼称されることが子の差別につながっている。そうすると,本件規定は,父母の離婚という子が自ら選び,正せない事柄を理由とする子の差別を助長する結果を生んでおり,合理性を欠くことが明らかである。
f 本件規定により親権を失った父母の一方は,他方の単独親権者の再婚相手と自らの実子の養子縁組についての承諾をする立場になく,かかる養子縁組には家庭裁判所の許可も不要であるところ,その結果として,父母の離婚後に単独親権者,その再婚相手によって実子が虐待される事例が報道されているから,本件規定は,親が実子の利益を保護することができない事態を生じさせており,合理性を欠くことが明らかである。
g 本件規定が,日本が締約国となっている条約に反していること(後記エ),児童の権利委員会が日本に対して共同親権制度の導入を求める勧告をしていること,諸外国において離婚後の共同親権制度を採用している国,及び離婚後の単独親権制度が法の下の平等を定めた憲法の規定に違反するとの判断を示した国があることは,それぞれ憲法の解釈に影響を与える立法事実として考慮されるべきである。また,法務省が令和2年4月に行った海外24か国の離婚後の親権制度及び子の養育の在り方についての調査によれば,調査対象国のうち離婚後の共同親権が認められていない国は,インドとトルコのみであり,離婚後の共同親権が国際的に広く認められていること,調査対象国のほとんどで,離婚後に子が父母の一方の単独親権に服する場合に,他方の親と子の面会交流が適切に行われているかについて公的機関による監視等の支援制度が設けられていることも,本件規定の憲法適合性の解釈に影響を与える立法事実として考慮されるべきである。
h 平成23年の民法改正の採択に際しての衆議院及び参議院の各法務委員会で離婚後の共同親権制度の可能性について検討する旨の附帯決議がされたこと,平成30年7月に法務大臣が親権制度を見直す民法改正を翌年にも法制審議会に諮問する見通しである旨の報道がされたこと等に照らしても,本件規定が合理性を欠くに至っていることは明らかである。
i 被告は,本件規定によって親権を喪失した父母の一方も,民法819条6項の親権者変更の申立てによって親権を再度取得する可能性を有しているから,本件規定が,父母の一方の親権を完全に喪失させるものでなく,合理性を欠くものではないと主張する。しかし,本件規定によって親権を失った親は,親権者変更の申立てを行って,同申立てが認められるまで親権を失ったままであり,また,当該申立てが認められることが極めて困難であることに加え,仮に認められた場合でも,他方の親が親権を失うことになるから,同項が本件規定の合憲性の根拠とならないことは明らかである。
ウ 憲法24条2項への違反について
子に対する愛情,子の成長及び養育に関わることで感じる幸福が父母について平等なものであるから,親権は,憲法13条だけでなく,両性の本質的平等を定めた憲法24条1項によっても保障されている。
仮に親権が憲法上直接保障されていないとしても,親が子の成長と養育に関わることは,それを希望する者にとって幸福の源泉になるという意味において憲法上尊重されるべき人格的利益であることが明らかである。前記イのとおり,本件規定は,少なくとも憲法上尊重されるべき人格的利益である親権及び子が父母の共同親権の下で養育される権利について,夫婦であった父と母との間で,及び父母が婚姻関係にある子と父母が裁判上の離婚をした子との間で合理的な理由なく差別的取扱いをしており,個人の尊厳と両性の本質的な平等の要請とに照らして合理性を欠いた規定であるから,国会の立法裁量の範囲を超えており,憲法24条2項に違反している。
エ 条約及び憲法98条2項への違反について
(ア)憲法98条2項により,日本の国内法秩序においては,条約の規定と法律の規定とが抵触する場合には,条約の規定が優先して適用される。
(イ)自由権規約23条4項及び26条は,締約国に対し,婚姻解消の際の配偶者の平等な権利の確保及び児童への必要な保護の確保を求める規定と解される。しかるに,本件規定は,裁判上の離婚をした父母について一方のみを親権者とし,他方の親権を喪失させるなど不平等なものである点,親権を獲得するための子の連れ去りを助長している点,虐待から児童を保護する有力な手段である離婚後の共同親権を否定する点で,各条項に違反している。
また,自由権規約が国際的な人権保障の基準を統一する目的を有するもので,自由権規約26条がすべての者の法の下の平等を定めていることを踏まえると,締約国間において同じ水準の基本的人権を保障する国内法の制定が求められているといえる。自由権規約の他の批准国において離婚後の共同親権制度が採用されていることに照らすと,日本にも離婚後の共同親権制度の導入が要請されているから,本件規定は自由権規約に違反している。
(ウ)児童の権利に関する条約9条1項,3項及び18条1項は,締約国に対し,子の最善の利益のために父母が共同して責任を果たせるよう,親子の分離の防止及び交流の確保を求める規定と解される。しかるに,本件規定は,裁判上の離婚により親権を失った親から子が分離され,その交流の機会が面会交流制度を通じた限定的なものに制限されることを容認しているから,同条約に違反している。
また,児童の権利に関する条約21条1項(a)及び児童の権利委員会の総括所見30項は,子にとって不当な養子縁組が行われることを防ぐため,児童の養子縁組について司法当局の関与を求めるものと解される。しかるに,本件規定は,離婚後に単独親権者となった父母の一方による子の養子縁組について,子の最善の利益に反するものであっても,離婚により親権を失った他方において拒否することができない事態を生じさせているから,同条約に違反している。
(エ)ハーグ条約は,子の連れ去り,留置をめぐる紛争を防止すべく,子の元の居住国への返還,国境を越えた親子の面会交流を実現するための手続を定めている。ハーグ条約では,共同監護権を有する者が,他方の同意を得ずに子を連れ去ることが不法とされており,監護に関する終局的な決定が,当事者の一人が一方的に行った事情の変更によって影響を受けないようにするということが,その理念となっているといえる。しかるに,日本の国内法では,父母の一方が他方の同意を得ずに子を連れ去ることが,他方の監護権を侵害する行為とされておらず,本件規定と家庭裁判所の実務の運用の結果,父母の一方が他方の同意を得ずに子を不法に連れ去ることが裁判上の離婚における親権の獲得にとって有利に働くという事態が生じているから,本件規定は,ハーグ条約の理念に反している。
そして,児童の権利委員会が,日本政府に対し,同委員会の総括所見27項(b)によって離婚後の共同親権制度への法改正を求め,同31項によって日本の国内法をハーグ条約と調和させることを求めたことからすれば,離婚後の単独親権制度を定める本件規定がハーグ条約に適合しておらず,子の連れ去りを発生させるという不都合を生じさせているのであって,この不都合を解消するためには離婚後の共同親権制度への法改正が必要であるといえるから,本件規定がハーグ条約に反していることは明らかである。
オ 立法不作為の違法について
前記アからエまでのとおり,本件規定は,憲法及び条約で保障された権利を合理的な理由なく制約するものとして,憲法及び条約の各規定に違反することが明白である。
平成23年の民法改正の採択にあたっての衆議院及び参議院の各法務委員会の附帯決議で,離婚後の共同親権制度の可能性について検討する旨が決議されたこと,同改正により,従前の親権喪失及び管理権喪失の審判制度に加えて親権停止の審判制度についての規定が設けられ,親権者の親権行使に問題がある場合にこれを喪失させるだけでなく,停止させることができるという離婚後の共同親権制度の導入に資するような規定が新設されたこと,平成25年の第183回国会において,本件規定を前提として離婚後に子の親権を得るために父母の一方が他方に無断で子を連れ去るという事例が生じていることが指摘されたことからすると,国会が,遅くとも同年の時点において,離婚後の共同親権制度の導入に向けた本件規定の改正の必要性を認識していたといえ,その後に正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠っているから,このような立法不作為は国家賠償法1条1項の規定の適用上違法との評価を受ける。
(被告の主張)
ア 憲法13条違反との主張について
旭川学テ事件判決の判示のうち原告が指摘する箇所は,国家と家庭のいずれが子の教育の内容を決する権能を有するかについて判断を示したものであり,親権に憲法上の保障が及ぶことを判示したものではない。親権は,未成年の子を養育保護すべき職分を有する親に認められた特殊の法的地位というべき概念で,その内容が多岐に渡り,一義的に定められるものではないことから,憲法上保障された親の基本的人権であるということはできない。
イ 憲法14条1項違反との主張について
本件規定は,裁判上の離婚に際し,裁判所が父母の一方を親権者とすることを定めたものであり,父母の間で何らの差別的取扱いをするものではない。したがって,親権が憲法上尊重されるべき人格的利益に当たるとしても,裁判の結果,父母の間で親権を得る者と得られない者とが生じることをもって,本件規定が憲法14条1項に違反するとはいえない。また,外国で離婚をした父母が戸籍上親権者と記載され得るのは,民訴法118条の規定に基づく外国判決承認の要求を満たした結果にすぎないから,日本で裁判離婚をした者が共同親権を得られないことをもって,差別的取扱いがされているとはいえない。
原告は,夫婦関係の解消と親子関係の終了とを区別すべきであるとして,離婚後の父母の任意の協力が望める場合にまで全面的に父母の一方の親権を喪失させることが,立法目的との合理的な関連性を欠くと主張する。しかし,本件規定により離婚に伴って父母の一方が親権者となることが,直ちに他方と子の親子関係の終了を意味しないし,仮に父母の一方が一旦親権を失っても,その後の親権者の変更によって再び親権者となる可能性もある。離婚後も父母間で任意の協力が望める場合が必ずしも多くないから,父母の離婚後に親権を実効的に行使するためにはいずれか一方の単独親権とすることが合理的であるし,父母が任意に協力することができる場合には,父母間の取り決めによって子に関する事項を決することができるから,共同親権とする必要性は乏しい。
原告は,本件規定の下では,離婚後に子の単独親権者となった父母の一方が死亡するなどした場合,後見開始又は父母の他方による親権者変更の申立てが認められるまでの間,子に対して親権を行使する者がいない事態が生じるため,不合理であると主張する。しかし,民法838条1号の規定によって未成年者に対して親権を行う者がいない場合は,審判を経ずに当然に後見が開始すると定められており,未成年者の保護は同号によって図られている。
ウ 憲法24条2項違反との主張について
憲法24条2項は,婚姻及び家族に関する事項についての法制度の構築を第一次的に国会の合理的な立法裁量に委ね,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとする要請・指針を通じてその裁量の限界を画した規定であるから,同項への適合性については,婚姻及び家族に関する事項についての規定が,その趣旨に鑑みて,個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量を超えるものとみざるを得ない場合に当たるかという観点から判断すべきである。
本件規定の趣旨は,父母の裁判上の離婚に際し,裁判所が後見的立場から親権者の適格性を判断してその一方を親権者と定めることで,子の監護に関わる事項について適時かつ適切な判断が行われ,子の利益が保護されるという点にあり,父母の一方について差別的取扱いをするものではなく,非親権者と子の交流を何ら制限するものでもない。本件規定は,個人の尊厳と両性の本質的平等に十分配慮した規定であって,憲法24条2項に違反するとはいえない。
エ 未成年である子との関係での憲法違反の主張について
原告の主張によっても,未成年の子が父母の共同親権の下で養育される権利の具体的内容及び法的根拠は不明であるが,本件規定は,前記ウのとおり,子の利益を保護する趣旨で定められた合理的なものであり,非親権者と子の交流を何ら制限するものでないから,未成年の子の幸福追求権又は人格権を侵害するとはいえず,父母が離婚をした子とそうでない子とを合理的な理由なく差別するものではない。
オ 条約及び憲法98条2項違反との主張について
(ア)自由権規約23条4項は,締約国が採るべき具体的な措置について規定したものではなく,離婚後の共同親権制度を採用するための措置を採ることを締約国に直ちに求めているとはいえないから,本件規定は同項に違反しない。また,本件規定は,父母の間で何らの差別的取扱いをするものではないから,自由権規約26条に違反するとはいえない。
(イ)児童の権利に関する条約は,子の最善の利益の実現を主眼としているところ,裁判所が後見的立場から親権者の適格性を判断することにより子の利益を保護するという本件規定の趣旨が同条約の趣旨に合致しているから,本件規定は同条約9条1項及び3項に違反しない。加えて,同条約18条1項は,締約国の努力義務を規定したものにすぎず,離婚後の共同親権制度を採用するための措置を採ることを締約国に直ちに求めるものではないから,本件規定が同項に違反するともいえない。
(ウ)ハーグ条約は,国境を越えて不法に連れ去られ,又は留置されることによって異なる言語,環境の中での生活を余儀なくされる等の悪影響から子を国際的に保護するため,子の監護に関する事項を子の元の居住国が決定すべきとの理念に基づき,元の居住国への子の返還,国境を越えた親子の交流の確保についての手続を定めたものであり,締約国における親権を含む子の監護の在り方を直接規定するものではないから,本件規定はハーグ条約に違反しない。
また,原告は,日本の国内法では父母の一方が他方の同意を得ずに子を連れ去ることが監護権を侵害する行為とされていないことを前提として,本件規定がハーグ条約の理念に違反と主張する。しかし,刑法224条が規定する未成年者略取及び誘拐罪の行為主体として親権者が除外されていないし,裁判実務においても,父母の一方による他方の同意を得ない子の連れ去りが不法行為に該当するとして,損害賠償を認めた裁判例も存在することに照らせば,他方の同意を得ない親権者による子の連れ去りが国内法上違法と評価され得るから,原告の主張はその前提を欠く。
さらに,原告は,児童の権利委員会が採択した総括所見において,国内法をハーグ条約と調和させる必要がある旨の指摘,子の共同養育(shared custody,共同監護,共同親権)を認めるために離婚後の親子関係について定めた法律を改正するよう求める旨の記載があることを根拠に,本件規定がハーグ条約に違反していることが明らかで,国会が本件規定の法改正の義務を負うなどと主張するが,同委員会の総括所見はあくまで日本政府に対する勧告であって,これを根拠に直ちに国会に立法についての作為義務が生じるものではない。
(2)損害の発生及びその額
(原告の主張)
前記(1)の(原告の主張)のとおり,本件規定が憲法,自由権規約若しくは児童の権利に関する条約の各規定又はハーグ条約の理念に違反することが明白であるのに,国会が正当な理由なく,長期にわたってその改廃等の立法措置を怠った違法により,原告は,長男と二男の親権を失い,長男と二男の養育に関わる種々の事柄の決定に関与することができなくなり,多大な精神的苦痛を被った。この精神的苦痛を金銭に評価すれば,150万円を下回ることはない。また,このような損害を回復するための弁護士費用として,15万円について相当因果関係がある。
(被告の主張)
原告の損害の発生及びその額については争う。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
(1)諸外国における親権をめぐる法制度等の状況
ア 制定法上の規定
(ア)イタリア共和国
イタリア共和国憲法30条には,子を養育し,訓育し,教育することは,その子が婚姻外で生まれたものであっても,両親の義務であり,権利である旨の規定がある(同条1項。甲17〔141〕)。
(イ)ポルトガル共和国
ポルトガル共和国憲法36条には,配偶者は子の扶養及び教育について平等の権利及び義務を有する旨の規定,及び親は子の教育及び扶養の権利及び義務を有する旨の規定がある(同条3項,5項。甲18〔37〕)。
(ウ)ロシア連邦
ロシア連邦憲法38条には,子に対する配慮及びその養育は,親の平等な権利及び義務である旨の規定がある(同条2項。甲19〔340〕)。
(エ)ドイツ連邦共和国
ドイツ連邦共和国基本法6条には,子の育成及び教育は,両親の自然的権利であり,かつ,何よりもまず両親に課せられている義務であり,この義務の実行については,国家共同体が監視する旨の規定がある(同条2項。甲16〔178〕)。
(オ)フランス共和国
民法典において,両親の婚姻の存否又は離別の前後にかかわらず,親権は,両親に帰属し,共同で行使されるが,例外的に,両親の離別後に,子の利益のために裁判官により親権の単独行使が命じられることがある旨が定められている。親権が単独行使される場合であっても,親権の取上げ等の例外的な場合を除いて直ちに親権の帰属までを失うものではない。(甲26(35,36))
イ 裁判例
(ア)アメリカ合衆国
親が子を養育したり,宗教教育を含めた教育を管理したりする権利は,親が国家に対して主張できる憲法上の権利として,連邦最高裁判所の判例において認められている(甲20〔569〕,50の3〔106〕)。
(イ)ルクセンブルク大公国
憲法院が,平成20年12月22日,父母が離婚した場合に父母の一方に単独親権を付与し,他方の監督権と訪問権を留保して,他方の親が親権を行使することができなくなることを定めた民法の規定について,離婚した両親による親権の共同行使を許容していない点において,法の下の平等を定めた憲法に適合しない旨を判示した(甲41〔5~7〕)。
(2)日本における共同親権制度についての検討状況
ア 衆議院法務委員会は,平成23年4月26日,第177回国会の民法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議において,政府及び関係者が,今日の家族を取り巻く状況,同法律案の成立施行後の状況等を踏まえ,離婚後の共同親権・共同監護の可能性を含め,その在り方全般について検討することについて格段の配慮をすべきである旨を決議した。
また,参議院法務委員会は,平成23年5月26日,上記法律案に対する附帯決議において,政府及び関係者が,親権制度について,今日の家族を取り巻く状況,同法律案の成立施行後の状況等を踏まえ,離婚後の共同親権・共同監護の可能性など,多様な家族像を見据えた制度全般にわたる検討を進めて行くことについて格段の配慮をすべきである旨を決議した。(以上につき,甲14〔2)〕15の1〔2〕,15の2〔2,3〕,弁論の全趣旨)
イ 内閣総理大臣は,平成31年2月13日,第198回国会の衆議院予算委員会において,離婚後の共同親権の導入について,国民の間にも様々な意見があること等から慎重に検討をする必要があると認識しており,議論の状況等も踏まえながら,民法を所管する法務省において引き続き検討させたい旨の答弁をした(乙1〔2〕)。
ウ 平成31年末頃,公益社団法人商事法務研究会の主催により家族法研究会が設置され,離婚後共同親権の導入の当否を含めた検討課題について,方向性を定めることなく論点の整理が進められることとなった(甲25,乙6〔1~4〕,7,弁論の全趣旨)。
エ 政府参考人は,令和元年11月28日,第200回国会の参議院法務委員会において,法務省としても,一般論として,離婚後も父母の双方が子の養育に関わることが子の利益の観点から重要と考えている旨の答弁をし
た(甲45〔19〕)。
オ 法務省民事局は,令和2年4月,G20を含む24か国の離婚後の親権制度や子の養育の在り方に関する法制度及びその運用状況についての基本的調査の結果を公表した。この調査結果によれば,対象国のうち20か国で離婚後の親権は父母が共同で行使するという制度が採用されており,離婚後の共同親権制度を採用しない国及び父母の裁判上の離婚後は原則として単独親権に服するという制度を採用している国は,インド,韓国,サウジアラビア,トルコの4か国である。ただし,韓国では協議離婚の場合に父母の共同親権とすることが広く認められており,サウジアラビアでは父母が共同で親権を行使することを裁判官が命ずることができるという制度が採用されており,さらに,インドでも共同監護を認めた裁判例が存在している。(乙10)
カ 自由民主党政務調査会は,令和2年6月25日付けで発表した提言において,父母が離婚する場合であっても,子が父母の十分な情愛の下で養育されることが子の成長にとって重要であるとして,離婚後の親権制度の在り方について諸外国の取組みに学びつつ検討を進める旨を記載した(甲51〔19〕)。
(3)日本における共同親権の検討状況についての報道
ア 読売新聞は,平成30年7月15日,政府が離婚後の単独親権制度の見直しを行い,共同親権を選べる制度の導入を検討していること及び法務省が親権制度を見直す民法改正について平成31年にも法制審議会に諮問する見通しである旨の報道をした(甲11)。
イ 法務省が平成31年2月17日に別居親と子との面会交流を積極的に実現し,親子間の完全な断絶を防ぐことで子の養育環境を整えるため,離婚後の共同親権制度の選択的な導入の本格的な検討に入った旨の報道がされた(甲12)。
ウ 法務省が令和元年9月27日に離婚後の共同親権の導入の是非などを検討する研究会を年内に設置し,数年かけて議論した後,導入が必要と判断されれば法務大臣が民法改正を法制審議会に諮問する旨の報道がされた(甲25)。
2 争点(1)(本件規定を改廃しなかったという立法不作為の違法性)について
(1)国家賠償法上の違法性について
国会議員の立法行為又は立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したかどうかの問題であり,立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきものである。そして,上記行動についての評価は原則として国民の政治的判断に委ねられるべき事柄であって,仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反するものであるとしても,そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではない。
もっとも,法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては,国会議員の立法過程における行動が上記職務上の法的義務に違反したものとして,例外的に,その立法不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上違法の評価を受けることがあるというべきである。(最高裁昭和60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁,最高裁平成17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁,最高裁27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2427頁参照)。
したがって,本件については,本件規定が憲法上保障され,又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるか否か,また,そうであるのに,国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠っているといえる場合か否かを検討することとなる。
(2)憲法13条違反について
原告は,自らの子の成長と養育に関与することが親の人格的な生存にとって不可欠で,親権が親の人格的生存の根源に関わるものであり,また,旭川学テ事件判決が,子の教育について,最も基本的には親が子の自然的関係に基づいて子に対して行う養育・監護作用の一環であり,親が一定の決定権を有する旨を判示し,諸外国の憲法等においても親権,親が子の育成及び教育をする権利が自然権として保障されていることに照らすと,親権が人格権又は幸福追求権の一内容として憲法13条により保障されており,一方,未成年の子が父母の共同親権の下で養育される権利,成人するまで父母と同様に触れ合いながら精神的に成長する権利が,子の人格的生存にとって重要であるから,同条により保障されていると主張する。
原告が本件において問題とする「親権」は,民法819条2項の規定に基づき裁判所が親権者を定めることにより父又は母の一方に帰属することとなる「親権」,すなわち,民法上の「親権」であるから,以下,その点を踏まえつつ,また,具体的な法制度を離れて権利利益を抽象的に論ずることも相当でないから,具体的な法制度である「親権制度」との関係で検討する。
ア 民法は,親権者において,子の監護及び教育をする権利(820条)を付与するほか,子の居所の指定(821条),子に対する懲戒(822条),子が職業を営むことの許可等(823条),子の財産の管理及び同財産に関する法律行為についての代表(824条)をする各権限を有するものとしているが,一方で,民法820条は,「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負う。」と規定し,親権の中核をなすと考えられる子の監護及び教育をする権利が「子の利益」のために行使されなければならず,また,親権者の義務でもあることを明示している。また,民法においては,親権喪失の審判(834条),親権停止の審判(834条の2)又は管理権喪失の審判(835条)の各制度が設けられ,家庭裁判所による後見的な関与が定められているが,その要件として「子の利益」を著しく害する,又は害するとされ,あるいは,協議上の離婚の際に父母の協議で離婚後の監護事項を定めるに当たっては,「子の利益」を最も優先して考慮しなければならない(766条1項)とされるなど,民法の定める親権制度が「子の利益」のためのものであることが明示されている。
このような親権についての各規定の在り方をみると,親権者たる親は,子について,当該子にとって何が適切な監護及び教育であるか,親権を行うに当たって考慮すべき「子の利益」が何かを判断するための第一次的な裁量権限及びそれに基づく決定権限を有するが,これらの権限は,子との間でのみ行使され,親とは別人格の子の自律的意思決定に対して一定の制約をもたらし得る形で行使されるものであるばかりか,その権限の行使に当たっては,「子の利益」のために行使しなければならないという制約があり,それが親自身の監護及び教育の義務にもなっている。そうすると,親権は,あくまでも子のための利他的な権限であり,その行使をするか否かについての自由がない特殊な法的な地位であるといわざるを得ず,憲法が定める他の人権,とりわけいわゆる精神的自由権とは本質を異にするというべきである。また,親権を,その行使を受ける子の側から検討をしても,子は,親権の法的性質をどのように考えようとも,親による親権の行使に対する受け手の側にとどまらざるを得ず,憲法上はもちろん,民法上も,子が親に対し,具体的にいかなる権利を有するかも詳らかでないから,子において,原告が主張するような,父母の共同親権の下で養育される権利,ひいては成人するまで父母と同様に触れ合いながら精神的に成長する権利を有するものとは解されず,親権の特殊性についての上記判断を左右するものではない。そうすると,このような特質を有する親権が,憲法13条で保障されていると解することは甚だ困難である。
イ また,親である父又は母と子とは,三者の関係が良好でないなどといった状況にない限り,一般に,子にとっては,親からの養育を受け,親との間で密接な人的関係を構築しつつ,これを基礎として人格形成及び人格発達を図り,健全な成長を遂げていき,親にとっても,子を養育し,子の受容,変容による人格形成及び人格発展に自らの影響を与え,次代の人格を形成することを通じ,自己充足と自己実現を図り,自らの人格をも発展させるという関係にある。そうすると,親である父又は母による子の養育は,子にとってはもちろん,親にとっても,子に対する単なる養育義務の反射的な効果ではなく,独自の意義を有すものということができ,そのような意味で,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができる。
しかし,これらの人格的な利益と親権との関係についてみると,これらの人格的な利益は,離婚に伴う親権者の指定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利等を失うことにより,当該人格的な利益が一定の範囲で制約され得ることになり,その範囲で親権の帰属及びその行使と関連するものの,親である父と母が離婚をし,その一方が親権者とされた場合であっても,他方の親(非親権者)と子の間も親子であることに変わりがなく,当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にとっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。慮るに,当該人格的な利益が損なわれる事態が生じるのは,離婚に伴って父又は母の一方が親権者に指定されることによるのではなく,むしろ,父と母との間,又は父若しくは母と子の間に共に養育をする,又は養育を受けるだけの良好な人間関係が維持されなくなることにより生じるものではないかと考えられる。
そうすると,親及び子が,親による子の養育についてそれぞれ上記の人格的な利益を有し,親権の帰属及び行使がそれに関連しているからといって,親権が憲法13条で保障されていると解することが甚だ困難であるという前記アの判断を左右するものではない。
なお、離婚に伴う親権者の指定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利等を失うことにより,親及び子がそれぞれ有する上記の人格的な利益に対する一定の範囲での制約については,当該人格的な利益が,憲法が予定する家族の根幹に関わる人格的な利益であると解されるから,我が国の憲法上の解釈としては,後述するとおり,憲法24条2項の「婚姻及び家族に関するその他の事項」に当たる,親権制度に関する具体的な法制度を構築する際に考慮されるべき要素の一つとなり,国会に与えられた裁量権の限界を画すものと位置付けるのが相当である。
ウ 原告は,親権が憲法13条で保障されていることを基礎付ける根拠として,旭川学テ事件判決並びに諸外国の法制度及び裁判例を指摘する。しかし,旭川学テ事件判決は,子の教育について国家の干渉を制限する観点から,親に一定の決定権能がある旨を判示したもので,それを超え,親権が憲法13条により保障された権利であるという判断を示したものではなく,その趣旨を含むものとも解されない。また,諸外国の法制度及び裁判例の状況は,前記1の認定事実(以下「認定事実」という。)(1)のとおりであるが,このような状況は,親権制度の在り方に関する議論の上で参考にされるべき事情とはなり得るにせよ,我が国の憲法の解釈に直ちに影響を及ぼす事情であるとはいえず,前記ア及びイの判断を左右するものではない。
エ 以上で説示したところによれば,本件規定が憲法13条に違反することが明白であるということはできない。
(3)憲法14条1項違反について
原告は,本件規定が,親権について,裁判上の離婚をした父と母との間で,これを行使することができる者と行使することができない者を生む点で差別的取扱いを定めており,また,父母が婚姻関係にある子と父母が裁判上の離婚をした子との間で差別的取扱いを定めていると主張する。
ア(ア)憲法14条1項は,法の下の平等を定めており,この規定は,事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り,法的な差別的取扱いを禁止する趣旨のものであると解すべきである(最高裁昭和39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁,最高裁昭和48年4月4日大法廷判決・刑集27巻3号265頁等参照)。
本件規定は,裁判上の離婚をした場合に,父又は母の一方を親権者と指定することで,他方の母又は父の親権を失わせるものであり,本件規定の下では,婚姻中に共同親権者となっていた父母が裁判上の離婚をした場合に,裁判所が父母のいずれか一方を親権者と定めることとなるため,本件規定が,裁判上の離婚をした父と母との間において,親権の帰属及びその行使について区別をしているということができ,また,本件規定の下では,子が,婚姻関係にある父母であればその共同親権に服するが,父母が裁判上の離婚をすると,父母のいずれか一方の単独親権に服することとなるため,本件規定が,父母が婚姻関係にある子と父母が裁判上の離婚をした子との間において,親権の帰属及び行使について区別をしているということができる。
そうすると,このような区別をすることが事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものと認められない場合には,本件規定は憲法14条1項に違反すると解される。
(イ)一方,憲法24条2項は,「婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない」と規定するところ,この「婚姻及び家族に関するその他の事項」には,親に対し,どのような形で子の監護及び教育に関する権利等を付与するかということについての法律を定めること,すなわち,親権制度の法整備も含まれていると解される。ここで,婚姻及び家族に関する事項は,国の伝統,国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ,それぞれの時代における夫婦,親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断を行うことによって定められるべきものである。したがって,その内容の詳細については,憲法が一義的に定めるのではなく,法律によってこれを具体化することがふさわしいものと考えられ,憲法24条2項は,このような観点から,婚姻及び家族に関する事項について,具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねるとともに,その立法に当たっては,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるという要請,指針を示すことによって,その裁量の限界を画したものと解される。さらに,前記(2)イで説示したとおり,親及び子は,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ家族の根幹に関わる人格的な利益を有すということができ,親権の在り方が,当該人格的な利益に関係し,一定の範囲で影響を及ぼし得るものであるから,親権制度に関する具体的な法制度を構築するに当たっては,当該人格的な利益をいたずらに害することがないようにという観点が考慮されるべき要素のーつとなり,国会に与えられた裁量権の限界を画すものと解される。
(ウ)そうすると,裁判上の離婚をした父母の一方の親権を失わせる本件規定が,国会に与えられた前記(イ)の裁量権を考慮してもなお,その事柄の性質に照らし,そのような区別をすることの立法目的に合理的な根拠が認められない場合,又は同立法目的と区別の具体的な内容との間に合理的な関連性が認められない場合には,当該区別は,合理的な根拠に基づかない差別として憲法14条1項に違反すると解される。
イ(ア)昭和22年法律第222号による改正(以下「昭和22年民法改正」という。)前の民法877条は,「子ハ家ニ在ル父ノ親権ニ服ス」と定め,子は父の単独親権に服することが原則とされ,父が不明又は死亡している等,父親による親権行使が不可能である場合に限って母が親権を行使することとされ,未成年の子だけではなく,「独立ノ生計」を立てていない者は成年者であっても親権に服する旨が定められていた。これに対し,昭和22年民法改正後の民法では,監護及び教育の権利義務,居所指定権,懲戒権,及び財産管理権といった親権者が有する権利義務そのものは大きく変わっていないが,個人の尊厳と両性の本質的平等という基本原理に基づき,父母の婚姻中は共同して親権を行使すること,親権に服する対象を親権者が監護及び教育の義務を負う未成年の子のみとすることなどが定められた上,前記(2)アで指摘したとおり,現行民法においては,民法820条が,「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負う。」と規定し,親権の中核をなすと考えられる子の監護及び教育をする権利が「子の利益」のために行使されなければならず,また,親権喪失の審判(834条),親権停止の審判(834条の2)又は管理権喪失の審判(835条)の要件として「子の利益」を著しく害する又は害するとされ,あるいは,父母の協議で離婚後の監護事項を定めるに当たって「子の利益」を最も優先して考慮しなければならないとされる(766条1項)など,民法の定める親権制度が「子の利益」のためのものであることが明示され,確認されている。このような民法の諸規定からすると,本件規定の趣旨は,離婚した父母が通常別居することとなり,また,父母の人間関係も必ずしも良好なものではない状況となるであろうという実際を前提とし,父母が離婚をして別居した場合であっても,子の監護及び教育に関わる事項について親権者が適時に適切な判断をすることを可能とすること,すなわち,子の利益のために実効的に親権を行使することができるように,その一方のみを親権者と指定することを定めるとともに,裁判所が後見的な立場から親権者として相対的な適格性を判断することを定める点にあると解される。
このような本件規定の趣旨に照らせば,本件規定の立法目的は,適格性を有する親権者が,実効的に親権を行使することにより,一般的な観点からする子の利益の最大化を図る点にあるということができるから,本件規定の立法目的には合理性が認められるというべきである。
この点,原告は,本件規定の趣旨が,離婚をした元配偶者と関わる必要性という親の不都合を回避する点にあるとして,その立法目的に合理性がないと主張するが,本件規定により離婚後の親権者が親権の行使について他方の親と協議する必要がなくなるものの,親権者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負うとされるなど,親権制度が「子の利益」のためのものであることが明示されている民法の諸規定の規定振り,及びその在り方を踏まえると,本件規定の立法目的が親の不都合の回避にあるといえないことは明らかである。
(イ)そこで,次に,国会に与えられた裁量権を考慮してもなお,その事柄の性質に照らし,前記(ア)の立法目的と区別の具体的な内容,すなわち本件規定の内容との間に,合理的な関連性が認められるか否かにつき検討する。
子の父母が離婚をするに至った場合には,通常,父母が別居し,また,当該父母の人間関係も必ずしも良好なものではない状況となることが想定され,別居後の父母が共同で親権を行使し,子の監護及び教育に関する事項を決することとしたときは,父母の間で適時に意思の疎通,的確な検討を踏まえた適切な合意の形成がされず,子の監護及び教育に関する事項についての適切な決定ができない結果,子の利益を損なうという事態が生じるという実際論は,離婚をするに至る夫婦の一般的な状況として,今日に至るもこれを是認することができる。このような事態を回避するため,父母のうち相対的に適格性がある者を司法機関である裁判所において子の利益の観点から判断し,親権者に指定するという本件規定の内容は,実効的な親権の行使による子の利益の確保という立法目的との関係で合理的な関連性を有すと認められる。
そして,前記(2)イで説示したとおり,親及び子は,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができ,当該人格的な利益は,本件規定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利を失うことにより,一定の範囲で制約され得ることとなるが,親である父と母が離婚をし,その一方が親権者とされた場合であっても,他方の親(非親権者)と子の間も親子であることに変わりがなく,当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にとっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。そして,離婚をした父と母が,その両者の人間関係を,子の養育のために一定の範囲で維持したり,構築し直したりすることも可能であると考え,そうであれば,本件規定により親権を失ったとしても,子の養育に関与し続けることが可能なものとなり,人格的な利益の制約が限定的なものにとどまると考えられる一方,そのような人間関係を維持したり,構築し直したりすることができない場合には,他方親からの同意が適時に得られないことにより親権の適時の行使が不可能となったり,同意をしないことにより親権の行使がいわば拒否権として作用するといった事態さえ招来しかねず,結局,子の利益を損なう結果をもたらすものといわざるを得ない。そうすると,本件規定が離婚をした父又は母の一方の親権を失わせ,親権者に指定されなかった父又は母及び子のそれぞれの人格的な利益を損なうことがあり得るとしても,一般的に考えられる子の利益の観点からすれば,そのことはなおやむを得ないものと評価せざるを得ない。
なるほど本件規定の立法目的が,通常,離婚をした父母が別居することとなり,また,当該父母の人間関係も必ずしも良好なものではない状況となるであろうという実際論を前提とすると解される以上,離婚をする夫婦にも様々な状況があり得,立法目的が前提とした元夫婦像にそのまま当てはまらない元夫婦も実際には相当数存在し得ると考えられるから,離婚をする夫婦にいわゆる共同親権を選択することができることとすることが立法政策としてあり得るところと解され,認定事実(2)のとおり,それを含めた検討が始められている様子もうかがわれる。しかし,このような立法政策を実現するためには,離婚後の父及び母による子の養育のあるべき姿という観念論,諸外国の状況,我が国が締結している各条約の趣旨等ばかりでなく,それとともに,我が国における離婚の実情,親権の行使の実情及びこれらを含めた親権の在り方に対する国民の意識等,更に単独親権制度を採用していることによって生じている種々の不都合,不合理な事態を踏まえ,共同親権を認めることとした場合に離婚後の父及び母による子への養育に及ぼす実際の効果を,それを認めた場合に生じ得る障害に照らし,子の利益の観点から見極める必要があると解されるところ,本件証拠関係をもってしては,現段階において,国会,政府はもちろん,国民一般においても,その見極め等がされている状況にあるとは認められない。
そうすると,子にとってはもちろん,親にとっても,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができ,これらの人格的な利益が,本件規定により親権を失い,子の監護及び教育をする権利を失うことにより,制約され得ることとなるが,そのような事情を考慮しても,我が国の家族制度の根幹をなす親子の在り方,その中で親権の内容をどのようなものとして捉えるか,それらを踏まえ,離婚後の子に対する共同親権を,又は共同親権の選択を認めるか否かについては,国家機関による親子関係への後見的な助力の在り方を含め,これを国会による合理的な裁量権の行使に委ね,その行
使を待つ段階にとどまるといわざるを得ない。
ウ(ア)原告は,インターネット,パソコン,スマートフオン等の情報伝達手段が発達した現在,別居していても即時に連絡をとることが容易になっており,別居後の父母が親権を共同で実効的に行使することが可能であるから,本件規定の合理性が失われていると主張する。
しかし,連絡の手段があることと,その手段を利用して親権を子の利益のために実効的に行使することができることとが別であることはもちろんであり,離婚後の父母が,情報伝達手段を用いて頻繁に連絡を取り,子の利益のために相談をし,適切な決定をすることができるような協力関係にないことも想定され,他方の同意が得られないことにより子の監護及び教育に関する重大事項の決定を適時に適切に行うことができない事態が生じ得ることは否定されない。そうすると,情報伝達手段の発達をもって,立法目的との関係で本件規定の合理性が失われたということはできない。
(イ)原告は,離婚後の父母の任意の協力関係が望める場合にまで裁判上の離婚をした父母の一方の親権を全面的に喪失させることに合理性がなく,離婚後に単独親権者となった父母の一方が死亡した場合等に,後見が開始され,又は他方による親権者変更の申立てが認められるまでの間,子に対して親権を行使する者がいない事態が生じることになり,子の福祉の保護という親子法の理念に反していると主張する。
しかし,なるほど離婚後の父母に任意の協力関係が望める場合があり得,また,離婚後に単独親権者となった父母の一方が死亡した場合等に,原告が主張するような不都合が生じることになる(ただし,後見人が選任され,又は親権者変更の申立てが認められるまでの間であり,同不都合は父母ともに死亡した場合等に結局は生じるものである。)が,前記イ(イ)で説示したとおり,父母に任意の協力関係が望める場合があり得ること,及び本件規定によって原告が主張するような一定の不都合が生じ得ることは,国会において,本件規定の立法目的が実際論にあると解されることを踏まえながら,親権制度の在り方を検討するに際し,検討されるべき事情のーつとなるべきものであるが,本件規定の内容が立法目的との間で合理的な関連性を有すということを直ちに揺るがすものではない。
(ウ)原告は,本件規定が,親権の獲得を有利にするために子の連れ去りを助長したり,親権者の指定をめぐる争いにより離婚裁判の長期化を招いたり,非親権者となった父母の一方から親権者となった他方親等の虐待から子を保護する権利を奪ったりといった不合理な事態を生じさせていると主張する。
しかし,単独親権制度を採用する現行法の下でも,父又は母であることに変わりがない以上,親権者の変更の申立て等が可能であるから,親権者となった他方親等の虐待から子を保護する権利が奪われるわけではなく,その制度に十全な実効性がないことは,その制度自体の問題であると考えられ,親権者となったからといって,実効性が担保された制度が整備されない限り,その実態が直ちに異なるものになるとは解されない。また,原告が主張するその余の不合理な事態についても,仮に共同親権制度を採用したとしても,離婚後の親権者たる父と親権者たる母とが子の養育について協力関係を構築し,その養育について適時,適切な合意をしない限り,どちらの親権者たる親と同居するかなどをめぐり,親権者同士の間で争いが生じ得るものと考えられ,要するに,父と母との間に争いがある限り,所を変えて紛争が継続するだけではないかと考えられる。そうすると,前記イ(イ)で説示したとおり,本件規定によって原告が主張するような不合理な事態が生じているということは,国会において,親権制度の在り方を検討するに際し,検討されるべき事情の一つとなるべきものであるが,本件規定の内容が立法目的との間で合理的な関連性を有すということを直ちに揺るがすものではない。
(エ)原告は,本件規定により離婚後に子の親権者が単独となることで,社会において「ひとり親」との呼称が生まれ,離婚をした父母の子に対する差別,偏見を助長する結果を生んでいるから,本件規定が合理性を欠いていると主張する。
しかし,父母が離婚をしたとしても,子にとって父と母が存在することに変わりはないのであって,「ひとり親」との呼称は,人それぞれの使い方にも寄ろうが、現在における一般的な使用方法は,子と共同生活を送り,その中で実際面での養育に当たっている親が一人であることを指す言葉ではないかと解され,これは,親たる父又は母の一方が子と同居することがなくなったという状況に対して使われるもので,何も本件規定によって親権者が父母のうち一方であるという状況に限って使われるものではないのではないかと考えられる。そうすると,このような呼称を使用することが適切か否かは別として,本件規定を改廃し,離婚をした父母の双方を親権者とすることとなったからといって,父母が離婚をし,同居生活が解消されるという状況が生じる限り,その呼称に直ちに変化が生じると認めることは困難であり,本件規定が裁判上の離婚をした父母の子に対する差別,偏見を助長しているものと断ずることもできない。そうすると,原告が主張するような事情が,本件規定の内容が
立法目的との間で合理的な関連性を有すということを直ちに揺るがすものではない。
(オ)原告は,本件規定により親権を失った父母の一方が,他方の単独親権者の再婚相手と自らの実子の養子縁組についての承諾をする立場になく,かかる養子縁組には家庭裁判所の許可も不要であるところ,父母の離婚後に単独親権者,その再婚相手によって実子が虐待される事例が報道されていることを指摘し,本件規定により親が実子の利益を保護することができない事態が生じていると主張する。
しかし,親権を失った父母の一方が,面会交流等を通じて実子を見守る中で,実子の利益のために必要がある場合に親権者の変更を申立てて自らが親権者となることもできるから,本件規定によって離婚後の親による実子の保護が不可能になっているものではない。また,原告が主張するような事態は,離婚をした父母の双方を親権者とすることにより果たしてどこまで実効的な解決が可能であるかについて疑間もないではない。また,前記第2の2の前提事実(以下「前提事実」という。)(2)エ(エ)及び同オの,養子縁組について権限のある当局の関与を求める旨の児童の権利に関する条約の規定及び児童の権利委員会の勧告も,締約国である我が国に対してそれに沿った検討を促す趣旨のものというべきである。そうすると,前記イ(イ)で説示したとおり,本件規定によって原告が主張するような不合理な事態が生じているということは,国会において,親権制度の在り方を検討するに際し,養子縁組の在り方を含めて検討されるべき事情のーつとなるべきものであるが,本件規定の内容が立法目的との間で合理的な関連性を有すということを直ちに揺るがすものではない。
(カ)原告は,児童の権利委員会が日本に対して共同親権制度の導入を求める勧告をしていること,諸外国において離婚後の共同親権制度を採用している国,及び離婚後の単独親権制度が法の下の平等を定めた憲法の規定に違反するとの判断を示した国があることが,それぞれ憲法の解釈に影響を与える立法事実として考慮されるべきであり,また,海外24か国の調査対象国のうち離婚後の共同親権が認められていない国がインドとトルコのみで,離婚後の共同親権が国際的に広く認められていること,調査対象国のほとんどで,離婚後に子が父母の一方の単独親権に服する場合に,他方の親と子の面会交流が適切に行われているかについて公的機関による監視等の支援制度が設けられていることも,本件規定の憲法適合性の解釈に影響を与える立法事実として考慮されるべきであると主張する。
しかし,前記イ(イ)で説示したとおり,原告が主張するような事情は,国会において,親権制度の在り方を検討するに際し,検討されるべき事情のーつとなるべきものであるが,現在は,離婚後の子に対する共同親権を,又は共同親権の選択を認めるか否かについては,国家機関による親子関係への後見的な助力の在り方を含め,これを国会による合理的な裁量権の行使に委ね,その行使を待つ段階にとどまるというべきである。
(キ)原告は,平成23年に衆議院及び参議院の各法務委員会において離婚後の共同親権制度の可能性について検討する旨の附帯決議がされたこと,平成30年7月に翌年にも法務大臣が親権制度の見直しについて法制審議会に諮問する見通しである旨の報道がされたこと等から,本件規定が合理性を欠くに至っていることが明らかであると主張する。
しかし,認定事実(2)の各事実及び(3)の各報道内容をみても,衆議院及び参議院の各法務委員会における付帯決議,法務大臣による法制審議会への諮問の検討等が,本件規定が合理性を欠くに至っていることを理由にされたものであると直ちに認めることは困難であり,このような事実があるからといって,本件規定が合理性を欠くに至っているということはできない。
(ク)原告は,外国で離婚をした父母が離婚後も共同親権者として戸籍に記載され得るのに対し,本件規定により日本で裁判上の離婚をした父母がいずれか一方しか戸籍上の親権者となることができないことが差別的取扱いであると主張する。
しかし,離婚後の共同親権制度を採用している外国で離婚をした父母が離婚後も日本の戸籍上で共同親権者として記載されるのは,当該外国法に基づく判決が,民訴法118条が定める要件を満たして承認された結果にすぎず,本件規定がその文言上,外国で離婚をした父母と日本で離婚をした父母との間で法的な差別的取扱いを定めているわけではなく,本件規定自体に父母が離婚をした地による形式的な不平等が存在するわけではない。
エ 以上で説示したところによれば,本件規定が憲法14条1項に違反することが明白であるということはできない。
(4)憲法24条2項違反について
原告は,親が子の成長と養育に関わることが,それを希望する者にとって幸福の源泉になるという意味において憲法上尊重されるべき人格的利益であることが明らかであり,本件規定が,少なくとも憲法上尊重されるべき人格的利益である親権等について,夫婦であった父と母との間等で合理的な理由なく差別的取扱いをしており,個人の尊厳と両性の本質的な平等の要請とに照らして合理性を欠いた規定であるから,国会の立法裁量の範囲を超えており,憲法24条2項に違反していると主張する。
しかし,本件規定の内容及びその趣旨並びに単独親権制度を採用していることにより生ずる影響等は,前記(3)で説示したとおりであり,同説示によれば,本件規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるとは認められない。
したがって,本件規定が憲法24条2項に違反していることが明白であるとはいえない。
なお,原告は,親権が,両性の本質的平等を定めた憲法24条1項によっても保障されていると主張するが,同項は,「婚姻は,両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により,維持されなければならない。」と規定しているところ,これは,婚姻をするかどうか,いつ誰と婚姻をするかについては,当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであり,その婚姻生活の維持も,当事者間の平等を基本とし,当事者の相互の協力により維持されなければならないという趣旨を明らかにするものと解され,少なくとも同項が,離婚後の父と母の双方に親権を保障するものと解することは困難である。
(5)自由権規約,児童の権利に関する条約又はハーグ条約違反について
ア 原告は,自由権規約23条4項及び26条が締約国に婚姻解消の際の配偶者の平等な権利の確保及び児童への必要な保護の確保を,また,同条が締約国間での同水準の基本的人権を保障する国内法の制定を求めているのに,本件規定が,裁判上の離婚をした父母の間等で差別的取扱いを行い,親権の獲得のための子の連れ去りを助長し,児童への虐待からの保護を妨げており,さらに,日本が単独親権制度を採用し,離婚後の共同親権制度を採用している他の批准国と同水準の基本的人権を保障していないから,自由権規約23条4項及び26条に違反すると主張する。
しかし,自由権規約23条4項の規定の内容は,前提事実(2)ウ(ア)のとおりであり,その文言上,離婚の際の配偶者の権利及び責任の平等を確保するための「適当な措置」又は児童に対する必要な保護のための「措置」については,これを各締約国の実情に応じた法制度の整備に委ねていると解され,特定の親権制度の採用を義務付けていると解することはできないし,同項が我が国の国民に対し,親権に関する具体的な権利を保障していると解することもできない。したがって,本件規定が同項に違反することが明白であるということはできない。
また,自由権規約26条の規定の内容は,前提事実(2)ウ(イ)のとおりであり,同条は,人権についての基本原則として法的な差別的取扱いを禁じた規定であって,その基本原則においても合理的な根拠に基づく区別,取扱いを禁ずるものとは解されないし,締約国相互間での法制度の統一化を求める趣旨の規定と解することもできない。そして,本件規定が裁判上の離婚をした父母の間等で合理的な根拠に基づかない法的な差別的取扱いをするものでないことは,前記(3)で説示したとおりであるから,本件規定が同条に違反することが明白であるということはできない。
そうすると,本件規定が自由権規約23条4項及び26条に違反することが明白であるとはいえない。
イ 原告は,児童の権利に関する条約9条1項,3項及び18条1項が,親子の分離を防止し,別居後の交流を確保する法制度の構築を締約国に求めているのに,本件規定が,裁判上の離婚により親権を失った親から子が分離され,その交流の機会が限定的なものに制限されることを容認している点で,同条約に違反し,また,同条約21条1項(a)及び児童の権利委員会が,養子縁組における児童の保護を図っているのに,本件規定が,子の最善の利益に反する養子縁組であっても,離婚により親権を失った親による拒否を不可能としている点で,同条約に違反すると主張する。
しかし,児童の権利に関する条約9条1項,3項及び18条1項並びに21条1項(a)の規定の内容は,前提事実(2)エのとおりであるから,児童の権利委員会の総括所見(前提事実(2)カ)にかかわらず,これらの文言上,親権又は養子縁組の制度について,児童の最善の利益を確保するという留保の下,これを各締約国の実情に応じた法制度の整備に委ねていると解され,特定の親権制度又は後見制度の採用を締約国に義務付けているとまで解することはできない,また,本件規定が一般的な観点からのものではあるといえ,子の利益の最大化を図ろうとするものであることは,前記(3)イ(ア)で説示したとおりである。
そうすると,本件規定が同条約の各規定に違反することが明白であるということはできない。
ウ 原告は,ハーグ条約が,共同監護者の決定につき,当事者の一方が一方的に行った事情の変更により影響を受けないようにするということを理念としているのに,本件規定が,父母の一方が子を不法に連れ去ることが親権の獲得にとって有利に働くという事態を生じさせているから,同理念に反し,ハーグ条約に適合しないと主張する。
しかし,ハーグ条約の各規定をみても,それらの規定が,文言上,親権制度の在り方等を直接に定めているということはできないし,ハーグ条約の理念は,締約国相互間で国内法制度の整備等についての指針を示すにとどまるから,いずれにせよ,ハーグ条約が我が国の国民に対し,直接に,親権に関し,同理念に沿う,又は適合する具体的な権利を保障するもので
あるということはできない。
そうすると,本件規定がハーグ条約に違反することが明白であるということはできない。
エ よって,本件規定が,自由権規約,児童の権利に関する条約及びハーグ条約によって直接我が国の国民に対して保障された具体的な権利を合理的な理由なく制約し,これらに違反することが明白であるということはできない。
(6)小括
以上のとおり,本件規定が憲法13条,14条1項若しくは24条2項又は自由権規約,児童の権利に関する条約若しくはハーグ条約に違反することが明白であるとは認められないから,本件規定を改廃する立法措置をとらない立法不作為について,国家賠償法1条1項の違法は認められない。
3 結論
以上によれば,原告の請求は,その余の点(争点(2)(損害の発生及びその額))について判断するまでもなく,理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第49部
裁判長裁判官 松本真
裁判官 渡邉充昭
裁判官 後藤彩